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プロローグ
しおりを挟む辺境、ヴォルマ公爵領。
若き公爵の結婚式がこの日行われ、新妻になる令嬢は成人を迎えたばかりの16歳の少女だった。
まだ社交界に出る事もなかった少女に縁談が持ち込まれるのは異例の早さであり、この結婚式当日に初めてその結婚する相手と顔を合わせたのである。
それなのに、この新妻のアルマを歓迎する雰囲気と祝福の輪に囲まれ、神殿での結婚式の為、父親とヴァージンロードをゆっくりと歩いて、新郎の顔を拝顔しなければならなかった少女は緊張で震えていた。
「アルマ………幸せにな………」
「…………お父様……努力………致しますから……」
アルマの実家、リンデル伯爵領は肥沃な土地を有する場所ではあるが、物流の為の整備が難しい土地柄で、整備の為に万年貧しい生活を余儀なくされ、借金が重なっていた領地だった。
自給自足だけであるなら問題は無かった場所ではあったが、アルマの祖父が開拓したばかりの領地であった為、まだまだ改善点が山積み過ぎて、その管理の教えを乞う必要もあった。
そこで、アルマの兄が別の領地へ、勉強へと出た際、とある理由から、アルマの縁談が舞い込んだのだ。
ヴォルマ公爵、ジークハルトからの出された条件を飲む為、アルマは嫁がねばならなくなったのだ。
「…………すまないな……お前には好きな男が居たというのに……」
「…………過ぎた事です……これからは、ヴォルマ公爵様と良き関係にしていきますから………」
長いヴァージンロードを歩ききり、目の前の見目麗しい若き公爵が目に入ったアルマ。
王都から遠くかけ離れたヴォルマ領地の領主、ジークハルト。その眉目秀麗の噂はまた王都から遠くかけ離れたリンデル伯爵領にも聞こえて来る程有名な男だったのだ。
その男を初めて目にし、アルマは気後れしてしまう。自分では釣り合わないのではないか、と思ったのだ。
それでも結婚式は始まっていて、逃げる勇気も無いアルマは、リンデル伯爵と共にジークハルトに一礼し、祭壇の前に並んだ。
「汝、健やかなる時も病める時も、妻アルマを愛する事を誓いますか?」
式は順調に進んで行く。
誓いの言葉の前に、初めてアルマはジークの声を聞いた。
「誓う」
「…………妻、アルマ……汝は---」
「…………誓います」
ジークハルトが即答したのを何故か驚く。
初めて会ったのが結婚式だ。お互い何もお互いを知り得ないのに、誓えるものなのか、と。
そんな結婚は、貴族の世界では多いのはアルマも知っている。だが、ジークハルトの浮いた話も同様に多かったのも耳にしているだけあって、その誓いは信じられなかった。
「では、指輪の交換と誓いのキスを」
「…………」
「っ!」
互いに向き合わねばならない瞬間。
まだ会って数十分足らずで、唇を重ねる等、アルマは勿論初めてだ。
好きな男が居たアルマ。リンデル伯爵領で侍従ではあったが騎士の男と結婚を誓いあっていた。キスはその男と経験済みだが、その男より眉目秀麗のジークハルトとまさかキスをする事は幸運なのか、悪運なのかアルマにはまだ分からない。
美しい指輪を持つジークハルトに、アルマは手を取られ、サイズも事前に知っていたのか、家族に聞いたのかは分からないが、スッとアルマの左手薬指にはめられた。
---こんな立派な指輪……私に?
大きなダイヤモンドの1つ石の指輪がはめられ、アルマは慣れない重さに手が震えた。
すると、ジークハルトも左手をアルマの前に差し出す。
「手が震えてるが、はめられる?」
「っ!…………は、はい……が、頑張ります!」
「…………プッ……」
「っ!」
心配になったのか、ジークハルトから声が掛かったが、アルマの声は裏返り、失笑されてしまった。
不機嫌になる感じもなく、アルマが震えない様に介助迄するジークハルトから、優しさを見出したアルマ。
社交辞令なのだと、その時は思う事しか出来ない。
神殿に集まっている名高い貴族達が居るのだ。その視線はアルマに集中攻撃され、震える手はジークハルトにより抑えられていても、まだ震えている。
貴族達からの視線は本当に冷たい。
ジークハルトの妻の座を狙っていた令嬢や、その親も多い筈だからだ。
例え、国境にある辺境地で、隣国からの鬩ぎ合いで小競り合いが多い地域であろうとも、魔獣が多く出没する地域であろうとも、ジークハルトの妻になれるのなら、釣は来ると思っている貴族は多い様だ。
何とか、ジークハルトの指にはめられた指輪。
「…………ほっ……」
「…………プッ……」
一息吐きたい程、アルマにとって大それた事だったのだが、またジークハルトに失笑されてしまう。
「…………閣下……誓いのキスを」
神官は咳払いして、場を引き締めさせ、ジークハルトに誓いのキスを促して来る。
「…………」
---く、来る!
緊張しっぱなしのアルマは、身体を硬直させ、目を強く瞑り、顎を上げてジークハルトを待った。
「!」
軽く触れるだけのキス。一瞬過ぎて、触れた感触も遥か彼方の記憶にされそうな唇で、ただジークハルトの仄かに香る香水だろうか、纏う匂いだけアルマの鼻を擽った。
「これにて、新たな夫婦が誕生しました事を証明致します」
「宜しくな、アルマ」
「…………ふ、不束者ですが宜しくお願い致します………ヴォルマ公爵様」
「俺の事はジークと呼んでくれ、もう君は俺の妻だし、君もヴォルマの姓になったんだから」
「は、はい………ジーク様」
アルマとジークハルトの結婚式を祝う夜会も執り行われたが、アルマへの冷たい視線は夜会中全く無く、何故か結婚式の間で浴びた目線もアルマは感じずに初夜を迎える事となった。
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