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第1部.アドニア 第3章
1.恐慌
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夜が明け、アイリーンの部屋の惨状を見た者はみな、色を失った。
例外なく侍女はその場で卒倒し、男たちの中にも、気絶したり気分が悪くなる者が続出した。
たちまち城内は大騒ぎとなり、厳戒態勢が敷かれて調査が始まった。
生きた人間の首を引きちぎるなど、どんな怪力の持ち主であっても、人間にできることとも思えない。
しかし部屋からは、いかなる種類の獣がいた痕跡も見つからなかった。
そればかりか、不審者が侵入した形跡もなかった。
もともと王宮内の後宮という場所柄、それなりに要所を踏まえて警備の者は配置してあるのだ。
人を襲うほど大きな獣が忍び込んでいれば当然、目についたはずなのに、そんな報告は一つも出ていない。
そうなると当然、同じ部屋にいて無傷だったアイリーンに疑いの目が向けられる。
エディスとアイリーンがいさかいを起こしていたことはエディスの取り巻きたちが証言していた。
恐ろしい力を持った魔女……それがアイリーンに下された結論だった。
王の娘が魔女だったなど、前代未聞の事態だ。
恐怖に浮き足だった大臣たちの間には、アイリーンが目を覚まさぬうちに火あぶりにしてしまえという意見がわき起こった。
それを必死に押さえたのはレスターだった。
レスターが、エディスを殺したアイリーンが気を失って倒れているのはどう考えてもおかしいではないかと訴えると、大臣たちは、それは我々をあざむこうとする目くらましだと反論した。
その言を逆手に取り、ならば気を失ったふりをしている魔女を処刑しようとするなど危険きわまりない、たちまち正体を現して新たな惨劇を起こさないとも限らない、と脅かすと大臣たちは震え上がり、とにかく、様子を見ようというレスターの意見にしぶしぶ従ったのだった。
アイリーンを魔女と仮定することで、かろうじて皆の暴走を食い止めたレスターは、真相を解明する手がかりを求めて自ら彼女の部屋やその周りをくまなく調べた。
しかしその成果は思わしくなかった。
そればかりか、あろうことかもう一人の死人が発見されたのだ。
下級仕官の役人であったその男が、なぜ禁じられた後宮の奥深く、アイリーンの部屋近くの中庭に足を踏み入れていたのかも謎だったが、何といっても人々をさらなる恐怖に突き落としたのは、その男の死因がはっきりわからないという点だった。
外傷はどこにもなく、しかし非常な恐怖、あるいは苦しみに目を見開いたままの凄まじい形相で事切れていた。
その日の夕方、やっと目覚めたアイリーンはもちろん、無実を主張した。
大きな獣が寝室の窓から侵入し、自分たちを襲ったのだと話したが、むろん、信じる者は誰もいなかった。
ここに至ってはレスターにも、もはやなすすべはなかった。
魔女に同情する危険思想の持ち主と見なされ、監視されては、かえって身動きが取れなくなる。
そのことを恐れたレスターは仕方なく、率先してアイリーンを糾弾する側に回り、彼女を極刑に処することに賛同した。
今やアイリーンは、引き出されて処罰、すなわち処刑を待つのみの身だった。
一夜にして2人の娘を失ったに等しいアドニア王は憔悴の色も激しく、一気に老け込んだように見えた。
しかし一国の王として、果たさねばならない責任はあまりにも大きい。
いかに我が子を信じたくても、世論がそれを許さない以上、表立って彼女に救いの手を差し伸べることはできなかった。
けれど父として、彼もまたレスターと同じく、彼女の無実を無条件で信じていたのだ……。
例外なく侍女はその場で卒倒し、男たちの中にも、気絶したり気分が悪くなる者が続出した。
たちまち城内は大騒ぎとなり、厳戒態勢が敷かれて調査が始まった。
生きた人間の首を引きちぎるなど、どんな怪力の持ち主であっても、人間にできることとも思えない。
しかし部屋からは、いかなる種類の獣がいた痕跡も見つからなかった。
そればかりか、不審者が侵入した形跡もなかった。
もともと王宮内の後宮という場所柄、それなりに要所を踏まえて警備の者は配置してあるのだ。
人を襲うほど大きな獣が忍び込んでいれば当然、目についたはずなのに、そんな報告は一つも出ていない。
そうなると当然、同じ部屋にいて無傷だったアイリーンに疑いの目が向けられる。
エディスとアイリーンがいさかいを起こしていたことはエディスの取り巻きたちが証言していた。
恐ろしい力を持った魔女……それがアイリーンに下された結論だった。
王の娘が魔女だったなど、前代未聞の事態だ。
恐怖に浮き足だった大臣たちの間には、アイリーンが目を覚まさぬうちに火あぶりにしてしまえという意見がわき起こった。
それを必死に押さえたのはレスターだった。
レスターが、エディスを殺したアイリーンが気を失って倒れているのはどう考えてもおかしいではないかと訴えると、大臣たちは、それは我々をあざむこうとする目くらましだと反論した。
その言を逆手に取り、ならば気を失ったふりをしている魔女を処刑しようとするなど危険きわまりない、たちまち正体を現して新たな惨劇を起こさないとも限らない、と脅かすと大臣たちは震え上がり、とにかく、様子を見ようというレスターの意見にしぶしぶ従ったのだった。
アイリーンを魔女と仮定することで、かろうじて皆の暴走を食い止めたレスターは、真相を解明する手がかりを求めて自ら彼女の部屋やその周りをくまなく調べた。
しかしその成果は思わしくなかった。
そればかりか、あろうことかもう一人の死人が発見されたのだ。
下級仕官の役人であったその男が、なぜ禁じられた後宮の奥深く、アイリーンの部屋近くの中庭に足を踏み入れていたのかも謎だったが、何といっても人々をさらなる恐怖に突き落としたのは、その男の死因がはっきりわからないという点だった。
外傷はどこにもなく、しかし非常な恐怖、あるいは苦しみに目を見開いたままの凄まじい形相で事切れていた。
その日の夕方、やっと目覚めたアイリーンはもちろん、無実を主張した。
大きな獣が寝室の窓から侵入し、自分たちを襲ったのだと話したが、むろん、信じる者は誰もいなかった。
ここに至ってはレスターにも、もはやなすすべはなかった。
魔女に同情する危険思想の持ち主と見なされ、監視されては、かえって身動きが取れなくなる。
そのことを恐れたレスターは仕方なく、率先してアイリーンを糾弾する側に回り、彼女を極刑に処することに賛同した。
今やアイリーンは、引き出されて処罰、すなわち処刑を待つのみの身だった。
一夜にして2人の娘を失ったに等しいアドニア王は憔悴の色も激しく、一気に老け込んだように見えた。
しかし一国の王として、果たさねばならない責任はあまりにも大きい。
いかに我が子を信じたくても、世論がそれを許さない以上、表立って彼女に救いの手を差し伸べることはできなかった。
けれど父として、彼もまたレスターと同じく、彼女の無実を無条件で信じていたのだ……。
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