薄明宮の奪還

ria

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第1部.アドニア 第2章

6.いさかい

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「あら、ごめんなさい」
ぼんやりしていたアイリーンは、言われて初めて我に返り、相手の顔を見上げた。
「お姉様……」

「あ~ら、大事な一張羅がだいなしね」
見ると、エディスの持つグラスからこぼれたらしい液体が、アイリーンのドレスに染みを作っていた。
周りにいるエディスの取り巻きたちから、クスクス笑いが漏れる。

「ああ……、扇で隠しますから。大丈夫です」
アイリーンの投げやりな調子がカンに障ったらしい。
エディスは声を荒らげた。

「何よ! 文句があるならハッキリ言いなさいよ! 何もったいつけてるのよ、いい子ぶっちゃって!!」

アイリーンはあっけにとられて相手の顔を見た。
何を怒っているのか、見当も付かない。
だいたい、怒るとしたらこっちの方ではないか。

「……?」
きょとんとしているアイリーンに向かって、エディスは言いつのった。

「だいたいあなた、どういうつもり? 毎晩毎晩、レスターを付き合わせて、彼が迷惑してるのがわからないの?」

ああ、そういうことか、と、やっとアイリーンの頭にも理解が訪れた。
「そのう……、もうご迷惑はかけません。それでいいですか?……お姉様」

「だからっ!! 言ったでしょう? あなたにお姉様なんて呼ばれたくないわっ!! この、雌狐っ!!  あなたも母親と一緒なのよ、おとなしそうな顔して、相手をたぶらかすんだわ、いやらしいっ」

アイリーンはソファからサッと立ち上がった。
大きな紫の瞳がまっすぐに、エディスを射る。

なぜかそれだけで、エディスばかりか周りの取り巻きたちまで、一歩下がらんばかりに身を引いた。

「……な、何よっ!!」
まるで負け犬が虚勢を張って声を張り上げるように、エディスは叫んだ。

「母を侮辱しないで。お父様が愛した人よ」
「このっ……!!」
エディスは激高し、アイリーンに向かって手を振り上げた。
アイリーンがさっとよけたので、エディスの手は空を切った。

「エディス!!」
声がして、レスターが急いでやってきた。

「せっかく竪琴を弾きに行ってるのに、いないと思ったら……何をやってるんだ」
「レスター……」

「悪いけどねぇ、君の理不尽なワガママに付き合うほど、こっちは暇でも酔狂でもないんだよ。アイリーンはまだ慣れてないんだから、親切にしてあげるのが姉として当然なんじゃないの?」
「姉じゃないわよ、知ってるでしょ?!」

レスターの表情がスッと変わった。厳しい目をしている。
「いい加減にしないか! ただのデマだ、二度と言うんじゃない。君も、父上に嫌われたいわけじゃないだろう?」


……そうなのだ。
この兄は、その気になればいくらでも、冷たい顔や辛辣な物言いができる。

今までは、たぶん他ならぬ自分だけが、その隠された面を嫌と言うほど知らされてきた。

しかしエディスも、周りにいる彼女の取り巻きたちも、こんなレスターはおそらく初めて見るのだろう。

エディスの動揺に、むしろアイリーンは同情を感じた。

「っ……!」
エディスの顔が悔しそうにゆがみ、そのまま一言も返さず、彼女は去って行った。
あわてた様子で取り巻きたちも後に続く。

後ろ姿を見送って、レスターはため息をついた。
「許しておやり。根は悪くないんだよ、口ほどにはね。可愛そうに、誰もきちんと言って聞かせる者がいないばっかりに……あの性格じゃ一生、苦労するだろうね」

アイリーンは微笑んだ。
「知らなかったわ……お兄様がそんなに妹思いだったなんて……」

「なぁに、母が第一王妃様に逆らってくれるなと泣き言を言うもんだからね。ぼくもつい面倒だから言いなりになってたけど……アイリーン?」

さっきからどうも息苦しいと思っていたら、視界が暗くなってきた。
立っていられそうもなくて、アイリーンはソファに倒れ込んだ。

「アイリーン!」
「大丈夫、少し……めまいがするだけ……」

しかし、アイリーンの意識はそのまま、混沌の中へと落ち込んでいった。
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