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しおりを挟む全て読み終わったサブリナは、アステラに報告書を返す。
「如何だった?」
「まだ満足しませんわね」
「積み重ねられた恨みは怖いな………だが、それも致し方無し………特にこの裁可には俺でもやらんな」
「…………守れませんでしたわ……民を……」
「私利私欲に飲まれた輩には痛くも痒くも無い被害だろうよ」
「そんな事!…………そんな……あってはならない事ですわ…………」
「そうだ………これは人災だ……反省すると思うか?」
「……………しませんわ、きっと………人として反省しては欲しいですが、わたくしの心の中でレイノルズ殿下が言い逃れる事を拒みます………わたくしの中の醜い心が、許すな、と言うのです…………どんなに……心無い言葉を掛けられたか………思い出すと………心が許さない……」
誰に対して、何に対して泣く必要があるのか分からないのに、サブリナは目に涙を溜める。
オルレアン国の民が人災で亡くなった事には悲しいが、それ以上に責任を取らないであろうレイノルズに腹が立っていて、もっと追い込んでやりたい、と迄思えてしまう。
まだ、後々レイノルズを窮地に追い込む事になっていても。
考えたのはサブリナ本人だ。
レイノルズの生命を直接捕る事は無いにしても、悪事が民衆に広がれば、内乱が起きるかもしれない事迄、暴露させるつもりだったのだ。
良心と復讐の狭間に、この時点で立ってしまった気もしないでもないのだろう。
「止めるなら、今の内じゃないか?」
「っ!」
「…………それも、嫌そうだな………」
アステラに止めろ、と言われた様な気がして、気が動転しアステラを睨んでしまった。
「…………ふっ……人間らしい感情で俺は好きだが?…………あのレイノルズ王太子の横で作り笑いしていた、心が無いサブリナを見るより、今の表情の方が惚れる」
「…………い、今………そんな話をしている場合では………」
「今だから必要だと思って言っている。全うすると決めたのだろう?突き進むといい………俺が見守っていてやるし、そんなサブリナを見ていてやりたい。国の存亡を左右する事をするんだ、その語り部にでもなってやる。このファルメルの王に嫁いで来たオルレアンの娘が、心を壊して迄成し遂げた偉業をな」
「あ、アステラ陛下はオルレアンを滅ぼせと?」
「……………戦は好まん……だが、内乱になるならその地を統制する必要もある。オルレアンから民達を移民として受け入れる事になろうとしても構わん。それで民も…………サブリナも幸せになるならな」
「…………滅んでしまえ、と………」
醜い心を持つ部分のサブリナが語る。
その言葉でアステラは、黙って聞く態勢で待ち構えていた。
「………亡命する直前………いえ、今この報告書を見る迄思ってました…………でも、いざ民が被害に遭うと………」
「無実だからな」
「………こんな醜い気持ち………怖くて………怖くなって…………」
「………賭けてみろよ」
「賭ける?」
「王太子が変わるか如何かさ」
「………もう、散々賭けました………それに疲れたのです」
「そりゃ、疲れるよな………俺で良いなら、幾らでも癒やして甘やかしてやるよ」
「ガーヴィン様で癒やされております」
「そうじゃない!子供と大人の異性とは違うだろ!」
「……………まだ気持ちはアステラ陛下に向かっておりません」
泣くサブリナの隙を、直ぐ様突いて来るアステラ。
しかし、それで涙は引いた。
良心の呵責に苛まれたサブリナを、救い上げてくれたのだ。
本気なのか、冗談なのか、アステラから齎される言葉はサブリナの気分を変えてくれている。
「…………それは残念だ。だが、俺と一緒の寝台を使うのはもう慣れたのだろう?」
「っ!…………慣れません!」
数日、何度願い出ても、別の部屋を使わせて欲しい、と伝えてきたサブリナだが、アステラはそれを拒否し続けていて、サブリナも勝手に他の部屋を使う訳にはいかず、アステラと同室で過ごす羽目になっている。
尤も、朝食後はアステラは執務に忙しいので、サブリナは1人で部屋に居るか、ガーヴィンの世話の手伝いになるので、就寝時間しかアステラとは時間を共にはしない。それでもやはり、アステラが寝台に潜り込む時は緊急するもので、折角うたた寝して寝入る時は起きてしまい、それから寝た振りをしてしまっている。
アステラに背を向け寝た振りも、流石に疲れて休めないでいる。
「そろそろ、身体で口説かれる覚悟は出来たか?」
「っ!お、お伝えした筈です!わたくしの気持ちがアステラ陛下に向いたら、と………」
「え?まだ?」
「まだです!………もう、宜しいですか?わたくし、ガーヴィン様のお部屋に戻りますわ!」
「…………引き続き、オルレアンの動向は報告しよう」
「…………お、お願いします………」
サブリナの気持ちを汲んでくれていると分かる。
サブリナが逃げると、アステラは必要以上に追い掛けて来ない。
それが、少し寂しく感じる様にはなってはいたサブリナだが、これが恋なのかは定かではなかった。
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