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第1部.アドニア 第2章
13.幻獣
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どれくらいの間、気を失っていたのか……。
気がつくと、アイリーンは寝室の床の上に倒れていた。
夜が明けかけている。
アイリーンは慌てて起き上がり、居間へ入った。
確かめると、やはり石は無くなっていた。
アイリーンは暖炉の灰の一番下に石を埋め、その上に薪を積んで火を点けておいたのだ。
薪は積んだままの形で灰になっており、一見、手を触れられた痕跡はなかった。
にもかかわらず、灰の下から、石は見つからなかった。
不思議な力を持つあの男が、奪って行ってしまったのだ。
アイリーンは絶望で足下が崩れていくような気がした。
“どうしよう……どうしよう……”
混乱から覚めやらぬ頭で、考えを巡らそうとしていたその時。
寝室の方で微かな物音がした。
アイリーンはハッとして顔を上げる。
“まさか……あの男が、また襲ってきた……?“
恐る恐る、戸口から寝室をのぞき、アイリーンは恐怖に凍りついた。
大きな、真っ黒な塊と見える姿が、ベッドの天蓋の下をうかがっていた。
幅も高さも大人の2倍をはるかに超える、異常な大きさだった。
が、何よりも、それから流れ出てくる、この世ならざる者の異様な気配がアイリーンの心臓を鷲づかみにし、縮み上がらせた。
冷たい恐怖が戦慄となって背中を走り抜ける。
彼女が息をのむ、その微かな空気の流れを察知したかのように、怪物は顔らしきものを上げた。
2度目の恐怖の波がアイリーンを打ちのめした。
真っ黒で輪郭も定かでない顔の中に、この世の生を生きる者の目ではない二つの灯火が揺らめいていた。
何の感情も映されていない虚ろなその瞳は、ぞっとするほど人間のそれに似ていた。
が、だからこそ、その異質さ、おぞましさが、身の毛もよだつほどの恐怖を伴って迫ってくる。
ゾロリ、と巨体を引きずるようにして、怪物が動いた。
“こっちへ来る!”
アイリーンは後ずさり、控えの間へ通じる扉に向かって走った。
扉を開けて控えの間に走り出たとたん、誰かにぶつかって危うく倒れそうになる。
「痛っ!!」
ぶつかった相手は見事に床に転び、声を上げた。
「お姉様?!」
エディスはしかめっ面をしてアイリーンを見上げた。
「なんで急に出てくるのよっ?!」
「そ、そんなことより、……逃げてっ…」
大声で叫びたいのに、声が震えて息が漏れるような音しか出せない。
エディスは怪訝そうにきょとんとしているばかりだ。
「早く!!」
アイリーンは彼女の手を引っ張って立たせようとした。
エディスはその手を振り払うと自分で立ち上がった。
「別に私は、あなたのこと気にして見に来たわけじゃ……」
ふいに口をつぐんだエディスは、目を見開いて扉の奥を見た。
怪物は居間の中程までやってきていた。
巨大な黒いナメクジのように頭をもたげ、ゾロリ、ゾロリと、巨体の割には微かな擦れるような音を立てながらこちらへ進んでくる。
「……ひっ!! きゃぁぁぁぁっっ!!」
エディスが喉も引き裂けるかと思うような悲鳴を上げた 。
そのとたん、怪物の体がバッと飛び散ったように見えた。
巨体の上部が一瞬にして枝分かれして触手になり、飛びかかってきたのだ。
何本もの触手がアイリーンとエディスに絡みついた。
ぐんにゃりとしたその感触に悪寒が走る。
「いやぁぁぁっっ!!」
気がつくと、アイリーンは寝室の床の上に倒れていた。
夜が明けかけている。
アイリーンは慌てて起き上がり、居間へ入った。
確かめると、やはり石は無くなっていた。
アイリーンは暖炉の灰の一番下に石を埋め、その上に薪を積んで火を点けておいたのだ。
薪は積んだままの形で灰になっており、一見、手を触れられた痕跡はなかった。
にもかかわらず、灰の下から、石は見つからなかった。
不思議な力を持つあの男が、奪って行ってしまったのだ。
アイリーンは絶望で足下が崩れていくような気がした。
“どうしよう……どうしよう……”
混乱から覚めやらぬ頭で、考えを巡らそうとしていたその時。
寝室の方で微かな物音がした。
アイリーンはハッとして顔を上げる。
“まさか……あの男が、また襲ってきた……?“
恐る恐る、戸口から寝室をのぞき、アイリーンは恐怖に凍りついた。
大きな、真っ黒な塊と見える姿が、ベッドの天蓋の下をうかがっていた。
幅も高さも大人の2倍をはるかに超える、異常な大きさだった。
が、何よりも、それから流れ出てくる、この世ならざる者の異様な気配がアイリーンの心臓を鷲づかみにし、縮み上がらせた。
冷たい恐怖が戦慄となって背中を走り抜ける。
彼女が息をのむ、その微かな空気の流れを察知したかのように、怪物は顔らしきものを上げた。
2度目の恐怖の波がアイリーンを打ちのめした。
真っ黒で輪郭も定かでない顔の中に、この世の生を生きる者の目ではない二つの灯火が揺らめいていた。
何の感情も映されていない虚ろなその瞳は、ぞっとするほど人間のそれに似ていた。
が、だからこそ、その異質さ、おぞましさが、身の毛もよだつほどの恐怖を伴って迫ってくる。
ゾロリ、と巨体を引きずるようにして、怪物が動いた。
“こっちへ来る!”
アイリーンは後ずさり、控えの間へ通じる扉に向かって走った。
扉を開けて控えの間に走り出たとたん、誰かにぶつかって危うく倒れそうになる。
「痛っ!!」
ぶつかった相手は見事に床に転び、声を上げた。
「お姉様?!」
エディスはしかめっ面をしてアイリーンを見上げた。
「なんで急に出てくるのよっ?!」
「そ、そんなことより、……逃げてっ…」
大声で叫びたいのに、声が震えて息が漏れるような音しか出せない。
エディスは怪訝そうにきょとんとしているばかりだ。
「早く!!」
アイリーンは彼女の手を引っ張って立たせようとした。
エディスはその手を振り払うと自分で立ち上がった。
「別に私は、あなたのこと気にして見に来たわけじゃ……」
ふいに口をつぐんだエディスは、目を見開いて扉の奥を見た。
怪物は居間の中程までやってきていた。
巨大な黒いナメクジのように頭をもたげ、ゾロリ、ゾロリと、巨体の割には微かな擦れるような音を立てながらこちらへ進んでくる。
「……ひっ!! きゃぁぁぁぁっっ!!」
エディスが喉も引き裂けるかと思うような悲鳴を上げた 。
そのとたん、怪物の体がバッと飛び散ったように見えた。
巨体の上部が一瞬にして枝分かれして触手になり、飛びかかってきたのだ。
何本もの触手がアイリーンとエディスに絡みついた。
ぐんにゃりとしたその感触に悪寒が走る。
「いやぁぁぁっっ!!」
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