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第1部.アドニア 第1章
3.来訪者
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大広間から抜け出してみると、部屋に帰る気は失せていた。
アイリーンは自分でも不思議だった。
今夜の彼女はやはりどこか、いつもと同じではないらしい。
この日は朝から、何となく胸騒ぎがして落ち着かなかった。
夕暮れ時、窓辺に座って空を眺めていると、その思いは益々つのってきた。
忍び寄ってくる夜の気配の中に、いつもと違う何か……得体の知れない不安の種が、ひそんでいるような気がしたのだ。
いてもたってもいられなくなり、それで、慣れない宴に出てきたのだった。
アイリーンは廊下を通り抜け、大広間に面した庭に出た。
人々のざわめきと広間の明かりが漏れ出ているにも関わらず、薄闇につつまれたその空間は、まるで別世界のように静まりかえっていた。
大広間と庭とをつなぐ低いステップが、大広間から張り出したテラスの上に通じている。
広間に戻りたいとは思わなかったが、もう少しだけ、人々に近いところ……彼らの世界に近いところに留まっていたい、という気がした。
思えば奇妙なことだった。
その時の彼女にはわかるはずもなかったが、まさにこれが最後のひとときとなったのだから。
今まで彼女がごく当たり前と思っていた“現実”に別れを告げ、想像もしていなかった新しい世界へと、否応なしに一歩を踏み出す直前の、最後のひとときに。
アイリーンはテラスに登って行った。
広間とテラスの境にかけられたカーテンは、部屋の熱気を逃がすために大きく左右に分けられて、房飾りの付いた紐で止められていた。
そのため、テラスから明るい広間の中はよく見えたし、見ようとする者がいれば、テラスにいるアイリーンの姿も見えただろう。
けれどダンスは始まったばかり。
皆、踊りに夢中な様子で、薄暗いテラスのほうに目を向ける者とて誰もいなかった。
火照った体を冷やすために、テラスや庭に出てくる者もまだいない。
アイリーンは何となくホッとして、広間に背を向け、テラスの手すりにもたれて庭を見下ろした。
ここは城の表向きの庭に当たり、屋外で行われるさまざまな集まりや催しにも使われる、広大な庭園である。
手入れの行き届いた方々の花壇からは、春の終わりを惜しむように、様々な種類の花の香りが立ちあがり、夜気の中に溶けて漂っていた。
空に目を移すと、もうすぐ夏が来るというのに、星は冴え冴えとして凍えるように白い。
微かにふくらんだ銀の半月が、鋭い光で闇を切り裂きながら、冷たく輝いていた。
“満月は一週間も先ね。待ち遠しいわ……。ティレル、早くあなたに会いたい……”
アイリーンがほうっと一つ、深い溜め息をついた時。
楽師たちの奏でていた曲が終わり、やがて、レスターが弾く竪琴の音が流れてきた。
ふと感じるものがあり、アイリーンは思わず耳を澄ませた。
“聞き慣れない曲……。でもなんだか、懐かしいような……?”
