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対峙する
しおりを挟む出勤前に、区役所に婚姻届を提出した羽美と律也。
「おめでとうございます……お幸せに」
「ありがとうございます」
区役所の職員が祝いの言葉を掛けると、照れ臭そうに、羽美と律也は答えた。
「そういや、銀行やその他の変更手続きしないとな」
「あ、そうですね……銀行の通帳や印鑑、家ですよ、まだ」
「会社の登録も変えなきゃならないしな」
「………私、速水で仕事するんですか?森本?……その辺り聞いてなかったですね」
「俺も速水に戻すかな……別に隠しておく理由無くなったし」
「社長の息子だと公表するという事ですか?」
「当然だろ、羽美が速水になったんだから」
左手を繋がれ、律也の唇が羽美の薬指にキスが落ちる。指輪は無いが、その仕草にはドキドキさせられた羽美。
「指輪も用意しなきゃな………お袋に連絡したら、サイズ教えろ、て言われたから贈ってくるかもな」
「………そういえば、お母様にお会いしてない……」
「あの人は自由人だから、反対はしないさ……でなきゃ指のサイズ聞かないだろ」
―――どんな方なんだろ……あ……
「あの……手を……放して下さい……もう会社着きますし」
区役所がマンションから近いという事は、会社にも近い。歩いて行ける場所なので、近くになればなる程、社員も居る。
「おはようございます、係長」
「今日早いじゃないか、高田」
「………えっと、昨日小山内さんの事で、またあったので、朝が早い小山内さんの手伝いを、と………付き合ってんのはもう知ってますが、手を繋ぎながら出社……て……また小山内さんに非難浴びませんか?」
「付き合ってないぞ」
「…………え?恋人ですよね……」
「結婚したんでな」
「………………え?」
「だから、今婚姻届出して来たから……社長に報告あるから、また後でな」
「…………え~~~~っ!」
付き合っているのも知らされたのはつい先日なのだ。結婚はかなりの激震だったに違いない。
その話が伝わるのは本当に早かった。
勝真の居る社長室から出て来てからは、怒涛の勢いで、律也に詰め寄る女性社員や、経緯を知りたい女性社員は羽美に集まる。
「何で急に結婚なんてしちゃうんですか?森本係長!」
「はいはい、仕事してくれよ~」
そんな女性社員も軽くあしらい、仕事を始める律也だが、ほぼ毎日内勤している羽美にとっては、気分転換も出来ないぐらい、顔を合わせる人それぞれに、質問責めになっている。
゚.*・。゚♬*゜
「はい、営業部、小山内です」
『…………森本さん、森本係長に面会依頼がありますが……』
「今日は面会の予定は無い筈ですが、どちら様ですか?」
受付は嫌味で言った森本という名だろうと思った羽美。
『お綺麗な方よ、森本さん……白河酒造のご令嬢、白河 紗耶香様』
これもまた嫌味。しかし、羽美は嫌味には動じない。
「お待ち下さい………係長、面会で白河酒造の白河様がおみえだそうですが」
「………応接室にお通してくれ、と伝えてくれ」
「分かりました………応接室にお通しして下さい」
『了解しました』
―――嫌味だなぁ
律也はデスクを離れ、羽美の方へと来ると肩を抱く。
「羽美もおいで」
「え!」
ざわつく営業部内。律也が羽美を名前呼びをするのもだが、イチャイチャ感を出す律也に黄色い声が漏れる。
「な、何故私迄?」
「手っ取り早いだろ?その場で羽美の両親の店の取引に関して再開させるか、妨害を止めさせるのにね」
「………分かりました……斉木さん、少しの間席外すね」
「行ってらっしゃい」
営業部を出て2人で歩いていても目立ってしまう。
「店の事、戻りますかね……」
「戻させるさ……その前に常務室に寄ってく」
大河の常務室へ入る、羽美と律也。
「如何した?あ、結婚おめでとう律也、羽美さん」
「白河 紗耶香が来てる……」
「………羽美さんの店の件か、律也へのアピールか……」
「一緒に来てくれないか、兄貴」
「………いいよ、付き合う」
大河は秘書に一言言って、律也と並んで羽美の前を歩く。これなら、何も言われない。ヒソヒソ声は聞こえては来るが、大河と共に歩く律也は絵になるのか、羽美には目が入らないのもあるのだろう。
―――これで兄弟とバレなかったのは不思議。律也さん眼鏡取ると、常務にそっくりなのに……
応接室の前に来ると、律也は羽美に後から入る様に言う。
「お茶持って来てくれないか………多分用意はされてるだろうが、珈琲か紅茶で」
「分かりました、給湯室で作って持ってきます」
「頼むよ」
コンコン、と応接室のドアを叩き、律也から先に入って行った。
「律也さん!やっと会え……まし……たね…」
紗耶香は律也を呼び出したのに、大河も一緒だ。別に構わないが、大河と話をする事も無い紗耶香は、言葉を詰まらせる。
「如何しました?白河さん……常務と一緒では差し支えましたか?」
「い、いえ………」
「大事な取引先ですし、業務提携を詰めている責任者は常務なので、何か進展でもあるのかと思い……私では業務提携に関与していませんからね」
紗耶香の向かいに座る律也とその隣に座る大河。
「ところで、今日は何用ですか?仕事のアポも無い為、何もこちらでは用意してませんが」
大河は、ジェスチャーで手ぶらをアピールする。
「お、お食事にお誘いしたかったんです……なかなか律也さん会って頂けなかったですし……私は律也さんのお見合い相手でしょう?業務提携するのに、会社の繋がりはとても大事な事ですし、頭の良い律也さんなら、分かって頂ける筈ですもの」
「えぇ、私に直接見合い話を持って来るより、常務経由なら、私を懐柔出来ると思っての事でしょう?………何処で調べたか、貴女から話しては頂けないとは思いますが、その件は私達で調べますから、有益で健全な業務提携の契約を目指しませんか?紗耶香さん」
「まぁ、何の事でしょう」
「私は仕事上、森本で通してますが、何故貴女は、私が常務の弟で、社長の息子だと知ったのです?」
「…………」
紗耶香は無言で微笑んでいる。それはそれて不気味ではあった。
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