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しおりを挟む突然、この男は何を吐かしてるんだ、とサブリナはキョトンとた顔で固まっている。
「なかなか、見られない顔をするのだな、サブリナ」
「っ!…………へ、陛下には妃が居られた筈では!」
「妃は居らん。側室は居るがな」
「…………え?居ない?」
国外では、アステラには妃が居る、とされていた。
サブリナも王族だったのだから、外交には詳しくないといけない。それが真実とは違うというのだろうか。
「あぁ、国内外の牽制の為に、妃は病弱で外交は元より、公務もしない、と知らせていただけだ。だが、側室とは子供も居るし、後継者には今の所困ってはいない。まだ子供も小さいからな。教育も始めたばかりだ」
「な、何故その様な嘘を………」
「欲しい、と思った令嬢は既に婚約をしていてな………その婚約者と争って迄、国際問題に発展させなくは無かった時期だったんだ。当時、俺は即位したばかりで、情勢安定を優先しなければならなかったしな」
「即位したばかり、と言うと7年か8年ぐらい前…………」
「そう、やっと安定し、外交にも目を向けた時、欲しいと思っていた令嬢が結婚してしまった。そして、結婚したその令嬢と会い、会話する度に、後悔したものだ」
「っ!」
握られた手に力が込められると、サブリナのもう外された左手薬指の指輪があった場所にキスが落とされたのだ。
「分かるか?サブリナ」
「な、何をでしょう………」
「惚ける気か?賢い其方なら分かると思っているが?」
「あ、あの…………そのお相手とやらは……わたくしだと?」
「そうだ。俺の欲しい令嬢は其方だ。其方が俺の妃になれば、勿論ユーザレスト公爵にも見合った地位を約束しよう」
「お、お父様!」
サブリナは返答に困り、父に助けを求めるが、ユーザレスト公爵もいきなりの事で、固まっていた。
過去、数回会って会話しただけの面識しか無いサブリナに、どの部分が気に入り欲しい、と思わせたのか分からないのだ。
「アステラ陛下………娘は離縁したばかりでございます………す、少し考える時間を頂きたく思いますが」
「何、俺も今日明日にでも、と言うつもりもない。離縁したからと言って、サブリナの腹にレイノルズ王太子の種があるかも分からないのだしな」
「っ!」
「…………サブリナ?」
ある訳は無い。サブリナはそう思っていても、サブリナ以外の者は、レイノルズとの結婚は白いものだった事を知らないのだ。
それは醜聞憚られる。
「な、何でもございません」
「そこで、だ………1つ提案なのだが、サブリナに俺の子の教育係をして貰えないだろうか」
「…………教育係?」
「そうだ。側室との子供だが、教育はしっかり身に着けてやりたくてな。側室に任せるより賢い其方の教育の方が良いと思っている。勿論、妃になっても子供の代理母として育てて欲しい。其方との子供が産まれたら、後継者は其方の子にはするが、勉学が出来た事に越した事もないから」
「あ、あの…………な、何故決定事項の様にお話されるのですか!わたくし、アステラ陛下と結婚すると、まだお返事しておりません!」
「するだろ?あんな王太子と結婚するぐらいだ。まだ俺の方が魅力的だぞ?比べる事もない」
アステラは自分に自信があるのだろう。
確かに美しい風貌の国王だが、サブリナはレイノルズと比べると、誰でも上に見えるので、比べ物にはならない。
「と、言うより、この機会を逃したくないのだ。レイノルズ王太子の傍らで、其方と会話を交わした時の其方の所作も然る事ながら、知識量、機転の良さ、妃の気質を備わっている事に、俺は感動していてな。何故もう、別の男の物なのだ、と思ったぐらいだ。諦めて側室は迎えたが、妃を迎える気になれずに居た。しかし、そう思っていた所で、其方からの亡命の手助けの依頼だ。其方が俺の手の中に入るなら、両手を広げ迎え入れようと思った訳だ」
「……………そ、そんな事を仰られても、離縁したわたくしを疎ましく思う方も居られる筈ですわ」
「その点は安心しろ。其方の評判はファルメルではとても良い」
やっと、サブリナの手はアステラから解放され、アステラは両手を広げ辺りを見回せとばかりに、サブリナの視界を広げさせた。
サブリナもそのアステラに釣られ、謁見の場を見渡すと、胡散臭い目で誰もサブリナを見ている印象は無い。
「…………少し考えさせて下さいませ………亡命したばかりですし、わたくしはファルメル国内では赤子同然。右も左も、ファルメル国の事は外交でしか分からないのですから」
「余り待ちたくはないぞ?俺はもう7年待っているからな」
「そ、それより短い間に、お返事致しますわ」
「そうしてくれ、でなければ王令として妃にしてしまうからな」
「暴君甚だしいですわ………」
「そう思ってくれていい。ユーザレスト公爵家には屋敷を用意した。今日から其処に住んでくれていい。案内させる」
住居を探す予定だったので、この用意は有り難い。
「アステラ陛下、感謝致します」
「ユーザレスト公爵夫妻と、長男夫婦とその息子、次男、侍従達で手狭になるなら、また考えるがな」
「わたくしも両親と住めるのは嬉しいで………ん?」
「サブリナは王城に住まわせる」
「…………え?」
今迄、5年間両親と離れて暮らしていたのだ。離縁して一緒にまた住めると思っていて喜んでいたのも束の間だった。
それなのに、打ち砕かれた願いに、サブリナは顔が引き攣る。
「息子の教育係を頼んだだろう?」
「そ、それもお返事しておりませんが………」
「賢い其方だから頼んでいる」
「ファルメル国の内情を分からないのに、ですか?」
「それは追々で良い。まだ字の読み書きぐらいしか出来ぬ歳だぞ?」
「通いで………」
「させないぞ、口説きたいからな。それに妃になってもらいたいから、その勉強もしてくれ」
「か、勝手ですわ………」
暴君でも、レイノルズの無謀な言い方とは違う物言いで、知的さも感じる。
過去の数回、会話を交わした時から、サブリナは知的な部分があるアステラには嫌悪感等無かったので、この会話も楽しく思えたのだった。
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