そう思った時、誰かが、その詩を小さくくちずさんでいることに気がついた。
この地に一人とどまりし
月と日の女神フレイヤは
人の子の王ハインリオンを夫とし
やがて二人の子をなした……
レスターではない。
低い、よく響く声だが、遠いのか近いのか、まるでわからない不思議な声だった。
立ち上がった一人の勇士
女神フレイヤの血を引くエイドリアン
闇を鎮め魔を封じ
エンドルーアに都を興す……
大昔の伝説。
アイリーンも、話に聞いたことがある。
それにしても、なんて悲しい声だろう。
アイリーンはそう思い、歌っているのは誰なのか知りたいと思った。
体をよじって大広間の方に向き直り、アイリーンはぎょっとした。
テラスの片隅に、人影があったからだ。
上ってきたときは確かに誰もいなかったし、広間から誰か出てくれば、気配でわかるはずなのに……。
彼女が息をのんで見つめるうち、その人物は、まるで初めからそこにいたかのように壁にもたせかけていた上体を起こし、近づいてきた。
薄暗い影の中にあったその姿が、広間の明かりが届く範囲に入ったとたん、アイリーンの心臓は一つ、大きく脈打った。
見たこともない若者だった。
日焼けした肌。
黒い髪。
そして中心に闇を封じこめたトパーズのような、不思議な、強い輝きを持った黄色の瞳。
歳は20を出るか出ないかだろう。
引き締められていた口元が動いた。
「失礼。おじゃまでしたか」
物やわらかさの奥に、研ぎ澄まされた剣のような鋭さと危険性を秘めた声。
アイリーンにつきまとっていた不安が、突如強まった。
「いいえ。……別に」
落ち着いた言葉とは裏腹に、心臓は早鐘のように鳴っていた。
“危険、危険……”
アイリーンの中の何かが、鋭い警告を発している。
客人として紹介された異国の使者たちの中に、こんな男がいたかどうか、アイリーンは思い出せなかった。
それとも、城に出仕して間もない、貴族の子息たちの一人だろうか。
それにしては、あまりにも場違いな格好だった。
肩に羽織った深緑色のマントの他は全身黒づくめ、しかもそれはどう見ても、埃にまみれ、くたびれ果てた旅装束だったのだから。
「綺麗な石ですね」
男はいきなり、アイリーンの胸元に輝くペンダントを手に取った。
アイリーンは驚いて後ずさった。
「……礼儀というものを御存知ないのですね」
「お気に触りましたか。あなたはおとなしい方だと聞いていましたが」
「……」
ということは、この男は私のことを知っている。
当然、私がこの国の王女だということも……。
それなのに、この無礼な態度はどうだろう。
男の尊大さが、アイリーンの中に眠っていた感情に火をつけた。
心の中のおびえた気持ちがそれに拍車をかけ、めったにないことだったが、アイリーンは怒りをあらわにして言った。
「おとなしい者が相手なら、どんな振る舞いも許されると言われるのですか? それに、失礼な振る舞いを黙って受け入れるのがおとなしい人間なら、私は全然おとなしくしているつもりなどありませんわ」
「おやおや。これは驚いたな」
男はバカにしたように、白い歯を見せて笑った。
やはり、異国の人間だと、アイリーンは思った。
後ろ楯もない弱い立場の王女とは言え、臣下の者が、王の娘に対する口のききかたではない。
「いや、失礼。無礼は謝ります。実は私も昔、それとよく似た石を持っていましてね」
アイリーンは背筋を、何か冷たいものが這い登ってくるような気がした。
なぜか分からないが、いやな予感がする。
彼女は平静を装い、男から目をそらせて言った。
「……そうですか。紫水晶はよくある石ですから」
男は黙って意味ありげにアイリーンを見つめた。
彼は頭一つ分アイリーンより背が高く、アイリーンは訳もなく屈辱的な気分にさせられてイライラした。
どうしてこの男はこんな目で、自分を見るのだろう。
まるで、まるで……さまよい歩いた夜の果てに、獲物を追い詰めた餓えた獣のような目で。
アイリーンはますます不安になった。早くこの男から離れたい。
やがて男は静かに言った。
「そう。確かに、紫水晶はよくある石だ。でも私の持っていたのは、紫水晶ではなかったのですよ」
今度はアイリーンが黙り込んだ。
この男は一体何が言いたいのか。アイリーンにはまるで理解できなかった。
男は、青い石を填め込み、金細工を施した美しい額飾りを取り出した。
「見て下さい。アルタシア地方で取れた、最高級のサファイアです。あなたのその金の髪と青い瞳に、とてもよく映えると思いますよ。これを差し上げましょう。そのかわり、私にその紫水晶を譲って下さい。いかがです? 損な取引ではないと思いますが」
「いやです」
自分でも驚くほどキッパリと、アイリーンは言っていた。
「これは私にとって死んだ母の形見です。どんな高価な宝石とも、交換する気はありません。失礼します」
男はとうとう、慇懃な態度をかなぐり捨てた。
