誘拐された令嬢は英雄公爵に盲愛される【完結】

Lynx🐈‍⬛

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 グランゾート侯爵領でのリリシュの一件は、後日ミリアーナにグランゾート侯爵から書簡で知らされた。

「リリシュ………なんて事を……領地民が居なければリリシュだって生活出来ないのに……」

 離れた所で、ガーブルがミリアーナに渡しに来た書簡を握り締めているミリアーナは怒りを現していた。

「ミリアーナ様は、民達を大事にされる方で安心致しました」
「…………グランゾート侯爵領は、弟の…………義理の弟になりますが、治めなければならないのです………民達から反感を持たれ積み重ねては首を〆る行為になりかねません」
「念の為、旦那様はミリアーナ様への書簡も確認されておられておりますが、ミリアーナ様の妹君は領地民を蔑ろにする気があるのですね」
「……………お恥ずかしいですが、否定出来ません………民あってこそ、国が成り立つ事をリリシュは教えられていないのです………ガーブル……書簡をありがとうございます………父へ返事を書きたいのですが、時間が掛かると思うので、後に侍女を通し送って貰えますか?」
「了解致しました」

 だが、グランゾート侯爵に返事を書くには、勇気が必要だった。
 継母レイナに見られない様にする必要があるのではないか、とペンを取れなかった。
 その事で、ミリアーナはイアンから心配の声が掛かる。ミリアーナが使う部屋の入口に立つイアンと、ソファに座るミリアーナ。だが、ミリアーナはイアンの立場を思い、イアンにソファに座って欲しい、と願い出た。

「マーシャル公爵閣下、私が立ちます……閣下に立って頂いて話す等、侯爵位の娘の私には不敬でございます」
「それならば、向かい合い話せば良い」
「…………で、ですが………」
「俺が良いと言っているんだ、気にしなくていい。傍にメアリや侍女達も居るし、俺は君に何もしない」

 ミリアーナへの気遣いに申し訳無い思いではあったが、メアリや他の侍女達もミリアーナに安心感を与える為に、笑顔を向けていた。

「わ、分かりました………」

 ミリアーナがイアンの前に座ると、イアンが話を切り出してくる。

「俺も、グランゾート侯爵の書簡は読ませて貰った………俺には政敵も多いし、准王族として派閥も望まないのに出来ているから、全て邸に来る書簡は目を通して、不正が無いかを確認する必要があるんだ。見られたくない内容だろうが、それは邸の家主としての責務でね」
「問題等ありませんでしたから構いません」
「君は…………リリシュ嬢から……妹からどういう扱いを受けてきたのか聞いてもいいか?」
「……………家の……グランゾート侯爵家の恥ずべき事を、軽々とは申せません………ですが、妹は私を嫌い、義母も私を嫌っていた事は、周知かと思います………それで、察して頂けないでしょうか………」
「そんな事は、調べている。だからこそ、君に聞きたい、と思っているんだ………俺の婚約者に………妻にしたい、と思っている令嬢の実家だ。妻になる君の憂いになる事を排除したい、と思うのは、夫となる俺の権利でもあると思わないか?」

 イアンとの政略的な結婚なのかもしれないが、その令嬢の実家の問題を解決してくれる、と言うのだろうか。

「マーシャル公爵閣下」
「イアンでいい」
「…………立場が違い過ぎます……」
「俺は、ミリアーナから名で呼ばれたいのだが?と言えば、そう呼んでくれるのなら、する」
「っ…………恐れ多い事を………で、では邸内ではイアン様、と呼ばせて頂きます………」

 命令と言われてしまえば、従うしかない公爵位より下位の侯爵令嬢のミリアーナ。
 イアンは王位継承権2位の准王族で、王太子の従弟にあたるのだ。それが分かるからこそ、立場を弁えていたのだが、馴れ馴れしく名で呼ぶのは痴がましく感じる。

「それで?何を言おうとしていた?」
「婚姻のお申し出の真意を知りたいのです。イアン様でしたら、私でなくとも政治的や経済的に相応しい令嬢も居たかと思うのですが………」
「…………俺は、王位継承権があったとしても、王位には就かないつもりだ。だから、政治的に相応しい令嬢等は不要。経済的に妻の実家に頼る様な領地にはしていない。だからこそ、何方にも当てはまらない令嬢を探していた」
「…………それが、グランゾート侯爵家の私だと?………リリシュ………妹も居りましたが………」

 卑下する気も無いが、世間の評判ではリリシュの方が華があり、男性貴族がチヤホヤする美貌の令嬢だ。
 姉のミリアーナでも、リリシュは綺麗だと思っている。

「性格悪いだろ、リリシュ嬢は」
「……………な、何と返答して良いのか……」
「あぁ、妹の悪口を言って申し訳ない。だが、性根の悪い令嬢は幾ら外見が良くとも好きにはならん………俺は、長く添い遂げられるであろう心根が優しく、民を思い、謙虚さのある令嬢に惹かれる………昨年の、王太子誕生祭の夜会、覚えてないだろうか」
「王太子殿下の誕生祭ですか?」
「君は、隣国の大使夫人の体調不良に気が付き、看病してくれただろう?」
「は、はい………」
「嘔吐もされ、ドレスが汚れようとも、気にも止めず………他の令嬢達は、大使夫人から逃げ、汚い物を見た、とばかり距離を置いた」
「近くに居りましたから………」
「違うな…………君は駆け付けた」
「……………一体……何処からご覧に………」

 そう、ミリアーナは逃げる令嬢を掻き分け、フラつく大使夫人を抱き留めた時に嘔吐され、自身迄汚していた。
 ミリアーナの近くにはイアンは居らず、倒れた後に、イアンは駆け付け、大使夫人はイアンの叔母だったとミリアーナは知ったぐらいだ。

「広間の上階で、王太子と話をして会場を見渡していたから、あの時の状況はよく見えていた。叔母は、君に感謝していたよ。嘔吐しやすい様に背中を擦り続け、君はドレスで受け止めていて………もし、嘔吐が出来なかったら、喉を詰まらせていたかもしれない、と医者からも言われた。危険だったらしい」
「今はお元気なんでしょうか?」
「あぁ、王都の大使館にお住まいだ。隣国に嫁いだものの、生まれ育ったこの国を知る者として、叔母は夫と共に大使で赴任されている」
「良かったです………あの後、私は義母に帰らされましたから………」
「…………王太子も君をあの後探し、着替えを用意させていたんだが、姿が見られずに難儀していたんだ………何処の令嬢かは直ぐに分かったが、叔母を助けた時の様な心根の持ち主か如何か、俺は調べさせた上で、婚姻の話を持ち掛けたんだ」
「…………そ、そんな事で………私を?」
「そんな事、と君は言うが、大事な事だ。緊急時に性格が出るからね………一目惚れなんだよ、俺の」

 ミリアーナには何て事の無い事だった。
 困っている人が居れば助けたいと思うし、そう動いてしまう性分なだけだったのだ。
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