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しおりを挟むオルレアン国からアステラに手紙が到着した。
オルレアン国王からである。
「…………ガネーシャ!国葬を行う!」
「いきなり何なんですか?陛下」
「サブリナの離縁が成立した!」
「やっとですか!」
執務室でその手紙を受け取ったアステラは、歓喜の雄叫びを挙げる。
「サブリナに伝えて来る!お前は国葬の準備をしろ!存在しなかった俺の王妃の空の棺を用意してな!」
「直ちに」
姿を現さない幻想のアステラの王妃。
何故そんな存在を作ったのかは、まだアステラはサブリナに教えてはいない。
隠しているつもりもなく、独身王の結婚を催促されるのが煩わしかったからと、サブリナへの片恋を引きづって、独身でも良い、と思っていた事で、架空の王妃を作り出しただけだ。
後継者の問題は、側室が居れば問題にはならない。だが、アステラの只1人の息子は平民の側室の子、ガーヴィン。
ガーヴィンが後継者になるには、反対は起きる可能性もあるが、認めさせるだけの素質があれば良いのだから、アステラは困ってはいなかった。
それが今は、好きなサブリナも身近に居て口説き放題。サブリナとの子なら満場一致で後継者になれると信じている。
「サブリナ!」
「っ!…………し~っ!」
王城を探し回るアステラが、サブリナを見付けた。
喜んで声を掛けたが、サブリナからは歓迎されない雰囲気だ。
「…………っと……ガーヴィンが眠ってるのか」
「遊び疲れた様ですわ。外で遊んで身体を動かしていたので」
「何とも羨ましい奴め………俺でもサブリナの胸の感触は一度しか味わえてないのに」
「アステラ陛下………」
庭園の芝生で、ボール遊びをしていたサブリナとガーヴィン。
そのガーヴィンがサブリナの座る膝の上で抱き着く様に眠っていた。
胸に納まるガーヴィンの寝顔は可愛らしいので、サブリナもずっと見飽きないのか、アステラの顔を見ても直ぐにガーヴィンの顔を見つめてしまう。
「…………サブリナ、朗報だ」
羨ましいとばかりに、アステラはサブリナの横に座り、肩が触れ合うぐらいの距離で近付いた。
「朗報?何かわたくしが喜びそうな知らせですの?」
「そう思うが?………そして俺も嬉しい」
「…………まさか、離縁が成立した、とか?」
「勘が冴えるな、其方は」
「っ!…………やっと………」
「……………」
ガーヴィンを抱き締めているので、倒れない様にしなければならないのに、サブリナは涙を溢す。
その涙が伝う頬をアステラは指で掬った。
「っ………あ、アステラ陛下………」
「ガーヴィンが起きるかな、とな」
「…………本当に、お優しいお父様ですね、アステラ陛下は」
「其方にも優しくしたいが?…………甘やかしたいし、慈しみたいし」
「今以上の幸せ等、望んでおりませんわ………ガーヴィン様のお世話という役割が、わたくしを癒やして下さいますもの」
「…………そのガーヴィンの母親になる気は無いのか?」
「…………え………そ、それは……」
「良い母親になる、俺が保証する………そして俺の妃になれ、サブリナ」
毎日、繰り返されてきた求婚の言葉。
だが、この日は違った。
アステラの目が冗談交じりではないのだ。
サブリナの気持ちが整う迄、離縁が成立する迄のアステラの目は何処かで、サブリナが断ってくるだろう、との予感から、冗談交じりの口調で伝えて来ていた。
今、この時は、亡命してファルメル国に来た時と同じ様な熱が入った目。情愛に満ち、心底サブリナが欲しい、と伝えて来る目だ。
「っ…………わ、わたくしで本当に宜しいのですか?再婚ですのよ?」
「白い結婚に意味は無い」
「わたくし………頑固ですし、可愛げありませんし、薄情な人間ですわ」
サブリナも何を言っているのか、と自分でも思う。真剣に話をされているのに、冗談で逃げる事は失礼に値するから、真剣に答えたいとは思って、思い付く限りの言葉を紡いでいた。
「頑固も時には必要な性格だし、薄情はオルレアンの民達の事を意味するなら、そんな事は無い。既に民衆はサブリナを擁護している風潮で、王太子は支持されてはいない。そして、これは一番重要な事だが…………俺にはサブリナが可愛くて仕方ない」
「っ!…………い、言われた事ございませんので………その………何とお言葉を返せば良いか……」
「信じないなら毎日言おう………朝起きて、気怠そうなサブリナにキスを落とし、好きだ、と可愛い、と伝え、夜は甘やかして深いキスをして、抱き合って寝る。勿論お互い裸でな」
「っ!…………が、ガーヴィン様の前で………は、はしたないですわ………」
「ガーヴィンは眠ってるぞ?聞こえないさ」
もう、甘い夜を想像させるアステラの言葉は、何故かサブリナは想像出来てしまう。
相変わらず、部屋は別にしてはくれていないからだ。
広い寝台で端と端で、中央が1本の線がいつまでも付いているかの様に毛布に溝が出来ていて、シーツの皺も卑猥な汚れも見当たらない次の日の朝。
侍女長ムーアも、毎夜一緒の寝台を使っていて、目出度い兆候が無いのも疑っているかの様子も度々目にするのだ。
定期的にサブリナに来る月の穢れ。
『残念ですわ、嬉しい吉報がサブリナ様から聞こえると良いのですが』
と、言われた事もある。
2ヶ月同じ寝台を使っているなら、妊娠する可能性もあるのだから。
身体が繋がっていたらの話にはなるけれど。
「返事は?今日は喜ばせてくれると良いが」
「…………あ、あの……か、身体で口説く、という方法は………た、試されないのですか?」
「っ!…………試して良いならもう直ぐにでも口説くぞ」
「…………よ、夜で………」
「…………あぁぁぁぁっ!もぅ!………我慢ならん!ガーヴィン、起きてるよな?父上にサブリナを返せ!」
「え?…………ガーヴィン様?」
「…………ち、父上………大人気無い……で、です」
「起きてらっしゃったのですか!ガーヴィン様!」
「ご、ごめんなさい………は、母上……」
「っ!」
いつの間にか起きていたガーヴィン。
アステラもガーヴィンが狸寝入りしていたのは分かっていた。
気を効かせてくれたのだろう。
しかも、ガーヴィンはアステラからサブリナへの求婚を後押しするかの様に、サブリナを母と呼んだのだった。
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