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唯一の合格者
しおりを挟む玲良は、姿見の前で真新しい制服を着込み、入学式に備えた。
「よし………大丈夫…かな」
髪も緩めに結った長い髪をまとめ、薄めの色のリップを唇に塗って部屋から出る。リビングに出ても誰も居ない家。父親は海外赴任。母親は病気で亡くなって久しい。
まだ未成年の玲良の世話は父親の実家から時々祖父母が様子を見にやっては来るものの、祖父母も仕事で忙しく平日は来ない。
「…………行ってきます」
母親の仏壇に挨拶し、満員電車に揺られて高校に3年間通う。玲良が塾にも通わず受験勉強を必死で頑張って合格した高校だ。通っていた中学からは誰一人と進学しなかった難関校に玲良一人だけの合格。それには父も祖父母も、褒め称えて期待をされている1人娘だ。
「あら、おはよう玲良ちゃん……今日は入学式?」
「おはようございます……はい、入学式です」
「おめでとう、この辺りでは玲良ちゃんだけなんだって?合格したの」
「………そうなんです……友達をまた1から増やさなきゃ」
「頑張ってね」
「はい………あ、電車に乗り遅れたくないから行きますね」
「行ってらっしゃい、気をつけてね」
ゴミ出しの近所の顔見知りの主婦との挨拶も欠かす事もない玲良。それは玲良の亡くなった母親が、近所付き合いを密にしていたから、玲良も見習っていたのだ。
「何とか間に合ったかな」
「あ、玲良!」
「………あ、美奈、おはよう………美奈も今日入学式?おばさん、おはようございます」
駅に着き、改札口を通りホームに上がると、何人かの同中学の学友を見掛ける玲良。
「おはよう、玲良ちゃん………素敵ね、よく似合ってるわぁ、制服」
「ありがとうございます……美奈も制服似合ってるよ」
「…………うん……いいなぁ……私も志望したのに………はぁ、着たかったよ」
「……………」
友人に羨ましがられる程の人気の学校に通う事になってしまった玲良からすれば、友人に何を言っても嫌味に聞こえる様な気がして、微笑む事しか出来なかった。
「混んでるわね」
「女性車両もいっぱいかぁ」
「仕方ないわ……乗るわよ美奈」
「え~」
美奈の母親が、電車の混雑状況と時間を見て、乗る事に決めた為、玲良も美奈と話せるなら、と乗る事を決めた。途中下車で乗り換える玲良と、美奈は美奈の母親と共に乗る。
「シワになっちゃうじゃん、この満員電車で」
「仕方ないよね………これから我慢しなきゃ」
感情的に愚痴る美奈の横で、淡々と返す玲良。美奈にとっては、その玲良の言葉にイラつきを見せた。
「…………」
「……ん?どうかした?」
「ううん………我慢かぁ」
街中に住む以上、満員電車になるのは仕方が無い。会社員や学生が通勤通学に使う時間帯は重なる事が多いからだ。しかも中学を卒業したばかりの高校生は、電車通学に慣れていない子も多い。だからこそ、美奈は女性専用車両に乗りたかったのだが、そちらも満員で乗れなかったのだ。同じ感情だと思っていた美奈は、玲良に同調して欲しかったのに、同調してはいなかった事にイラついた。只でさえ、美奈が行きたかった高校の制服を着ている事も格差に感じていた美奈には、拍車が掛かったと言ってもいい。
後ろから押し付けられる様に乗り、圧迫される中、会話も出来ず暫く乗っていると、玲良の背後にやたらと密着するスーツの男がゴソゴソとし始める。
「!!」
「……………」
「………や、止め……」
「……はぁ……はぁ……」
スカートの上から玲良のお尻に手が触れて来るスーツの男。隣に居る美奈に目配りさせる玲良だが、美奈は気付いても無視をする。
「……み………美奈……助け……」
「お母さん、帰り学用品の足りない物買いに行きたいんだけど」
「そうねぇ、必要になる物あるかもしれないからねぇ」
「…………止め……て……」
玲良は美奈と目が合っても、母親と会話を始め、玲良に背を向けた。
「…………っ!」
ブーブーブーッ!!
「「「「「!!」」」」」
「痴漢です!!助けて!!」
玲良は防犯ブザーを車内で鳴らす。それにより周りに居た見ず知らずの女性が、泣きそうな顔をする玲良を見て声をあげる。美奈は振り向きはするものの、動く事は無かった。
「お、俺はやってねぇ!!」
「見てましたよ!!」
満員電車は大騒ぎになり、次の駅で痴漢と玲良、証言に立ってくれるのだろう、声を出した女性も降りた。駅員に捕まえてもらい、玲良は美奈に振り返る。
「…………美奈……」
「付き添ってあげれないけど、玲良なら大丈夫よ、ねぇお母さん」
「…………ごめんなさいね、玲良ちゃん……入学式から遅れられないから……」
「………大丈夫です………先に行って下さい」
電車を降りる事もせず、美奈と美奈の母親はそのまま電車に乗って行ってしまった。
「友達じゃなかったの?彼女」
電車が発車してから、叫んだ女性が玲良に聞いた。
「…………そう思ってたのは私だけだったかもしれません……」
「貴女も入学式なんでしょう?」
「…………はい……」
「かわいそうに……災難だったわね」
「でも、お姉さんは仕事に行くのでは……」
「私?私は大丈夫、囮捜査班だから」
そう言って、警察のバッチを玲良に見せた女性。
「え!?」
「貴女、狙われやすそうだったし、この男は貴女を見定めてたのよね」
「…………ありがとうございます……」
「怖かったね、もう大丈夫よ……聴取取ったら学校に送ってあげるから………事情も説明してあげるし」
だが、この事で玲良に対する噂が学校内に立ってしまった。
玲良は入学式に新入生の挨拶をする事になっていた。それが遅刻し、事情があったとしても学校内で注目の的になった事と、外見により玲良は『男を誘う女』と言われてしまう。更にそれが根も葉もない噂が独り歩きし、『人の彼氏を奪う女』『援助交際している』等、悪女のレッテルを貼られたのだった。
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