上 下
3 / 126
出会う

2

しおりを挟む

 ルカスは会話を止め、マークに扉を開けに行かせた。

「ありがとうございます」

 マークが扉を開け礼を言うと、入り口には侍女を引き連れ貴族の令嬢がにこやかに挨拶をする。

「マシュリーと申します………中で準備させますので入室しても宜しいですか?」
「…………あ、はい………どうぞ」
「………失礼致します………さぁ、準備を」

 マシュリーはティーセットや茶菓子が乗るワゴンを押す侍女や配膳の為の侍女を先に入室させ、自分は控えめに後から付いて、ルカスの前に現れた。明らかに侍女達や民衆の黄色い声を挙げる女達とは違うオーラのマシュリーに、ルカスは凝視してしまう。

「モルディア皇国、皇太子殿下にご挨拶申し上げます…………わたくしはジェルバ国王女、マシュリーと申します」
「…………ルカスと申します………以後お見知りおきを………」

 ルカスは、一瞬見惚れてしまい、言葉を詰まらせながら、ソファから立ち上がり、一礼する。

「本来なら、父も直ぐお会いする予定ではあったのですが、先程事件が起きてしまい、その処理に時間を要しそうなのです…………わたくしで失礼かとは思いましたが、退屈凌ぎになれば、とご挨拶も兼ねて伺いました………ご無礼をお許し下さい」
「いえ………貴女の様な美しい方と話を出来る機会を得られ、私は幸せ者です」
「……………わ、わたくしは………そんなつもりで伺った訳では………」

 マシュリーは扇を口元に宛て、表情を隠す。あまりにもルカスが見つめてくるので、目を反らし俯いた。その間に侍女達がお茶の準備を終える。

「姫様、整いましたわ」
「あ…………どうぞ……お口に合えば良いですが」

 マークはルカスの隣に座らず、椅子を別に持ってその椅子に座る。身分の違いを憚っての事だろうと見て取れた。

「申し訳ありませんでしたわ、気を使わせてしまったようですわね」
「…………コイツの事は気に為さらずに。私の副官をしているマークです」
「はい、お気を使う必要もありません、マシュリー殿下」
「所で…………北側が騒がしかったですが、何かあったのか教えて頂いても?無理にとは言いませんが」

 ルカスは如何しても気になったのか、早々に話を切り出した。
 その話に、遠慮がちにマシュリーは答える。客人である2人に言っていい事ではないからだ。

「…………普段は穏やかな国なのですが、昨夕から少女が行方不明になり、捜索を朝からしておりました………我が国は国民1人居なくなるだけで大惨事になりえますから………」
「少女が行方不明になっただけで?」
「はい…………国内では見つからず、恐らく壁の外に出て行ったと思われ、気が付けばコルセア国側から山賊が押し寄せて、また何十人か連れ去られた、と報告があったのです……」
「…………山賊………」
「ジェルバ国の国民は、国外に出れません………出てしまえば、奴隷になってしまい帰って来る事なく、一生を終えてしまうでしょう…………探しに行った者達も帰って来た事もありません……」
「……………それは、ツェツェリア族だから?」
「……………はい……」

 必死に涙を堪えているマシュリー。人前で泣く訳にはいかなかった。ルカスはすかさずハンカチをマシュリーに渡そうとするが、マシュリーは断ると、侍女からナフキンを渡され、目を覆う。そして何かを包む様に膝上にナフキンを置いた。

「ツェツェリア族の利用価値は、ジェルバ国民全員分かっております…………見つかれば最後………捕まったらそのまま利用され死を迎えるだけ………だから幼い子であろうと、国外へ出る夢は捨てる様に、と教育されています………こんな世の中になってはならぬと思うのに………」
「ツェツェリア族の性だな…………やはり、実行する冪だな………」
「ルカス様、本気ですか?………あの件……」
「本気だが?…………それはこのジェルバ国にとっても利害一致するとは思うがね………だが………もう一つ、願い事が出来た」
「…………やな予感しかしませんけど?」
「……………?」

 ルカスとマークの話が見えないマシュリーは首を傾げていた。そして、ルカスはマシュリーに質問を投げ掛ける。

「マシュリー王女、貴女は今独身か?それか決まった相手は?」
「……………え?」
「ルカス様!!…………まさか貴方!!」
「聞いておきたいのだ、教えて欲しい」
「ルカス様!!何考えてるんですか!!駄目ですよ!!絶対に!!反対されるのがオチですし!!貴方には…………」
「黙れ!!マーク!!」
「……………ぐっ!」

 ルカスは剣先をマークの喉元に向ける。

「これ以上言うな、マーク…………俺はマシュリー王女に質問している」
「……………」

 ルカスの目が本気だった様で、マークは頷くしか出来ない。

「わたくし…………お相手等居りません………ツェツェリア族等、わたくしの代で終わりたい、とお父様にも懇願しているぐらいなので………未婚で生涯終える事を決めておりますわ」
「…………何故です?」
「………迫害も戦争も嫌なのです………だからといって、奴隷に成り下がるのも嫌………ひっそりとしか過ごせないこの土地に拘る事も嫌…………ツェツェリア族がこの世に生を受けた意味さえも分からぬままですが、それだけわたくし達は傷付いてきたのです……静かに過ごすぐらいの夢見て、一生を過ごしたいのです………」
「……………つまらんな、そんな夢……」
「ルカス様!!また一言余計な!」

 再び、ナフキンで目を覆い、表情を隠すマシュリーに、ルカスは『つまらない夢』と吐かす。マシュリー本人にもそれは分かっている。人間として最低限の生き様の夢なのだと言う事は。

「…………分かってますから……つまらない夢なのは……わたくしも人並みに密かな夢はありました………ツェツェリア族の柵で諦めたのです………………も、申し訳………ありません………失礼致しますわ…………」

 感極まり過ぎて、マシュリーは慌てて部屋を出て行ってしまった。

「あぁあ……傷付けた」
「正直に言った迄だ…………今からでも如何とでもなる………俺の考えが纏まるならな」
「嫌われなきゃいいですけどねぇ、ルカス様が」
「…………お前の予想等外させるさ」

 残された侍女達も、マシュリーが心配の様でそわそわしている。ルカスやマークから見れば、マシュリーへの信頼度は高い様だった。そのマシュリーと入れ替わる様に、扉がノックされる。ジェルバ王との会見が出来る様になった、と呼びに来た侍従により、ルカスとマークは立ち上がった。

「さて、と………お前は口出すなよ」
「余計な事言わなきゃ言いませんよ、俺も」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

獣人の里の仕置き小屋

真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。 獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。 今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。 仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。

鬼畜皇子と建国の魔女

Adria
恋愛
⚠️注意⚠️ 近況ボードで読みたいと言ってもらえたので、再度公開します。文章も拙く、内容も色々とぶっ飛んでいるので寛大な心でお読みいただける方のみどうぞ🙇‍♀️ 📖あらすじ📖 かつてこの国を初代皇帝と共に建国した魔女がいた。 だが、初代皇帝が身罷ったあと、皇族と魔女は仲違いをし、魔女は城を去る。今となっては建国神話として語り継がれる昔話。 だが、ある嵐の日、部屋のバルコニーにいた私に落雷があった。それが原因で前世の記憶を取り戻した私は、己がその魔女であったことを思い出す。 その私が新しく選ぶ人生とは―― 性描写のある回には、「※」を付けています。 《閲覧注意》 ※暴力、凌辱など、倫理から外れた表現が多々あります。苦手な方は、ご注意下さい※ 表紙絵/史生様(@fumio3661)

孕まされて捨てられた悪役令嬢ですが、ヤンデレ王子様に溺愛されてます!?

季邑 えり
恋愛
前世で楽しんでいた十八禁乙女ゲームの世界に悪役令嬢として転生したティーリア。婚約者の王子アーヴィンは物語だと悪役令嬢を凌辱した上で破滅させるヤンデレ男のため、ティーリアは彼が爽やかな好青年になるよう必死に誘導する。その甲斐あってか物語とは違った成長をしてヒロインにも無関心なアーヴィンながら、その分ティーリアに対してはとんでもない執着&溺愛ぶりを見せるように。そんなある日、突然敵国との戦争が起きて彼も戦地へ向かうことになってしまう。しかも後日、彼が囚われて敵国の姫と結婚するかもしれないという知らせを受けたティーリアは彼の子を妊娠していると気がついて……

断罪された悪役令嬢は頑張るよりも逃げ出したい

束原ミヤコ
恋愛
4月1日、無事に書籍が発売となりました! 発売お礼と致しまして、小話を追加しました。少しでも楽しんで頂ければ幸いです! 有難い事に、こちらの作品書籍化企画進行中のため、3月4日に引きさげとなりました。 書籍化にともない改稿をかなりしておりまして、既読の方にも楽しんでいただける内容になっていると思います。 番外編も書きましたので、よろしくお願いしますー! 沢山読んで下さった皆様のおかげです!感謝しております! 今後とも、よろしくお願いいたします。 アリシア・カリスト公爵令嬢はレイス・コンフォール王太子殿下の婚約者だった。 嫉妬に駆られて王太子殿下と仲睦まじかった聖女であるユリア・ミシェルを害しようとした罪で断罪され、斬首された。 それが前回の私。 今回の私は、もうなんにもしたくない。嫉妬とか馬鹿らしいし、ユリアは嫌いだし、レイス様も大嫌い。 できれば王立学園にも行きたくない。海は日焼けしちゃうから、できれば森が良い。森で静かに暮らしたい。 結局逃げられなかった公爵令嬢と、前回の記憶のある王太子殿下の話。

皇帝陛下は皇妃を可愛がる~俺の可愛いお嫁さん、今日もいっぱい乱れてね?~

一ノ瀬 彩音
恋愛
ある国の皇帝である主人公は、とある理由から妻となったヒロインに毎日のように夜伽を命じる。 だが、彼女は恥ずかしいのか、いつも顔を真っ赤にして拒むのだ。 そんなある日、彼女はついに自分から求めるようになるのだが……。 ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

【完結】Mにされた女はドS上司セックスに翻弄される

Lynx🐈‍⬛
恋愛
OLの小山内羽美は26歳の平凡な女だった。恋愛も多くはないが人並に経験を重ね、そろそろ落ち着きたいと思い始めた頃、支社から異動して来た森本律也と出会った。 律也は、支社での営業成績が良く、本社勤務に抜擢され係長として赴任して来た期待された逸材だった。そんな将来性のある律也を狙うOLは後を絶たない。羽美もその律也へ思いを寄せていたのだが………。 ✱♡はHシーンです。 ✱続編とは違いますが(主人公変わるので)、次回作にこの話のキャラ達を出す予定です。 ✱これはシリーズ化してますが、他を読んでなくても分かる様には書いてあると思います。

【R18】聖女のお役目【完結済】

ワシ蔵
恋愛
平凡なOLの加賀美紗香は、ある日入浴中に、突然異世界へ転移してしまう。 その国には、聖女が騎士たちに祝福を与えるという伝説があった。 紗香は、その聖女として召喚されたのだと言う。 祭壇に捧げられた聖女は、今日も騎士達に祝福を与える。 ※性描写有りは★マークです。 ※肉体的に複数と触れ合うため「逆ハーレム」タグをつけていますが、精神的にはほとんど1対1です。

腹黒王子は、食べ頃を待っている

月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。

処理中です...