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十九
しおりを挟む洋装店に来ると、沙弥の目が輝く。
沙弥は洋服を着た事が無いのだ。
風祭家で着ていた着物は、女中が着古した女中用の安い着物を継ぎ接ぎして着ていた沙弥。
伯爵令嬢なのに、そんな扱いをされて、時折麗華から飽きたからと、着物を与えられるのは一年に一枚あるか如何かの生活で、麗華が洋服を着ている姿も見ていたものの、沙弥には洋服のお溢れは無かったのだ。
「気になる服があれば合わせてみたらいい」
「っ!…………あ、合わせると欲しくなってしまいます………あ、あの……直之様が決めて頂いた物で…………私は充分で………」
「っ!」
バッ、と直之が沙弥から目を反らし、明後日の方向を見始めた。
「プッ…………確かに可愛いですよねぇ、直之様……我慢ですよ~…………ぐぇっ!」
「黙れ、正芳」
「直之様?」
沙弥に見られない様に、正芳の鳩尾を殴った直之。正芳が余計な一言を言って突っ込まれていた。
「あ、あぁ…………そうだな………そんな可愛い事を言われたら、俺好みにしてしまうが良いのか?沙弥さん」
「直之様でも女性用の服を好まれるのですか?着られませんよね?」
「ブッ!…………クククッ………駄目だ………可愛い過ぎて、直之様が悶絶………ゔわっ!」
「お前、帰れ!」
「嫌ですよ、面白いんですから…………ねぇ、店員さん達も思うでしょ?」
呉服店同様、沙弥が可愛いらしい事ばかり言うので、もう既に照れ臭そうに見られている。
「は、早く決めてしまおう…………全く……服を決めたら、洋装用の肌着も選ばないとならないから、採寸もしてくれないか」
「はい、では奥様は此方へどうぞ」
「お、奥様…………また言われてしまいました……」
「訂正しておくから、行ってきてくれ」
「は、はい」
試着室で採寸をさせに沙弥を送り出したものの、直之は面白がる正芳を睨む為に振り向いた。
「睨むと怖いんですよ………直之様、デエト楽しまないと、ね?」
「煩いよ、お前」
「だって本当に面白いんで」
「彼女は、まだ恋を知らないんだぞ?押し付けで俺と結婚迄させてみろ、後悔されても彼女が苦しむ」
「気遣うのは直之様の優しい所だと思いますが、好きにさせちゃえば後悔なんてされないじゃないですか」
マネキンに着飾らせている服を直之と正芳は見て周りながら、沙弥に似合う服を選んでいた。
「今迄は出逢いが無かっただけだ。これから色々な人と出逢って行く中で、俺じゃ無かった、て思われたら落ち込みそうだ」
「慎重なんだから………今迄だって直之様は、他の令嬢方とお付き合いしてたじゃないですか」
「壁を作って付き合ってただけだ………好きな女だった訳じゃなかったからな」
「不誠実でしたねぇ」
「煩い…………これ、似合いそうだな」
「お好きな色合いじゃないです?このドレス」
沙弥が好む桜色のワンピースが直之の目に止まる。少々、肩が出そうな物ではあったが、着せてみたいと思ってしまった。
「うん、これにしよう………採寸が合えばいいがな………」
「ですね」
服を選び、採寸が終わった沙弥を待つ間、初めに手に取ったワンピースを店員に渡した後、直之の爆買い時間が再び始まっていた事を、正芳は呆れ顔で見て待っていた。
「直之様………あの……」
「っ!」
「凄い、すっごくお似合いです!」
「お前が先に言うな!」
「え?良いじゃないですか、可愛いんだから」
「似合ってますか?」
「……………あぁ、可愛い……とても似合ってる」
「靴も変わるので、少々歩き難いです………転びそう……」
沙弥が履きなれない、踵が高い靴を見て、困る様子を見ると、直之はこれぞ、というタイミングで、店員に声を掛けた。
「……………これを着て行く……着てきた着物はこの者に持たせてくれ……それと、買った物も」
「……………え!またそんなに?」
「そうだが?………沙弥さん、歩き難いだろう?俺の腕に捕まって」
「直之様…………狙ってましたね」
「……………これを逃す手は俺にはない」
だが、沙弥は本当に履きなれないので、ヨタヨタと歩いてしまう。
それがまた可愛さを誘ったのか、百貨店に買い物に来ていた男性客の目を引いた。
「沙弥さん、草履での歩き方と重点が変わるんだ。つま先で地面を掴む様に、踵に体重乗せて」
「こ、こう………ですか?」
「うん、そう…………靴ズレするかもしれないから、痛くなったら言ってくれ」
「洋装、て大変なんですね………動きやすいのかな、て思ってましたけど、靴で動き難いなんて………」
「社交場で、ダンスを踊らないとならない時、こういう靴で踊るぞ?………練習しないとな……いずれ必要になるし」
「き、着物では駄目なんですか?」
「駄目ではないが、帯が邪魔になるな……社交場に着られそうなドレスも買っておかないと…………それは外注を呼ぶとしよう」
直之と話しながら歩いていると、段々と靴にも慣れてきた沙弥は、直之の顔を見ながら楽しそうに話しが出来ていた。
目線も気になりはしていたのに、沙弥の目に移るのは直之しか居なかった。
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