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2.ネコタマ大明神
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「大明神だってよぉ、ニャハハハ! そうか、おいらは神様になったのか!」
フカフカの絹座布団の上にふんぞり返り、タケは上機嫌だ。
三匹の猫はタケを、とあるお寺へと案内した。
途中、町家から漂って来る朝餉の匂いに釣られ、フラフラとあっちへ寄ったり、こっちに顔を突っ込んだりするタケを、なだめすかしながらの難儀な道行きだった。
やっと到着した寺は古く、こぢんまりしていた。しかし密集した町人街からは少し外れた立地のためか、境内はそれなりに広い。
本堂の裏側には、小さな社が建っていた。
広さこそ畳半畳ほどだが、高い切妻造りの屋根といい、朱塗りの柱といい、なかなかどうして立派なお社だ。
タケはその社の中へ導き入れられ、鎮座ましましたのだった。
社の前では、三匹の猫が「ヒメ」と呼ぶ、大きな白猫が待っていた。
落ち着きはらった物腰に、そこはかとなく貫禄を漂わせ、ヒメは厳かに言った。
「ようこそご降臨くださいました、ネコタマ様。我らは、あなた様の僕。さぁ、何なりと、お望みをおっしゃってくださいませ」
「おいらの望み? それは……鮪だ!」
ヒメは厳しい表情のまま、首を傾げた。
「……は?」
「だからぁ、鮪が喰いてぇんだよ。あっ鰹もいいなぁ、やっぱり江戸っ子ならこの季節、初鰹は欠かせねぇ! いつも端っこをチビッともらうだけだから、いっぺん、腹一杯喰ってみたかったんだ」
四半刻後。
高杯に山と盛られたご馳走を前にして、タケは大喜びだった。
「最近、千代ちゃんが旨いモノ喰わせてくんねぇんだよ。年寄りが食べて寝てばかりいると、越後屋のご隠居みたいに太り病で死ぬ、とか言っちまってよう」
しゃべりながらも、タケは次々とご馳走を平らげていく。
――あれ? なんかこの社、急に狭くなったような……まぁいいか――と、タケが思ってしばらくのこと。
いつの間にかタケの体は大きく膨れ上がり、社の中にギッチリ詰まって、身動きもできなくなっていた。
「うっ! く、苦しい……」
小さな入り口から首だけを突き出したタケは、まるで自分が社型の甲羅を背負った亀になった気がした。
「おいっ、ど、ど、どうしちまったんだい、こりゃあ!?」
「ネコタマ様、それは気のせいです」
「へ? 何言ってやがんでぃこのスットコドッコイ!」
タケは鼻先のヒメの顔に噛み付きそうな勢いで叫んだ。
が、ヒメは慌てる様子もない。
「閉まっている扉や壁を自由に通り抜けられるあなた様が、そこから出られないはずがありません。あなた様は、先程のご自分の言葉に、暗示をかけられたのです」
「あんじぃ? そりゃいったい……」
そう言ううちに、タケの体はすうっと元の大きさに戻ってしまった。
「……うへぇ。何が何だかわかんねぇぞ。まさかお前ら、さっきのご馳走に、変なもんでも混ぜたんじゃあるめぇな」
ヒメは金色に光る目でじいっとタケを見つめ、そしてゆっくりと口を開いた。
「そろそろ刻限が迫って参りました。真実をお話し致しましょう」
フカフカの絹座布団の上にふんぞり返り、タケは上機嫌だ。
三匹の猫はタケを、とあるお寺へと案内した。
途中、町家から漂って来る朝餉の匂いに釣られ、フラフラとあっちへ寄ったり、こっちに顔を突っ込んだりするタケを、なだめすかしながらの難儀な道行きだった。
やっと到着した寺は古く、こぢんまりしていた。しかし密集した町人街からは少し外れた立地のためか、境内はそれなりに広い。
本堂の裏側には、小さな社が建っていた。
広さこそ畳半畳ほどだが、高い切妻造りの屋根といい、朱塗りの柱といい、なかなかどうして立派なお社だ。
タケはその社の中へ導き入れられ、鎮座ましましたのだった。
社の前では、三匹の猫が「ヒメ」と呼ぶ、大きな白猫が待っていた。
落ち着きはらった物腰に、そこはかとなく貫禄を漂わせ、ヒメは厳かに言った。
「ようこそご降臨くださいました、ネコタマ様。我らは、あなた様の僕。さぁ、何なりと、お望みをおっしゃってくださいませ」
「おいらの望み? それは……鮪だ!」
ヒメは厳しい表情のまま、首を傾げた。
「……は?」
「だからぁ、鮪が喰いてぇんだよ。あっ鰹もいいなぁ、やっぱり江戸っ子ならこの季節、初鰹は欠かせねぇ! いつも端っこをチビッともらうだけだから、いっぺん、腹一杯喰ってみたかったんだ」
四半刻後。
高杯に山と盛られたご馳走を前にして、タケは大喜びだった。
「最近、千代ちゃんが旨いモノ喰わせてくんねぇんだよ。年寄りが食べて寝てばかりいると、越後屋のご隠居みたいに太り病で死ぬ、とか言っちまってよう」
しゃべりながらも、タケは次々とご馳走を平らげていく。
――あれ? なんかこの社、急に狭くなったような……まぁいいか――と、タケが思ってしばらくのこと。
いつの間にかタケの体は大きく膨れ上がり、社の中にギッチリ詰まって、身動きもできなくなっていた。
「うっ! く、苦しい……」
小さな入り口から首だけを突き出したタケは、まるで自分が社型の甲羅を背負った亀になった気がした。
「おいっ、ど、ど、どうしちまったんだい、こりゃあ!?」
「ネコタマ様、それは気のせいです」
「へ? 何言ってやがんでぃこのスットコドッコイ!」
タケは鼻先のヒメの顔に噛み付きそうな勢いで叫んだ。
が、ヒメは慌てる様子もない。
「閉まっている扉や壁を自由に通り抜けられるあなた様が、そこから出られないはずがありません。あなた様は、先程のご自分の言葉に、暗示をかけられたのです」
「あんじぃ? そりゃいったい……」
そう言ううちに、タケの体はすうっと元の大きさに戻ってしまった。
「……うへぇ。何が何だかわかんねぇぞ。まさかお前ら、さっきのご馳走に、変なもんでも混ぜたんじゃあるめぇな」
ヒメは金色に光る目でじいっとタケを見つめ、そしてゆっくりと口を開いた。
「そろそろ刻限が迫って参りました。真実をお話し致しましょう」
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