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幸せの1歩
しおりを挟むその夜、律也も手伝いに羽美の実家へ行く。と言っても、仕込み時間には来ていたのだが。
「ちっ!手際良過ぎる!」
「律也君、速水物産辞めて此処で働かないかい?航より上手いな」
「親父!何言いやがる!」
「生憎、一応次期社長なんで……航に任せてやって下さい」
「律也!てめぇ、何上から目線で言いやがる!」
この日、さん付けで呼ばれるのも、虫唾が走ると言う航が、お義兄さんも航さんも嫌だと、キレたのだ。それなら、と律也も呼び捨てで呼ばれなきゃ不公平、と言い返し、仕込み時間から呼び捨てしながら怒号が飛んでいる。
同じ歳という律也と航なのだから、さん付けでもない、という結論だ。
「お店開けるよ~」
「はいよ」
「いらっしゃいませ」
繁華街から少し奥まった店だが、古くからのお客様も多く、常連客がチラホラと入店して来る。
「羽美ちゃん、2人ね」
「は~い………大将の前がいいですよね?」
「そう、いつものからね」
「おや、新しい板前入れたのかい?若が怪我したから……」
若とは航の事だ。
「いえ、臨時っす」
「まだギブス取れないのか?若」
「まだ取れないんですよ……」
航は、常連客に挨拶は欠かさない。大将が引退したら、航が引き継がなければならない客になるからだ。
「男前の臨時板前だね」
「羽美の旦那っす……料理上手いんで、手伝ってもらってます。仕込みだけですけどね、調理師免許も持ってないんで……」
「へぇ~、羽美ちゃん結婚したの……なら女将さん、羽美ちゃんに1杯あげてよ」
「わぁ、ありがとうございます」
「止めて下さいよ、お酒飲ませると働かなくなっちゃいますから」
「そんな事ないもん」
「なら、羽美ちゃんの旦那にだな」
「ありがとうございます」
羽美の代わりに貰えると聞き、カウンター内から礼を言う律也。
「ですが、すいません車で来てまして……お気持ちだけで……その分、大将や航に」
ニッコリと、やんわりと断った。
「いい男捕まえたなぁ、羽美ちゃん」
「はい!」
「ちっ……」
「お兄ちゃん!」
「仕事仕事……」
徐々に席が埋まり始め、待ちが出そうな時だった。
扉が開き、来店を知らせる挨拶をする羽美。
「いらっしゃいませ」
「2人だけど、空いてる?」
「はい、奥のカウンターへどうぞ」
「羽美か?」
「………え?」
「久しぶり、裕司だが覚えてないか?」
「裕司さん?………お兄ちゃん!裕司さん!」
「は?………裕司?……おぉ~、嬢さんも一緒か」
調理場からひょっこり顔を出した航。わだかまりも全く無く、迎え入れる。
裕司の連れの女性は、紗耶香だった。
「紗耶香さん?」
「ご無沙汰してます、律也さん、羽美さん」
「航が退院した、て知って快気祝いにやって来てやったぜ」
「快気祝いな訳ねぇじゃねぇか、通院だけになったから、扱き使われてんだよ、親父に」
「よく言うわ、裕司さん違うんですよ、腕鈍らせたくないから、藻掻いてるだけです」
「だろうと思った」
「うっせ……食ってけよ、裕司」
「当たり前だろ」
羽美は何故、裕司が紗耶香と居るか分からないし、律也は紗耶香が連れた男が航と知り合いで、航が紗耶香も知っている事が不思議だった。
怪我の事も知っていている。当事者でなければ、知らない事も話が出ていて、航の怪我を裕司が負わせたのなら、何故こんなにも和気藹々としているのか。
「不思議か?律也」
「…………え?」
閉店し、煙草を2人で店の裏口で吸っている律也と航。
「ずっと不思議そうにしてたろ」
「まぁ……紗耶香さんがあんなガラが悪い男と居るのも不思議だし、あの2人は付き合ってるんだろうな、と思ったのも………それに、航の怪我を何故あの男が知ってるのか……」
「あぁ………アイツにやられた」
「………で、何で仲良さそうにしてるんだ?」
「親友なんだよ………アイツに借りがあったから、返した。そのおかげで、あのお嬢さんと付き合える様になったのさ」
航が煙を空に向けて吐き出す。
「………俺の事、紗耶香さん好きじゃなかったしな……あの2人の接点は分からんが」
「白河酒造のグループのバーの雇われ店長だったんだよ、裕司……オーナーがあのお嬢さん」
「なるほど……それで、警察沙汰にしたくて、航は怪我した、て事か………羽美を助けて、あの2人の仲を結ばせた訳ね………流石お兄ちゃん」
「俺しか出来ねぇと思ったからな………羽美には言うなよ、羽美は裕司にも感謝してたから、裕司にヤラレた、て知ったら悲しむ」
「言わなくてもいい事じゃないかな………俺では出来ない事だな……俺なら紗耶香さんを救済するつもりなんて無かったし」
「てめぇはそうだろうよ……裕司を知ってる俺しか出来なかった、ただ代償はツライがな」
「でも、晴れ晴れしてる」
「ははは……今度2人で飲もうぜ、羽美が居ない時によ」
「勿論」
ここでもまた親友になる日が近いかもしれない。
❊❆❊❆❊❆❊
「随分長い時間、お兄ちゃんと話込んでたみたいですけど、何話てたんですか?」
帰りの車の中で、羽美が律也に聞いた。
「航の友人、裕司って男の事」
「…………やっぱり、裕司さんがお兄ちゃんに?」
「やっぱり?」
知らないと思っていた律也は、羽美が落ち込んでいるのを知る。
「話てる内容と、お兄ちゃんと裕司さんの性格から考えて………そうかな、と」
「まぁ……あの2人の間の事は、理解不能だな……あの仲だから出来た事だと思う……俺にはそういう友人は居なかったから、理解出来ない部分はあったし」
「あの2人、似てるんですよねぇ、やる事なす事………あ……」
「ん?」
「あ、いえ、何でもないです」
―――だから分かったのかな、晃司の事で……
羽美の元カレからのストーカー被害。恐らく、裕司が航に化けたのを、航が知ったから動いたのかもしれない、と羽美はそう思って、益々納得した。
晃司の事は、律也に詳しくは話してはいないが、最近出現していないので、すっかり忘れていた。
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