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会食終わり

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 茉穂の父と瑞穂は帰って行った。

『後日また来る………茉穂の話もまだ聞いていないからな』
『…………私が帰っ……』
『茉穂は来週末仕事だろ』
『…………あ……そうだったっけ?』

 と、彬良が会話を挟み有耶無耶になって分かれた。

「来週末、仕事入ってないのに」
「帰ったら見合い入れられるのがオチだな……地の利に飲み込まれるぞ」
「そんな、騙すとは………」
「俺ならそうするな」
「………ゔっ……そうかな……そうかも………あ、帰る前に化粧室行ってくるね」
「あぁ、ここで待ってる」

 強欲だというだけあって、彬良の言葉は一理ある。否応なく茉穂を逃げさせない様にするだろう。茉穂も納得してしまう。

「彬良」
「…………何ですか」

 茉穂の父と瑞穂を見送った後、茉穂が離れたからか、原から声が掛かる。

「約束は守れよ」
「………直ぐには転職出来ませんからね」
円満退職してこい」
「………何処まで詳しく調べてるんだよ」

「諦めてくれないんですね……」
「お前を後継者にする、それには私もがあるだろう?………茉穂さん、いい娘じゃないか……市議会議員から国会議員にさせてやる、とチラつかせても良かったが、それはまだ切り札に取っておこうか……」
「…………キツネめ」

 原が、彬良の胸をトン、と叩き去って行った。
 もし、茉穂に利用価値が無いなら、原が茉穂と彬良の仲を割いただろうと思うと、彬良はゾッとする。割かれない為に、彬良がまた原が敷くレールに戻らなければならないのなら、戻ると決意したのは彬良自身だ。それならそれで、彬良なりに努力は必要になる。いつまでも足掻く10代の少年ではない。

「お待たせ………如何したの?お父さんはもう行かれた?挨拶しておきたかったのに……」
「放っとけ、帰るぞ」

 アルコールを飲んだ為、タクシーで茉穂のマンション迄帰って来る。

「俺はあっちのマンションに行くわ」
「………同棲は解消するの?」
「交際認めてもらってねぇしな……鍵渡しとく。前みたいに飯作りに来てくれよ」
「分かった」
「茉穂」
「ん?」
「好きだぜ」
「っ!」

 タクシーから2人は降りたが、彬良は茉穂に『好き』と残し、タクシーに乗り込むと直ぐに出発させた。

 ―――私も好きだよ……

「顔熱っ!」

 頬を覆い、早足で寂しくなった部屋へと帰った茉穂だった。

        ♡♡♡♡♡

 翌日の会社は大騒ぎになっていた。
 茉穂が会社に着くと、彬良の姿が朝から見れず、始業時間を少し過ぎた頃、課長と共に彬良がフロアに入って来る姿が、姿ではなかったのだ。

「誰!あの厳ついイケメン!」
「カッコイイ!」

 女性社員は黄色い声だ。

「皆、ちょっと集まってくれ」

 ざわざわと、仕事を始めていた社員達は手を止め集まる。

 ―――何で彬良、その格好?

「ま、茉穂………」
「な、何だろうね……一体」

 英美が心配そうに茉穂の顔色を伺う。

「この度、村雨が来月いっぱいで退職する事になった……それにより、村雨の持つ案件を振り分け、引継ぎをして欲しい」
「え!何で退職するんですか?」
「辞めないでよ!君……違う!村雨君がカッコイイなんて思わなかった!」

 彬良が黒縁眼鏡にボサボサ頭にしていないだけで、この騒ぎだ。何を言おうと転職するのは変わりないだろうが、引き留める声が止まらない。

「五月蝿い!決まった事だ!先週から相談があり、村雨の決意も固かったから辞表を受け取った………村雨、挨拶しとけ」
「………中途半端にした仕事も多々あるんで、申し訳無いし皆に負担を掛けますが、決まった事なので、引継ぎ宜しくお願いします……今後は全く畑違いの仕事に就きますが、ここで覚えた事は新たな職場で役立つ事もあるかもしれませんので、決して皆の事は忘れないでしょう……ありがとうございました……もう暫く一緒に仕事しますので、もう少しお付き合い下さい」

 ハリのある声で、印象もと違う。それが茉穂しか会社の中で知らなかった事が優越感だったのに、それがもう得られない。そう思うと、茉穂は涙が出て来る。

「茉穂!知ってた?」
「………し、知らな……」
「ちょっと!村雨君!茉穂聞いてないって言ってるんだけど、どういう事!?付き合ってるんだよね?」
「「「「え!」」」」

 全社員が茉穂を見る。
 すると、彬良はさも当然の様に髪を掻き上げながら言い放った。

「そんなん、茉穂と結婚したいからに決まってんじゃん……だから、男共!茉穂に手出すなよ!出したら、次に目を覚ました時は病院かもしれねぇからな!」

 男らしく言い放った事で、悲鳴が挙がる。虚勢じゃない、明らかに挑戦を受けて立つ自信満々の言葉だ。
 今迄とは違う印象に社員達は驚きと戸惑いを隠せなかった。
 茉穂は茉穂で、プロポーズと取れる言葉で失神しそうになり、ふらふらと腰が砕ける様に、床に座り込んでしまった。

「茉穂!」
「どけっ!………茉穂!大丈夫か?」
「…………だ、大丈夫な訳ないでしょ!馬鹿!急にあんな言葉も、転職する事も黙ってるなんて酷い!」
「転職は言ったろ?」
「そ、そうだけど………急過ぎて……心の準備してな……」

 彬良が茉穂に駆け寄り、軽く抱き上げて椅子に座らせる。

「あぁ……もう……泣くなよ……煽られるから……襲うぞ」
「なっ!場所考えなさいよ!」

 この入り込めない空気感を、味わった社員達は、彬良の変わりぶりと、茉穂を大事にしている事で、騒ぐのを止めるのだった。
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