13 / 38
12
しおりを挟むファルメル国に居るサブリナは、毎日アステラの息子、ガーヴィンに会いに来ていた。
始めこそ、人見知りするガーヴィンだったが、サブリナに懐き始めている。
「ガーヴィン様、ペンはこの様に持つと上手に書けますわ」
「……………あい!」
「はい、お上手です」
吃音がある様で、余計に会話をしたがらないのだと、ガーヴィンを世話する侍女から聞いたサブリナ。
それを、戒められる側室も居たそうで、余計に人見知りが増したのだという。
「可愛いらしい方ですわ」
「はい、ガーヴィン様は可愛い方です。それなのに側室でも、平民の娘達なので、差別に対しては思う所があると思うのですが、一度良い思いをしてしまうと、自分が偉い人になった、と勘違いされる方が多い様です」
吃音の事で、ガーヴィンをよく思ってない側室達に、侍女は愚痴を溢す。
「…………アステラ陛下は、貴族の令嬢を側室にしなかった理由を、地位に固執する事を懸念されてましたが、平民の方でもそう思うのですね」
「寵愛を戴いたら、女ならそう思うのだと思いますよ」
「わたくしには分からない考えですわ」
「サブリナ様は、産まれながらにして大貴族のご令嬢ですし、教育が行き届いていたからではないでしょうか」
「そうでしょうか………あ!ガーヴィン様!紙からはみ出してますわ!…………あらあら、机に落書きしてしまいましたわね……」
「ご………ごめ……なさい」
「消えると思いますから大丈夫ですよ、次からは汚さないで書けると良いですね」
「は、はい」
まだ文字の読み書きを習い始めたばかりで、楽しいのか夢中になると、紙からはみ出して書いているのが、サブリナには今だけの事だと思っているので、注意する事はなく見守っている。
落書きをしていたガーヴィンは怒られたと思って謝ったが、サブリナはガーヴィンの頭を撫でて謝る必要のなかった事を伝えようとした。
注意すればいいだけであって、幼い時は誰しもやる事だからだ、と。故意ではしていなかったのもサブリナは見ている。
「やってるな」
「!」
ガーヴィンの部屋を覗きに来たアステラ。
アステラの声が聞こえると、いち早くガーヴィンは手を止めてしまう。
母親が居ないガーヴィンの頼り所は、やはりアステラなのだろう。
「ち、ち………ち上!」
「落ち着いて話せ、ガーヴィン。大丈夫だ、ゆっくり話せばいい」
「は、はい」
「少し、サブリナを借りて行くぞ?いいか?ガーヴィン」
「ま………だ一緒に居たい……」
「終わったら帰すよ」
「わ、分かりました」
「良い子だ…………サブリナ、少しいいか?」
アステラはガーヴィンに会いに来たのではなかった様で、サブリナをガーヴィンから離したがった。
「はい、わたくしは構いませんが」
「…………執務室で話そう」
「深刻なお話なのですね」
「まぁね」
真剣な顔のアステラだった。
サブリナに関する事に違いなく、サブリナはガーヴィンに謝罪し、アステラに付いて執務室に行くと、腰掛ける様に促された。
「オルレアン国に偵察に行かせた部下が、今のオルレアンの状況を知らせて来た。俺はザッと目を通しただけだが、其方も見たいんじゃないか、とな…………見るか?」
「宜しいのなら、拝見させて下さいませ」
「宜しいも何も、俺が調べさせているのは、サブリナの事に関するだけの事だ。離縁出来たかどうか、調べないと結婚出来ないだろ?重婚にする気か?」
「……………そもそも、結婚の制度がオルレアン国とファルメル国では違うのではないですか」
「あぁ、違う。だが、信仰する神は一緒だからな、結婚も離縁も誓約がある。国王だからといって、守らねばならないものは守らないとな」
信仰する神が一緒でも、ファルメル国の方が結婚に寛大で、側室を迎え入れるファルメル国と側室を迎える事に嫌悪するオルレアン国とは違う。
サブリナがその事を知ったのは、翌日の事だった。
誓約はあるが、ファルメル国は王族に限り、側室は持つ事が可能で、国王は側室とは婚姻関係にはなってはいない。
言い方を変えれば、妻を1人持ち、恋人を認知している、というだけだ。基本的には一夫一妻制の国。重婚は許されてはいない。
後継者は多い方が良い、という考えがあるらしい、王族の法律なのだそうだ。側室の子が後継者になる事もあるファルメル国だが、その子供は国王と王妃に養子縁組され、継承されるのだ。後継者になれなかった子は、王城から追い出され、政治には関わらないという誓約を結ばせるか、粛清されるのだと、聞かされたサブリナ。
アステラの兄弟姉妹はどうであったのかは聞いてはいないし、聞いて嫌な気分になるのなら聞かなくても良いと思っている。
そもそも、粛清をする様な王族の継承問題がサブリナの記憶でオルレアン国は聞かなかった。
それは王子が何代も1人しか産まれず、姉か妹が産まれる家庭だった事も関係している。だから、後継者争いが起こりにくいと言っていい。
「ほら、報告書だ」
「拝見します」
手渡された書類には、ミューゼがクロレンス領地に蟄居させられたとある。
実家のフロム侯爵家ではなく、嫁ぎ先のクロレンス侯爵家。
未亡人のままで、クロレンス侯爵家の籍から戻さなかった事が、幸と出たと見るかは、ミューゼの考える所だろう。
サブリナが、クロレンス侯爵の存命中のミューゼはよく知らなかった事だが、その夫も随分と女遊びが激しかったと、噂では聞いていて、その彼の手管でミューゼは閨事に嵌り、レイノルズを魅了させた事に繋がっている。
ミューゼにはフロム侯爵家の令嬢として、投獄ぐらいを望んではいたのだが、籍を抜いていなかった事が、投獄を免れたのなら、ミューゼはフロム侯爵家には戻る可能性は無いと見える。
そして、クロレンス領地は僻地。簡単に都と行き来はし辛い場所にある。
レイノルズが執務室から出られない状況も書いてあるので、レイノルズがミューゼに会いに行く事も出来なくなる。
それで、レイノルズがまた別の恋人を作る事も考えれる事だが、今度は国王はレイノルズを自由にはしないと見えた。
「…………いい気味ですわ……」
「それだけじゃないんだろ?」
「はい、勿論です」
報告書は何枚もあり、まだ1枚目だ。
先にアステラはザッと見たと言うが、サブリナの目線から何処を読んでいるのか分かっている様だった。
851
お気に入りに追加
1,976
あなたにおすすめの小説


