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結婚の報告
しおりを挟む茉穂の実家はのどかな田舎街だ。それでも、茉穂の父は市議会議員の娘として、お嬢様扱いされてきた。
学校も女子校に行かされ、異性を近付かせないようにされていた。田舎街ではある為、噂が一度出れば、行き交ってしまう。知名度のある父親を持つ娘だからこそ、厳重だったと言える。
茉穂はこの産まれ育った街が嫌いで高校や大学も行きたい進路があったのに、茉穂の父は反対し、高校を決められたのもあり、大学は自由に選ばせて欲しい、と家出当然に上京している。
それが、10年もの間、あれこれ理由を付けて実家には帰っていなかった茉穂。両親や瑞穂は会いに来るが、茉穂が帰る事は久しい。
「本当に何にも無い所だったのに、街並み変わってる」
「そうなのか?まぁ、10年あればなぁ、変わるさ」
彬良が何故茉穂の実家の住所を知っていたのかが不思議だったが、何の事はない。以前泊まらせたホテルの宿泊履歴を見たからだ。それ以外は悪用等はしていない彬良だが、職権乱用である。
「でも、実家に今回寄らずに、近くのホテルに呼び出したのは何で?」
「簡単な事だろ………俺は厄介者だから、さっさと帰らせれるが、茉穂は違う。引き留め様とされたくないからな」
彬良は全くと言っていい程、茉穂の父や瑞穂を信用していないのだ。『茉穂を連れて帰りますから、その前に食事でも』と言って呼び出している。
「ホテルで帰らせて貰えなかったら?」
「利用するホテルには手を回してあるさ……俺ん所を敵に回す事になるからな」
傘下ではないにしろ、宿泊施設同士の上下関係でもあるのだろうか。
「な、何したの?」
「………経営難をチラつかせ、旅行好きな客を回せる様に話持ってっただけ……新規客は喉から手が出る程欲しいのさ、ホテル業界は」
旅行好きな人間は、いろいろな宿を探す。新規客として、その宿が気に入ってくれたら定宿にするケースも少なくないのだ。
「行くホテル、なかなか料理も美味いし、温泉も出るからな」
「温泉出てたの?知らなかった」
「18年、この街に住んでたのに知らなかったのか」
「嫌いだもん、この街」
茉穂は思い入れが無い為、特産品や名物も知ろうとはしなかったのだ。この日利用するホテルも知ってはいたが興味は無かった。
「籍入れたら、茉穂は如何する?」
「如何するって、何が?」
「今の仕事続けたいなら、このままでいいと思ってるが、結婚するだろ?俺も忙しいのは落ち着かないだろうし、なんなら俺とまた一緒に仕事するのも如何かな、と」
「…………考えてなかったよ……そっか……え?本当に逃げないの?お父さんに決められたレールに乗っちゃうの?」
「…………知ろうとはしなかった面が面白くてなぁ……経営者の素質なんて俺に無いだろうが、逃げたいとは今は思ってないな……必死過ぎて、てのもあるが、弟達に足元掬われねぇようにすんのも、なんか族時代を思い出すっつぅか」
茉穂は、彬良も親の敷いたレールが嫌で藻掻いていたのを知っている。それがその中に戻っても何故か楽しそうで頼もしい。
「彬良、大人になったね」
「あぁ?大人じゃなかった、て言うのかよ」
「身体は大人だよ……精神面が成長したな、て思って………刺々しかったのが丸くなった」
「…………かもな……お袋とも、この前久々に会ったが、許してねぇけど如何でもいいや、て思ったし」
「お母さんにまだお会いしてないんだけど、私」
「………精神病院に入院してんだよ……親父も愛人囲ってんのは相変わらずだけど、お袋と離婚もせず手厚い看護してた………元々、親父とお袋……結婚しようとしてたんだと」
「…………え?愛人になって彬良を産んだんだよね?」
「反対されて、別れたらしくてな……もう俺を腹に宿してんのに………だから、他の女……前妻と結婚したが、子供も前妻との間には居ないまま亡くなったから、第一子の俺を引き取る為に、お袋は親父とやっと結婚出来たが、精神病んでずっと病院さ……」
『言わなかったのは悪かったな』と、茉穂に小声で謝る彬良。今迄母親の事をあまり話て来なかったのは、母親を恨んでいたのもあったのだろうが、病んでいる母親の事に触れたくなかったのもあるかもしれない。それに、両親の事情も初めて知ったのだ。
「彬良のお父さんは、お母さんが産んだ子だから後継者にしたかったんだよ、きっと……だから彬良を繋ぎ留めておきたかったんだね」
「…………よく分からん……俺は茉穂とあんな親父やお袋みたいな夫婦にはなりたくねぇからな」
「夫婦の形はそれぞれだから………あ、お父さんとお母さんだ」
彬良が運転する車で待ち合わせしたホテルに着くと、丁度茉穂の両親と瑞穂が到着していた。
駐車場に車を停め、茉穂も彬良とホテルに入る。
茉穂の父は離れたのか居なかったが、茉穂の母と瑞穂がロビーのソファに座っていた。
「お母さん」
「茉穂?………本当にこの子は……心配掛けて………」
「…………ごめんなさい……お父さんのする事が嫌で仕方なかったから」
「お母さんは茉穂が幸せになるならいいのよ」
「今日は宜しくお願いします」
「彬良さんも、忙しいのに茉穂を連れて来てくれてありがとうございます」
「姉貴」
「瑞穂もごめんね」
「…………いや……お父さんの命令に逆らえなかったから、俺もごめん」
彬良がどう茉穂の父を説得したかは分からない茉穂だが、食事中の会話はぎこちないまま、結婚の承諾迄、茉穂の父は折れていた。
「彬良君には、失礼な事をしてきた……申し分ない……茉穂を宜しく頼みます」
選挙の時ぐらいしか普段頭を下げなかった茉穂の父が、彬良に頭を下げた。
「こちらこそ、宜しくお願いします」
「お父さん、ありがとう」
「幸せになりなさい」
会食を終え、茉穂の父にこの後家に寄りなさい、と薦められた茉穂だが、彬良が断った。
「すいません、俺がまだこの後仕事があって戻らなければならなくなったんで……」
「じゃあ茉穂だけでも………」
「ごめん、お父さん……彬良と一緒じゃなきゃ、家には行けないよ……そこ迄私………お父さんに信用持てない……」
「…………そうか……すまないな、茉穂」
茉穂の父は落ち込んでいる様に見えた。娘の結婚が決まり、幸せを掴もうとしている娘の父の顔では無いように見えたのだ。
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