上 下
1 / 37

プロローグ

しおりを挟む

 週末の居酒屋は賑やかだ。
 この日も、あちこちのテーブルでは合コンや飲み会をしている。
 だが、イベント企画会社に勤める水木 茉穂はこの日の合コンに気乗りしなかった。

 ―――IT企業のシステムエンジニアだって聞いて来たけど、肩書に釣られ過ぎた!

 茉穂の気にいるタイプではなかった様で、何とか理由を付けて帰ろうと思ってから数十分。しかし、茉穂の隣に座った男が、茉穂を気に入ってしまった様で、会話を途切らせる事もせず、仕切りに話掛けてきていた。

「ねぇ、この後もう1軒行かない?雰囲気いいバーがあるんだ……2人きりで……さ……」
「え………考えときます……」

 座敷で何気無くなのか、腰に腕を回して抱き寄せようとする男。初対面からグイグイと来る男は、茉穂は少々苦手なタイプだった。
 強引なタイプは嫌いでは無いが、初対面でのこの強引さは茉穂は気に入らない。

 ―――初対面でこの馴れ馴れしい態度は嫌!

 幾ら彼氏欲しさに合コンに参加しているからと言って、段階は踏みたいのだ。
 意気投合し、何度か会って交際に繋げたいと思っている茉穂に、明らかにこの男はなだれ込みたい態度が見えていて、嫌悪感さえ沸き起こっている。
 茉穂は腰元にバックを寄せ立ち上がる。

「茉穂?」
「お手洗い行ってくるね」
「は~い」

 このまま帰ろうとも思ってはいた茉穂だが、化粧室から出た所で、その男が化粧室付近で茉穂を待っていた。

「茉穂ちゃん、出ようか」
「………まだ、飲みましょうよ、ね」
「別の店で飲めばいいじゃん?」
「…………ま、まだ始まったばかりですよ、私も頼んだ物食べてないし……ね……」

 ―――冗談でしょ!この人と2人きりになんてなりたくない!

 待ち伏せして迄、【お持ち帰り】したいのだろうか、男は茉穂にベッタリだ。
 しかも、何故か同行しているメンバーも茉穂とその男をくっつけたがっている雰囲気に作り変えていて、席移動もしようともしない。

 ―――ちょっと!英美!チェンジ!

 同僚の英美に目配せさせた茉穂だったが、英美もその男が茉穂狙いだと知っていた様で、合コンの盛り上がる雰囲気を変えたくなかったのか、顔の前に手を合わせ『ごめん』というポーズ。

「ほら、茉穂ちゃん、皆もこのままで居たいんだって」
「!」

 肩を掴まれ、座らされてしまい再び男はそのまま横に座った。そして、茉穂が飲んでいた酎ハイのグラスを手に持ち、茉穂に渡す。

 ―――もう!ヤケ酒してやる!

 酔ってしまうのは避けたいのだが、理性ギリギリ迄保てるぐらい迄飲まなきゃ、茉穂も付き合っていられないぐらいな気持ちで、グラスを手に持って、酎ハイを飲んでいく。
 素面であれば、気付いていたかもしれないが、その茉穂の飲みっぷりを見ていた男はニヤリとほくそ笑んでいた。

「…………あ、あれ?………」
「如何したの?茉穂ちゃん」

 手元にあった酎ハイを飲み干し終えた頃、視界の焦点が合わせにくく、呂律が回らない事に気が付いた茉穂。
 そして、何故か身体が熱いのだ。

「な、何でも無い………れす……英美っ……ごめん……わた………帰……」

 立ち上がろうとするが茉穂は力が身体に入れられない。咄嗟に横の男が支えた事で、抱き締められた様な光景となった。

「酔い潰れちゃったかな?茉穂ちゃん………俺送って行くよ」
「あ、それなら私が送って行きますから」
「いい、いい……英美ちゃんは楽しんで行きなよ………茉穂ちゃん、家の住所言える?」
「………1人………で……帰る……からっ……」
「………じゃあ、タクシー捕まえる迄付き添ってあげるよ」

 紳士的な素振りの男だが、茉穂はこの男には警戒したいと、思っていても、頭が回らないぐらいフラフラしてしまい、思考が追い付いていかない。
 男に連れ去られる様に歩かされ、店を出ようとした所で、茉穂の意識は切れ掛かっていた。

「おい!アンタ、その女を本当に介抱する気ねぇよな?」
「…………ん……」

 茉穂が聞いた事のある声が、店の入口付近で聞こえる。

「は?誰だよ、お前……部外者は黙っとけよ」

 男と、茉穂の聞き覚えのある声の主が、頭上で言い争う様な会話に変わっていく。

「部外者じゃねぇんだよ……俺はコイツと同僚でな……さっきから、アンタがコイツに言い寄ってんのも見てたんだが、コイツはアンタを嫌がってた様に見えたがな」

 聞き覚えのある声の主はそう言うと、先程の化粧室前でのやり取りを撮っていたのか、男の前に見せる。

「なっ!」
「ほら、コイツ嫌がってそうじゃね?それに、この時からそんなに時間経ってねぇのに、そんな酔い潰れてるのはちょっと不自然でねぇ……?」

 店の入口で迷惑極まりないが、分が悪そうなのは、茉穂を支えている男の方だ。

「お客様、すいません……ここは他のお客様も通りますので」
「ですよね、直ぐに俺達出ますから……さ、茉穂ちゃん行こうか」
「…………放し……て……」

 理性がまだかろうじてある茉穂は、聞き覚えのある声の主を見ようと顔を上げたが、そこで意識は途切れた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

城内別居中の国王夫妻の話

小野
恋愛
タイトル通りです。

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

離縁してくださいと言ったら、大騒ぎになったのですが?

ネコ
恋愛
子爵令嬢レイラは北の領主グレアムと政略結婚をするも、彼が愛しているのは幼い頃から世話してきた従姉妹らしい。夫婦生活らしい交流すらなく、仕事と家事を押し付けられるばかり。ある日、従姉妹とグレアムの微妙な関係を目撃し、全てを諦める。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

友情結婚してみたら溺愛されてる件

鳴宮鶉子
恋愛
幼馴染で元カレの彼と友情結婚したら、溺愛されてる?

大嫌いで大好きな人が生贄にされると知って、つい助けてしまいました。

りつ
恋愛
 ダルトワ王国の王女アニエスは、神子と言われたユーグの存在が幼い頃から目障りで仕方がなかった。彼と一緒にいるとわけもなく感情を乱され、一挙一動に振り回されるからだ。だがそれもあと少しで終わる。神子は世俗を離れて神殿で一生を過ごすのが決まりとなっている。早く自分の前からいなくなってしまえばいいと思いながら、それが命と引き換えに行われる儀式だと知って、気づけばユーグを助けるために森の奥深くにある神殿へとアニエスは向かっていた。 ※「ムーンライトノベルズ」様にも掲載しております。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

処理中です...