立ち去ろうとするアイリーンの腕をつかんで荒々しく向き直させ、叫んだのだ。
「それは元は俺の物だったんだ!!」
アイリーンは恐ろしさで息もできず、凍り付いたように身をすくませた。
「間違いない、触れればわかる。その石に込められた太古の力、俺にはその力が必要なんだ! さあ、その石をよこせ!!」
「痛い!! 放して!!」
アイリーンは男の手から逃れようともがいた。
不思議なことに男は石に手を伸ばそうとはせず、ただ恐ろしい力でアイリーンを捕まえて放そうとしない。
「石を渡せ!! でないと、もっと痛い目に逢うぞ!!」
「いや!!」
突然、石の中から奇妙な振動が沸き起こった。
そして次の瞬間、その振動は焼けつくような痛みと共に、凄まじい勢いでアイリーンの中に流れ込んできた。
「ああっ!!」
アイリーンと男は、同時に叫んだ。
一瞬、熱い空気か炎のようなものが、ゴオッと音を立てて二人の周りで渦を巻いた。
気が付くと、アイリーンは床に倒れていた。
そして男は少し離れた目の前で片膝をつき、荒い息を吐きながらアイリーンを睨みつけている。
トパーズの瞳が、狂おしく激しい怒りに燃えていた。
男は低くつぶやいた。
「なるほどな。お前も、呪われた王家の血を引いている。ご同類というわけだ」
「……?」
その時、一人の召使が広間から駆け寄ってきた。
「姫様? どうなさいました?」
男はすっと立ち上がり、アイリーンを一瞥した。
見たこともないほど鮮烈な、強い光を持った目だった。
そしてくるりと踵を返すとステップを降りていき、庭園の木立の奥へと、ゆっくりとした足取りで去って行った。
「お怪我はありませんか?」
召使に助け起こされながら、アイリーンは震える声で尋ねた。
「あ、あの人、どこの国の人? 今日のお客人の中に、あんな人いたかしら……?」
「あの人?……誰のことです?」
「今、あそこに行く人よ」
召使は怪訝そうに首をひねった。
「どなたも、見当たりませんが……?」
「……うそ……」
アイリーンは呆然と、木立の陰に消えていく男の後ろ姿を見送った。
アイリーンは自分でも不思議だった。
今夜の彼女はやはりどこか、いつもと同じではないらしい。
この日は朝から、何となく胸騒ぎがして落ち着かなかった。
夕暮れ時、窓辺に座って空を眺めていると、その思いは益々つのってきた。
忍び寄ってくる夜の気配の中に、いつもと違う何か……得体の知れない不安の種が、ひそんでいるような気がしたのだ。
いてもたってもいられなくなり、それで、慣れない宴に出てきたのだった。
アイリーンは廊下を通り抜け、大広間に面した庭に出た。
人々のざわめきと広間の明かりが漏れ出ているにも関わらず、薄闇につつまれたその空間は、まるで別世界のように静まりかえっていた。
大広間と庭とをつなぐ低いステップが、大広間から張り出したテラスの上に通じている。
広間に戻りたいとは思わなかったが、もう少しだけ、人々に近いところ……彼らの世界に近いところに留まっていたい、という気がした。
思えば奇妙なことだった。
その時の彼女にはわかるはずもなかったが、まさにこれが最後のひとときとなったのだから。
今まで彼女がごく当たり前と思っていた“現実”に別れを告げ、想像もしていなかった新しい世界へと、否応なしに一歩を踏み出す直前の、最後のひとときに。
アイリーンはテラスに登って行った。
広間とテラスの境にかけられたカーテンは、部屋の熱気を逃がすために大きく左右に分けられて、房飾りの付いた紐で止められていた。
そのため、テラスから明るい広間の中はよく見えたし、見ようとする者がいれば、テラスにいるアイリーンの姿も見えただろう。
けれどダンスは始まったばかり。
皆、踊りに夢中な様子で、薄暗いテラスのほうに目を向ける者とて誰もいなかった。
火照った体を冷やすために、テラスや庭に出てくる者もまだいない。
アイリーンは何となくホッとして、広間に背を向け、テラスの手すりにもたれて庭を見下ろした。
ここは城の表向きの庭に当たり、屋外で行われるさまざまな集まりや催しにも使われる、広大な庭園である。
手入れの行き届いた方々の花壇からは、春の終わりを惜しむように、様々な種類の花の香りが立ちあがり、夜気の中に溶けて漂っていた。
空に目を移すと、もうすぐ夏が来るというのに、星は冴え冴えとして凍えるように白い。
微かにふくらんだ銀の半月が、鋭い光で闇を切り裂きながら、冷たく輝いていた。
“満月は一週間も先ね。待ち遠しいわ……。ティレル、早くあなたに会いたい……”
アイリーンがほうっと一つ、深い溜め息をついた時。
楽師たちの奏でていた曲が終わり、やがて、レスターが弾く竪琴の音が流れてきた。
ふと感じるものがあり、アイリーンは思わず耳を澄ませた。
“聞き慣れない曲……。でもなんだか、懐かしいような……?”
