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しおりを挟む木漏れ日が差した森に、普段は騒がしい獣達の鳴き声も響かない静寂な森と化した中に、リアナと男が2人向かい合った所で、男が静寂を破った。
「先ずは自己紹介をしよう」
名も分からない男のままでは、リアナは不信感を募らせるしかない。
自己紹介した事で少なくとも、身分は分かるだろう。
平民には見れない装いの男なのだ。
恐らく貴族だろうが、リアナには貴族の知り合いも居ないので、男がリアナの名を知っているのも不思議だった。
「名はグリード………身分はまだ明かす訳にはいかないが、私はリリアーナ………あ、いやリアナの封印を解く為に会いに来た」
「私はリリアーナという名でもありませんし、封印なんて何の事か分かりません。それに貴方とは初対面な筈です………リアナという名さえ貴方が知っているのさえ、何がなんだか……」
「初対面ではないさ………では聞くが………リアナには記憶が抜けている説明は付くのか?」
「っ!……………な、何故その事………」
「初対面だ、と断言出来る要素あるか?リアナが記憶無い部分があるのに」
記憶があれば、両親の顔を知っている筈だし、居ない理由も分かる筈だ。
気が付けば、村外れの家に居て、家事の知識や薬草の知識、生活出来る最低限の事を1人で出来る筈も無く、字の読み書きも出来る、一般常識もある程度理解出来ているのが、リアナは不思議に思いながら、10年この村で生きてきた。
その10年前迄の幼少期、このグリードという男と会った事があると言うのか。
「私の…………子供時代を知っているんですか?」
「あぁ、知っているよ」
「わ、私の両親も知っているんですか!」
「……………封印を解けば、思い出すよ………全て………ね」
「……………ふ、封印って何なんですか!私が………私が1人で10年………此処で生きていた、っていうのに………私を知る貴方は、放置してた、て事ですよね!」
「それについては謝罪しなければならないかもしれないな」
「……………は?………」
謝罪しなければならないかもしれないなんて、簡単に言われた様な捉え方しか出来ないリアナ。
両親の事も、兄弟が居るのかも分からない、記憶が無いリアナにとって、軽い気持ちではいられなかった。
だが、寂しかった、という思いにはならず、その生活を素直に受け入れていたのは何だったのか、その理由も考えた事も無かった。
「気を悪くしたかな?………だが、リアナはそれを受け入れていた筈だが?」
「……………っ……な、何で………」
「分かるか?って?」
「っ!…………は、はい………」
「私だからね…………リアナに封印を施したのは」
「……………え?」
「何もかも、封印を解けば思い出す事だ………その封印を解く時期がやって来たから、私はリアナに会いに来た」
訳が分からずに、リアナは構えていた鎌を落としてしまった。
「っ!」
「っと!………大丈夫か!怪我してないか!」
足元に落ちた鎌は、リアナの靴スレスレに刺さった。
それに咄嗟に岩場から立ち上がり、リアナに駆け寄ろうとしたグリードに、リアナは手を翳す。
「ち、近寄らないで!」
「……………確認ぐらいさせてくれ」
「大丈夫ですから!………靴を掠めただけです……」
「怪我は無いんだね?」
「……………無いです……」
「ほっ…………分かった………」
無事だと知ったグリードは岩場に再び腰を下ろすと、リアナと距離を取った。
それが、リアナとグリードの今の距離なのだ、と教えられた気がしたリアナ。
「あ、あの…………封印を解けば、両親の顔も私の幼少期の記憶も思い出せるんですよね?」
「そう言っている」
「じゃ、じゃあ今直ぐ解いて下さい!」
「……………今直ぐは無理」
「え?…………無理?………だ、だって今、封印を解きに来たって…………」
「誤解を招く言い方をして悪かった………私が言いたいのは、その準備をする為に、リアナの意思を確認しに来たに過ぎないんだ」
「……………さ、詐欺じゃないの!今直ぐにじゃないの!?」
直ぐに出来る事なのだと思っていたのに、違った事に怒りを出したリアナだが、グリードはただ平然とリアナを観察している様だった。
「悪いが、準備に時間を掛ける必要があってね…………それは私の事情と、リアナの準備が関係する」
「…………準備……?………その為に、私に確認をしに来た、と………」
「そう…………リアナに聞いて、私は準備に進める………それは、必ず必要でね」
「……………分かりました……それならそうして下さい」
リアナは考える猶予も自分に与えずに、了承した。
何故なのか、自分でも分からないままだ。
この機を逃せば如何なるか、とか先延ばしとかは考え付かなかった。
ただ、このグリードという男を見て、溢れ出ない魔力の行き場の先を知っている様な勘があり、全身が疼く気がしてならなかった。
他の男達とは違う、魔力も桁違いなオーラを纏い、引き寄せられそうな引力に反発しているリアナの足元は崩れ落ちそうで、踏ん張るのが精一杯だったのだ。
「…………分かった………では、少しずつリアナに近付くが………良いか?」
「っ!…………だ、駄目っ!…………こ、怖い!」
「…………そうか……やはりか………ならば本当に時間を掛けなければならなさそうだ……少しずつ………緊張と恐怖を取り除いた暁に、リアナの封印を解こう」
「そ、それはどれぐらい掛かるんですか?」
「…………さぁね……私に聞かれてもね………だが、伝えておくが私もそんなに時間は掛けられなくてね………リアナの都合を無視したくなる時が出て来たら、無理強いする可能性があるという事を覚えておいて欲しい」
「…………わ、分かりました……そ、それで………良い………です………た、多分……」
本当に良いのか、と自問自答しながらグリードと向き合うリアナは忘れていた鎌を拾い上げた。
冷静を少しでも装いたいのだ。
「了承した…………ならば、今夜から始めよう」
「……………始める?………準備、ですか?」
「そう…………リアナが眠りに着いたら、私は会いに行く…………夢で会っている時間が準備だ…………また会おう…………私の…………」
グリードの言葉が詰まると、突風が起きて聞き取れなかった。
「きゃっ!…………え?………あ、あの人が居ない………」
聞き取れなかったし、姿を消すにしては無理があったのに、気配さえ消えたグリード。
その直後、静寂だった森が一気に騒がしくなったのを、リアナはただ聞き取るしか出来なかった。
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