修道女は専属騎士に溺愛される【完結】

救出

　ドカッ、と四方から音が鳴る。

「な、何だ？」

　追手を撒けたと思っていたのかもしれない。エドワードの手がエリザベスに掛かる前に止まった。

「リズ！」
「っ！イアン様！」
「クソッ！何で騎士達が来るんだ！」
「リズを救出せよ！1人たりとも逃がすな！」

　所詮、街の中で威張っている輩。武器になる物は何も無く、剣を持つ騎士達に呆気なく捕らえられてしまう。

「私は被害者よ！見て分からない！？何故私も捕まるの！」

　ジョアンナは、男達に嬲り弄ばれ半裸状態だ。足の付け根からだらし無く溢す液体や身体中に纏う液体が何か等、エリザベスには分からない。
　そして、何故ジョアンナが此処に居て、エドワードと一緒に捕まるのか。

「ジョアンナ………」
「何よ！アンタなんて大した美人でもない癖に、エドワードに求婚されて腹が立つわ！」
「黙れ！女！」
「きゃっ！」

　縄で縛られたジョアンナの縄を持つ騎士はジョアンナの縄を引っ張りバランスを崩される。エリザベスも何故だろう、同情等出来なかった。侮辱されたからだろう、友人だと思っていたジョアンナに、何故そこ迄言われる程嫌われていたのか分からないのだ。

「…………リズ……」
「………あ……」

　ふぁさっ、とイアンによりエリザベスの肩に掛かるイアンのマント。

「ありがとうございます………イアン様………」
「縄を解きます」
「…………如何なるのですか？彼等は……」
「恐らく重罪になるでしょう………次期国王に手を掛けたのです………彼等は殿下の素性を知らぬとも、強姦や拉致、監禁は許される物ではありません」
「でも、ジョアンナは強姦されていたのではないの？」
「共犯ですよ、彼女も………エドワードとの結婚を目論むジョアンナが、エドワードと決別しあの様に」
「…………私にはよく分からないわ………結婚なんて……お父様、お母様の…………モナは！モナは大丈夫ですか！？店の店主は！」

　エリザベスはモナや店主の存在を思い出した。無事にだと思いたい。5年前、ユリアとリチャードが目の前で亡くなったのだ。これ以上大切な人を失いたくない。

「モナも店主も無事です………殿下、一先ず移動致しましょう………大聖堂には戻る事は出来ませんので、モナに殿下の荷をまとめてもらっています……後程合流出来ますよ」
「…………よ、良かった……」

　エリザベスは安心しきって、全身の力が脱力する。

「殿下！」
「………ご、ごめんなさい……安心してしまったら、力が抜けてしまって……」
「歩けますか？お許し頂けるなら、馬車迄抱き上げさせて頂きます」
「え！………お父様にしか抱き上げられた事な……」
「失礼致します」
「っ！」

　エリザベスも半裸にされていて、イアンのマントに包まっている。大きなマントに包まりながら歩くのも歩き辛いが、脱力で歩けないだろうエリザベス。そして、アルフレッド以外に抱き上げられた事も初めてで、恥ずかしくなり顔をイアンから背けた。

「私の屋敷にご案内致します……むさ苦しいかもしれませんが、父は殿下のご無事を確認出来たら喜んで歓迎するでしょう」
「イアン様………貴方のお父様は、私が知る方なのですか？」
「はい、殿下………私の父はモルディアーニ公爵……陛下の治世では宰相の任にあります………そして、私如きに敬語等不要……殿下は今や国王陛下の次に尊い方なのですから」
「…………私はお父様に会えますか？」

　敬語は不要と言うのに、慣れ親しんだ演技がなかなか抜けないエリザベス。修道女のリズは、騎士に対して敬語でなければいけない立場であったのだ。

「…………敬語は不要と申しましたのに……お会い出来るか如何かは父に聞いて下さい」
「………修道女での立場なのだもの、敬語になります」
「それについてですが、修道女でいる必要はもう無いかもしれません」
「…………え？」
「この騒ぎは直ぐに広まるでしょう……それならまた対策を練る必要は出てきます………王妃陛下やリチャード殿下の弑し奉った者の目星は、5年前に付いていたのです………ですが、証拠を見つけられず、殿下には大聖堂からお戻し出来てはいませんでした………さぁ、この馬車に」

　エリザベスは、モルディアーニ公爵家の馬車に乗せられ、イアンも前に乗り込む。

「後の始末は任せる……何かあればモルディアーニ公爵家に連絡を」
「はっ」
「出発してくれ」
「はっ」

　部下と御者に指示を出すと、エリザベスとイアンが乗る馬車は発車する。

「犯人の目星は付いたんですか？」
「はい………ですが、5年前王妃陛下とリチャード殿下、エリザベス殿下に注がれたお茶を淹れた侍女は何者かにより殺害されて、使われた毒も入手経路が分からぬまま、今に至っているのです」
「誰なんですか！お母様とお兄様を殺害したのは！」
「……………エディンバラ公爵、殿下の叔父にあたり、国王陛下の弟君です」
「………エディンバラ公爵……あの怖かった叔父様………」
「……………証拠不十分で、確証はありません……ですが、国王陛下や父はそう見ています」

　5年も待たされて、何も進展はしていなかった、と初めて知るエリザベス。

「覚悟して………お父様と離れ離れになったのに……」
「申し訳ありません……不甲斐ない臣下で……」
「あっ！そんな意味で言ったのでは……………でも、そう捉えられても仕方ないですね……証拠が消えてしまったのなら、私が大聖堂で修道女にならなくても良かったのでは、と………」
「殿下！何を仰います！殿下が所在不明であったからこそ、2度も殿下が狙われなくて済んだのです！…………いずれ分かる事なので、お話致しますが、陛下も何度か襲われたりしております………殿下には決して漏らすな、と箝口令迄お出しになっていた次第で……」
「……………え……」
「蜥蜴の尻尾の様に、末端の手下は捕まるのですが、エディンバラ公爵に繋がる物は何も出ず……」
「…………そんな……」

　絶句であった、エリザベス。
　エリザベスは修道女になった事で守られていたという事に。ただ1度だけ、エドワードにより襲われ掛けたが、アルフレッドはそれ以上だと言うのか、と。

「城に………城に連れてって下さい！」
「なりません！何を仰るのですか！また狙われに行く様なものですよ！」
「だって………だって！お父様が危険な目に遭っているのに、私だけ守られて……」
「陛下は守られています……ご安心下さい……言葉足らずで申し訳ありません……怪我も病気もしてはおりませんから……ですが、狙われているのは変わらないのです………殿下に警護の事を考えて頂けると、まだ陛下にお会い出来ぬ事をご理解頂きたいのです」
「……………ゔっ……お父様………お会いしたい……リズは元気です、とお伝えしたい……」
「…………殿下………此方をお使い下さい」

　イアンが胸に納めたハンカチをエリザベスに渡す。

「…………ありがとうございます……」

　エリザベスは、泣き止む事はなく、モルディアーニ公爵家に到着する迄、イアンのハンカチを握り締めては、涙を溢していた。

「そろそろ、到着します」
「……………」

　エリザベスは頷くだけの返事をイアンに返す。
　喋ってしまうと、イアンを詰ってしまいそうで、エリザベスはまた泣いてしまいそうで、話等出来なかった。