そう思った時、誰かが、その詩を小さくくちずさんでいることに気がついた。
この地に一人とどまりし
月と日の女神フレイヤは
人の子の王ハインリオンを夫とし
やがて二人の子をなした……
レスターではない。
低い、よく響く声だが、遠いのか近いのか、まるでわからない不思議な声だった。
立ち上がった一人の勇士
女神フレイヤの血を引くエイドリアン
闇を鎮め魔を封じ
エンドルーアに都を興す……
大昔の伝説。
アイリーンも、話に聞いたことがある。
それにしても、なんて悲しい声だろう。
アイリーンはそう思い、歌っているのは誰なのか知りたいと思った。
体をよじって大広間の方に向き直り、アイリーンはぎょっとした。
テラスの片隅に、人影があったからだ。
上ってきたときは確かに誰もいなかったし、広間から誰か出てくれば、気配でわかるはずなのに……。
彼女が息をのんで見つめるうち、その人物は、まるで初めからそこにいたかのように壁にもたせかけていた上体を起こし、近づいてきた。
薄暗い影の中にあったその姿が、広間の明かりが届く範囲に入ったとたん、アイリーンの心臓は一つ、大きく脈打った。
見たこともない若者だった。
日焼けした肌。
黒い髪。
そして中心に闇を封じこめたトパーズのような、不思議な、強い輝きを持った黄色の瞳。
歳は20を出るか出ないかだろう。
引き締められていた口元が動いた。
「失礼。おじゃまでしたか」
物やわらかさの奥に、研ぎ澄まされた剣のような鋭さと危険性を秘めた声。
アイリーンにつきまとっていた不安が、突如強まった。
「いいえ。……別に」
落ち着いた言葉とは裏腹に、心臓は早鐘のように鳴っていた。
“危険、危険……”
アイリーンの中の何かが、鋭い警告を発している。
客人として紹介された異国の使者たちの中に、こんな男がいたかどうか、アイリーンは思い出せなかった。
それとも、城に出仕して間もない、貴族の子息たちの一人だろうか。
それにしては、あまりにも場違いな格好だった。
肩に羽織った深緑色のマントの他は全身黒づくめ、しかもそれはどう見ても、埃にまみれ、くたびれ果てた旅装束だったのだから。
「綺麗な石ですね」
男はいきなり、アイリーンの胸元に輝くペンダントを手に取った。
アイリーンは驚いて後ずさった。
「……礼儀というものを御存知ないのですね」
「お気に触りましたか。あなたはおとなしい方だと聞いていましたが」
「……」
ということは、この男は私のことを知っている。
当然、私がこの国の王女だということも……。
それなのに、この無礼な態度はどうだろう。
男の尊大さが、アイリーンの中に眠っていた感情に火をつけた。
心の中のおびえた気持ちがそれに拍車をかけ、めったにないことだったが、アイリーンは怒りをあらわにして言った。
「おとなしい者が相手なら、どんな振る舞いも許されると言われるのですか? それに、失礼な振る舞いを黙って受け入れるのがおとなしい人間なら、私は全然おとなしくしているつもりなどありませんわ」
「おやおや。これは驚いたな」
男はバカにしたように、白い歯を見せて笑った。
やはり、異国の人間だと、アイリーンは思った。
後ろ楯もない弱い立場の王女とは言え、臣下の者が、王の娘に対する口のききかたではない。
「いや、失礼。無礼は謝ります。実は私も昔、それとよく似た石を持っていましてね」
アイリーンは背筋を、何か冷たいものが這い登ってくるような気がした。
なぜか分からないが、いやな予感がする。
