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恋心は何処に進みますか?
しおりを挟む屋敷に着いた馬車は、イアンからまた城に戻る様に言い伝えられ、また闇夜に馬車は消えて行った。
「お帰りなさいませ、殿下、イアン様」
「ただいま……殿下はお疲れだ、直ぐにお休みになれる様に頼む」
「畏まりました………さぁ、殿下」
「う、うん……」
「殿下、お休みなさいませ」
「…………お休みなさい、イアン」
エリザベスがモナやオルドアに付き添われ、部屋へ向う後ろ姿をイアンは見つめる。
―――危なかった……感情を出さない様にしていたのに、感情を出し過ぎた……気を付けなければ……
イアンは口を手で押さえ、顔の火照りを隠している。
「イアン様………ワインをお部屋にお運び致しましょうか?」
「…………頼む……あ、いや……父上達が帰られたら話があるかもしれない……それ迄は控える」
「畏まりました」
「部屋に居るから、帰られたら教えてくれ」
「御意」
―――気付かれたな、きっと……
モルディアーニ公爵家の執事も居たのも気が付かず、イアンは顔を赤らめていたのだ。気付くであろう、イアンの気持ち。
大聖堂にエリザベスが居るとイアンが知ったのは3年前だ。イアンの地位ならばしなくてもいい騎士に扮し、エリザベスに会いに行ったのが始まりだった。
―――此処に王女殿下が?
『お父様………いつ私を迎えに来てくれるのでしょう……リズは寂しくて仕方ありません……』
『っ!』
成人したばかりのイアンは、家族が居ない寂しさは分からない。父親を恋しがる幼い修道女の後ろ姿は小さく、守ってあげたくなる様な華奢な少女だった。
『………もし……』
『!』
イアンが声を掛けると少女が驚いて後ろを振り向く。
『っ!』
アルフレッドにもユリアにも似た面差しの少女だった。そして、その少女こそエリザベスだと分かる。
『………寄付を……しに……』
騎士に扮し寄付と言えば、大聖堂の司祭や修道女には分かる、と聞いていたイアン。恐る恐るだったが、エリザベスに話すとエリザベスの表情は和らぐ。
『騎士様………ありがとうございます』
深々と頭を下げたエリザベスからは王女らしさが微塵と感じられない。
―――コレでは分からない筈だ
寂しくて泣き出しそうな肩の震えが止まり、凛とした顔にもなるエリザベス。その時折見せた顔は王女らしさがあったが、大聖堂で司祭や修道女達、孤児達に見せる表情は少女そのものだった。
ただ、イアンは見守りたくて、頻繁に足を運んでしまう。
―――私は決して、懸想しているのではない……職務を全うしたいだけだ
自分に言い聞かせ、大聖堂に通う内、エリザベスに会いに来る男が別に居ると知る。
『なぁ、リズ……俺と飯でも食いに行かねぇか?美味いの修道女じゃ食えないだろ?』
『行かないわ』
『そんな連れない事言うなよ』
『行かないって言ったら行かないの!エドワード邪魔!』
―――なかなか、気が強くていらっしゃる……
だが、その内何度もその男とのやり取りを見掛ける様になったのだ。街中で付きまとわれては、警護する騎士に阻まれ、大聖堂に来られては仕事の邪魔されるのを見ても、阻んであげる事しか出来ない立場に、次第に苛々した感情が芽生えて行く。
―――殿下は国の宝だ!平民如きが触れていい方では無い!
そうして、片思いを募らせていたが、身分違いの恋の為、このまま泡の様に消えて行くのだと、覚悟していたのだ。
―――重症の様だ……
自分の部屋に戻り、モルディアーニ公爵の仕事を手伝うイアンは、そのまま宰相の地位になるのではと呼び声が高い。エリザベスが国王になれば、補佐はイアンが受け持つ事になるのだ。
そうなった時、エリザベスの横にある玉座の片方は誰が座るのか、と考えただけで恐ろしい。自分でなければ嫉妬に狂うかもしれず、苦しく気持ちを吐露したら、エリザベスが自分から逃げてしまう様で恐怖心が募るのだ。
コンコン。
『イアン様、旦那様方がお帰りなりました』
「…………分かった」
イアンの家族が帰宅する。執務をしていた手を休め、イアンは部屋を出た。
「父上、母上………先に失礼して申し訳ありません」
「………いや、事情は分かっているからそれは気にするな……イアン、書斎に来なさい」
「分かりました」
モルディアーニ公爵は私室に入り、着替えてから来るのだろう。イアンは先にモルディアーニ公爵の書斎で待っていた。
「待たせたな、イアン」
「いえ…………如何でした?私達が夜会を出た後は」
「…………ふぅ………まぁ、座りなさい」
書斎の机に備付けてある椅子にモルディアーニ公爵が座ると、イアンはモルディアーニ公爵の表情が分かる位置のソファに座る。
「あれから、エディンバラ公爵がイアンと踊る令嬢は誰か、と聞き回っていてな……私に迄直接聞いてきた」
「エディンバラ公爵にしたら父上は話したくも無い相手でしょうに」
「私も話したくも無い」
「それで、父上は何と?」
「遠縁の娘だと言っておいた……明日朝には遠縁筋の廃れた家に使いを送り、養えないので養女に出した娘だと口裏を合わせる」
「それで時間稼ぎするのですね?」
「…………だが、エディンバラ公爵には二重三重の裏工作をしなければならない」
「はい」
モルディアーニ公爵も難しいのだろう。エディンバラ公爵の失脚を願い、ユリアとリチャード暗殺に関与しているのを分かっているのに、証拠が5年経っても見つからないのだ。そんな期間、証拠を残しているとは思えず、失脚させる証拠をでっち上げるか隙を見せさせるしか手は無い。
「それでだ………陛下廃位を目論見、失脚させられてしまう前に、もう殿下を城に返そうか、という話に陛下となった」
「では、お預かり期間は終わると?」
「…………銀髪の鬘が出来たらな」
「………あ……そうですね」
まだまだ髪が伸びず赤毛が多いエリザベスに、鬘で誤魔化して貰うのは、了解を得なければならないだろう。
「図式としては、モルディアーニ公爵家の親戚筋の娘が、モルディアーニ公爵家の養女としたのは、実は王女だった、とエディンバラ公爵がバラす前に、公表が必要という事だ」
「エディンバラ公爵に知られ、責任追及をされない様にするのですね?」
「そうだ………そして、それに見合うエディンバラ公爵の失態となる証拠を我々は見つけなければならない………賭けではあるな」
「殿下のモルディアーニ公爵家が匿っていた理由を変えるのは駄目ですか?」
「…………例えば?」
「証拠はありません………ありませんが、王妃陛下とリチャード殿下が毒殺されたのです………身の危険感じた陛下がモルディアーニ公爵に託し匿っていた、と公表を先にしてしまうのです………皆に心痛察して貰う同情心を煽るのです………また毒殺されては堪らない、だから誘拐された、と偽り王位継承権を持つ殿下を狙う者が居ると知らしめ、5年経った今も、その犯人が見つからないのならば、殿下ご自身が犯人を探すと宣言しては如何でしょう」
「…………そして、また危険に殿下を晒す、と?陛下は反対されるぞ!あとヘイヴン公爵だって反対する!」
「…………その代わり、私が始終殿下のお傍に控えてお守りします…………婚約者候補ですよね?………違いますか?父上」
「……………うむ……分かった、陛下に明日進言してみよう」
それでも、国王派閥側にとっても隙はありそうだった。それがアルフレッドの許可が出ればイアンは全身全霊、エリザベスを守る決意が固かった。
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