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しおりを挟むサブリナは公務で神殿で行われるバザーに来ていた。
アステラと婚約して、2年。
息子が無事産まれ、幸せな日々を送っている。
「王妃陛下だ!」
婚約中ではあるが、息子が産まれ、王妃扱いに既になっているサブリナ。結婚式はサブリナの産後の事を考慮し、息子が1歳を迎える迄待っていた。
「お綺麗ねぇ」
「前王妃陛下と違い、今の王妃陛下はお姿をよく見せて頂ける………後光が見える様な気がするよ」
「大袈裟だな、お前」
サブリナが姿を見せると、直ぐに民衆が集まって来る。
この日は、学問を学びたい者達の勉学場所への寄付目的に、中古ではあるが王城で使わなくなった日用品や衣類等を、安価で民衆に売るバザーだ。それ以外にも、生活に困窮する民へも炊き出しを行なっている。
アステラに、サブリナが提案して、結婚してから定期的に行う様になった、サブリナが力を入れている公務の1つだった。
「女神だ………ありがとうございます………王妃陛下………」
「どうぞ」
「ありがとうございます」
炊き出しの手伝い迄する王族等珍しかったらしく、サブリナが始めてから慈善事業的に、貴族達も参加する様になった。
「本当に王妃陛下が来られてから、心が潤う様だよ」
「…………さ、サブリナ………」
フラフラと、サブリナの名を呼ぶ声が近付いて来る。
勿論、サブリナには警護の衛兵が付いていて、決して1人になる様な事もないし、炊き出しする者も、神殿の神官や王城の侍従、衛兵も居る。
それなのに、ただ1点に集中し、サブリナに向かっていた。
炊き出しの料理の為に並ぶその声は、長い列から少しずつ短くなり、ボロボロの服にすす汚れた肌で、順番になると料理より、料理を手渡したサブリナの手を掴んだ。
「どう…………きゃっ!」
「サブリナ…………サブリナ!」
「何奴!捕らえよ!」
「うわぁぁぁぁっ!」
「きゃぁぁぁぁっ!」
悲鳴が挙がり、神殿で行われているバザーが、大混乱となった。
料理はひっくり返り、サブリナもその声の主も、料理が溢れて汚れてしまうが、辛うじてテーブルに挟まれていた事もあり、サブリナは衛兵達に守られ、声の主は衛兵達に取り押さえられた。
「サブリナ!俺だよ!」
「……………れ、レイノルズ………で……様?」
「助けてくれ!サブリナ!」
「王妃陛下!あ奴に近付いてはなりません!」
「……………話をさせて下さい」
「陛下!」
汚れてしまったサブリナだが、取り押さえられうつ伏せにされた声の主のレイノルズの前に屈んで、更にドレスを汚しても、今のレイノルズの姿を見たら、気になって仕方なかった。
「レイノルズ様………」
もう王族でも無い男に、殿下という名称は要らない。
「サブリナ………こいつ等を退かしてくれ……」
「出来ません。わたくしに害を与えようとしたと見なして、職務を全うされてます。先ずは今の貴方様の行動のご説明して下さい」
「お、俺を愛してくれてたんだろ?今も………そうだろ?」
「…………は?………頭が可笑しくなられたのですか?」
「だ、だって………結婚していた5年、俺の罪を隠そうとしてくれてたじゃないか!」
「…………あぁ、その事ですの?わたくしが補填したのは、退位された貴方様のご両親の悲しまれる顔が想像出来たからですわ。何も貴方様の為を思ってした事ではございません」
「嘘だ!俺を愛してくれていたから、5年も我慢したんだよな!俺に振り向いて貰いたくて!」
「…………はぁ……話になりませんわ………レイノルズ様………」
サブリナは屈んで、目線を合わせ会話していたのを止めて立ち上がった。
そんな会話なら、する必要も無いと思ったからだ。
「わたくし、貴方が嫌いです。この世で一番………婚約者になった時から、結婚生活、離縁してからも、わたくしが最も嫌いな方です。それだけ貴方はわたくしを傷付けて来られたのです。良かったですわね、レイノルズ様を忘れられない人間が居て………それだけわたくしの心を占めているのです。嫌いな人間として…………もう、わたくしの目の前に現れないで下さいませ。忘れさせて頂けたら、砂粒1つ分ぐらいは好きになるかもしれません。多分、一生ないとは思いますが…………」
サブリナはこの言葉で、好きと嫌いの両極端に位置していても、似ている部分があるのだと気が付くが、もし殺意が芽生えるなら、その相手はレイノルズになるだろう、と思えてならなかった。
そんな事はしないが、サブリナは表情を固くし、考え込んでから衛兵達に指示した。
「放してさしあげて」
「陛下、なりません!」
「えぇ、わたくしの前では止めて下さい。何処か離れた場所で解放して下さい」
「サブリナ………助けてくれるんだよな?」
「…………貴方はわたくしの尊敬していた方達のご子息なのですから、罪を重ねないで下さい…………連れ出して」
「はっ!」
「立て!来い!」
「サブリナ!サブリナ~!」
何故、あんな姿になって迄、サブリナに会いに来たのかは、サブリナは興味も無かったが、オルレアン国での生活が今のレイノルズには地獄なら、その地獄から這い上がらければならないのはオルレアン国でしかない。
もう、会う事も無い様に、と神殿の外から、祈りを捧げたサブリナだった。
しかし、翌日。
都に通る川に流されたレイノルズが発見された。
彼方此方暴行された痕が見つかった事から、強盗の仕業だろう、と思われ、更に数日後、犯人は見つかったが、僅かに持っていたレイノルズの所持金を奪い使い込まれていた。
サブリナがそれを聞いた時、初めてレイノルズの為に泣いた。
相手が貧困者でも貧困者は奪う為に人を殺める事を知ったのだ。たった、その日生きる為だとしても。
レイノルズは人災を引き起こしたが、自ら人を殺めた事は無かった。暴力を人に奮った事も無い。一方的に暴行されたレイノルズは無抵抗では無かったようだが、やせ細り無残な姿だった。
亡骸は、オルレアン国の元国王と元王妃に送られ、何を思って引き取ったのだろう。悲しみに暮れながら、密葬を行なわれた、と後日手紙で知らされた。
サブリナはレイノルズに祈りを捧げる事しか出来なかった。
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