彼女は平静を装い、男から目をそらせて言った。
「……そうですか。紫水晶はよくある石ですから」
男は黙って意味ありげにアイリーンを見つめた。
彼は頭一つ分アイリーンより背が高く、アイリーンは訳もなく屈辱的な気分にさせられてイライラした。
どうしてこの男はこんな目で、自分を見るのだろう。
まるで、まるで……さまよい歩いた夜の果てに、獲物を追い詰めた餓えた獣のような目で。
アイリーンはますます不安になった。早くこの男から離れたい。
やがて男は静かに言った。
「そう。確かに、紫水晶はよくある石だ。でも私の持っていたのは、紫水晶ではなかったのですよ」
今度はアイリーンが黙り込んだ。
この男は一体何が言いたいのか。アイリーンにはまるで理解できなかった。
男は、青い石を填め込み、金細工を施した美しい額飾りを取り出した。
「見て下さい。アルタシア地方で取れた、最高級のサファイアです。あなたのその金の髪と青い瞳に、とてもよく映えると思いますよ。これを差し上げましょう。そのかわり、私にその紫水晶を譲って下さい。いかがです? 損な取引ではないと思いますが」
「いやです」
自分でも驚くほどキッパリと、アイリーンは言っていた。
「これは私にとって死んだ母の形見です。どんな高価な宝石とも、交換する気はありません。失礼します」
男はとうとう、慇懃な態度をかなぐり捨てた。
立ち去ろうとするアイリーンの腕をつかんで荒々しく向き直させ、叫んだのだ。
「それは元は俺の物だったんだ!!」
アイリーンは恐ろしさで息もできず、凍り付いたように身をすくませた。
「間違いない、触れればわかる。その石に込められた太古の力、俺にはその力が必要なんだ! さあ、その石をよこせ!!」
「痛い!! 放して!!」
アイリーンは男の手から逃れようともがいた。
不思議なことに男は石に手を伸ばそうとはせず、ただ恐ろしい力でアイリーンを捕まえて放そうとしない。
「石を渡せ!! でないと、もっと痛い目に逢うぞ!!」
「いや!!」
突然、石の中から奇妙な振動が沸き起こった。
そして次の瞬間、その振動は焼けつくような痛みと共に、凄まじい勢いでアイリーンの中に流れ込んできた。
「ああっ!!」
アイリーンと男は、同時に叫んだ。
一瞬、熱い空気か炎のようなものが、ゴオッと音を立てて二人の周りで渦を巻いた。
気が付くと、アイリーンは床に倒れていた。
そして男は少し離れた目の前で片膝をつき、荒い息を吐きながらアイリーンを睨みつけている。
トパーズの瞳が、狂おしく激しい怒りに燃えていた。
男は低くつぶやいた。
「なるほどな。お前も、呪われた王家の血を引いている。ご同類というわけだ」
「……?」
その時、一人の召使が広間から駆け寄ってきた。
「姫様? どうなさいました?」
男はすっと立ち上がり、アイリーンを一瞥した。
見たこともないほど鮮烈な、強い光を持った目だった。
そしてくるりと踵を返すとステップを降りていき、庭園の木立の奥へと、ゆっくりとした足取りで去って行った。
「お怪我はありませんか?」
召使に助け起こされながら、アイリーンは震える声で尋ねた。
「あ、あの人、どこの国の人? 今日のお客人の中に、あんな人いたかしら……?」
「あの人?……誰のことです?」
「今、あそこに行く人よ」
召使は怪訝そうに首をひねった。
「どなたも、見当たりませんが……?」
「……うそ……」
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