だってお義姉様が
砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。
ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると……
他サイトでも掲載中。

(完)なにも死ぬことないでしょう?
青空一夏
恋愛
ジュリエットはイリスィオス・ケビン公爵に一目惚れされて子爵家から嫁いできた美しい娘。イリスィオスは初めこそ優しかったものの、二人の愛人を離れに住まわせるようになった。
悩むジュリエットは悲しみのあまり湖に身を投げて死のうとしたが死にきれず昏睡状態になる。前世を昏睡状態で思い出したジュリエットは自分が日本という国で生きていたことを思い出す。還暦手前まで生きた記憶が不意に蘇ったのだ。
若い頃はいろいろな趣味を持ち、男性からもモテた彼女の名は真理。結婚もし子供も産み、いろいろな経験もしてきた真理は知っている。
『亭主、元気で留守がいい』ということを。
だったらこの状況って超ラッキーだわ♪ イケてるおばさん真理(外見は20代前半のジュリエット)がくりひろげるはちゃめちゃコメディー。
ゆるふわ設定ご都合主義。気分転換にどうぞ。初めはシリアス?ですが、途中からコメディーになります。中世ヨーロッパ風ですが和のテイストも混じり合う異世界。
昭和の懐かしい世界が広がります。懐かしい言葉あり。解説付き。

罪なき令嬢 (11話作成済み)
京月
恋愛
無実の罪で塔に幽閉されてしまったレレイナ公爵令嬢。
5年間、誰も来ない塔での生活は死刑宣告。
5年の月日が経ち、その塔へと足を運んだ衛兵が見たのは、
見る者の心を奪う美女だった。
※完結済みです。

アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

(完)妹の子供を養女にしたら・・・・・・
青空一夏
恋愛
私はダーシー・オークリー女伯爵。愛する夫との間に子供はいない。なんとかできるように努力はしてきたがどうやら私の身体に原因があるようだった。
「養女を迎えようと思うわ・・・・・・」
私の言葉に夫は私の妹のアイリスのお腹の子どもがいいと言う。私達はその産まれてきた子供を養女に迎えたが・・・・・・
異世界中世ヨーロッパ風のゆるふわ設定。ざまぁ。魔獣がいる世界。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる