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しおりを挟むレティシャが救出されてから、数日。やっと筆談での会話も慣れて来たレティシャ。
幾つかの領地を訪れたが、領主であるその数々の貴族達は、レティシャには冷ややかな目線を送っていた。
話をするのは、専らリーヒルかヴァンサンばかりで、領主達や領主の家族達は、レティシャを居ない物と思っている。
レティシャの周囲にリーヒルやリーヒルの部下達が居る時の態度は、敬う素振りを見せはするが、レティシャの身の回りの世話を頼む時は、男の部下を身近に置けないので、その時ばかりはレティシャへの扱いがぞんざいで、リーヒルに知られない様に嫌がらせを受けていた。
「出自が分からない女じゃないの!我が家のお嬢様の方が絶対に王太子殿下とお似合いよ!」
「ちょっと顔が綺麗だからって、喋らない人形じゃない」
「二年、行方不明だった間、どんな生活してたなんて分からないじゃないの」
「あの顔で男に貢がせてたんじゃないかしら」
領主貴族の侍女達は、レティシャの前で平気な顔で話している。耳は聞こえているレティシャに対し、失礼極まりないし仕える家の令嬢の方が大事だと思うので、レティシャはそれに対してリーヒルに告げ口する事も無かった。
「何故、レティシャ殿下はお話して下さらないのかしら?」
「私達、下々の者と話すなんて汚れると思ってるのよ」
「お高く止まってらっしゃるんですねぇ、平民出自の成り上がり王女様!」
「っ!」
髪を整える時でも、態と髪を引っ張られたり、地肌を傷付ける様な梳き方をされはしても、二年前の城でも度々あったレティシャ。
その頃よりたちが悪いのだが、二年間の出来事を思えばまだ我慢出来た。
「何をレティシャにしている」
「!」
「私はレティシャの身支度を頼んでいた筈だが、何故身体が浮く程髪を引っ張るのだ?」
リーヒルが、度重なるレティシャへの冷遇に気付いていない訳では無かったのだ。コッソリとレティシャが使わせて貰っていた客間の扉を開け入ったリーヒルに、侍女達の処遇を見付けられたのだ。
「こ、これは……」
「礼儀がなっていないな……王太子である私に挨拶する前に言い訳か?領主に処分を申し立てよう……レティシャの髪を早く放せ、他の者が整えよ」
「は、はい!」
レティシャの髪を梳く侍女は怯え、他の侍女がブラシを受け取り直ぐ様、レティシャの身支度は完成したものの、リーヒルの怒りは治まってはいない。
「他の者も、同じ様に申していたな?よく自国の王女に対して言えたものだ」
「申し訳ありません!お許し下さい!」
侍女達は土下座してまで、リーヒルに謝罪するが、リーヒルは鏡台の前に座るレティシャの傍へと来ると、髪を一束指に絡めた。
「大丈夫か?レティシャ」
「………」
「何故もっと早く打ち明けなかった?今迄もあったんじゃないか?」
『言われて当然なので』
「レティシャ……言われて当然なんて言葉はもう使うな、いいな?」
『処罰させるのですか?』
「当たり前だ。今迄寄った領主達の邸も調べ、処罰する」
『駄目です!どの様な処罰かは分かりませんが、領主や領主家族、侍従達を処罰して、領主民達を混乱させないとは限りません!』
「安心しろ、レティシャ。領主民達には危害無い様に考える」
「………」
それでも、レティシャが難色を示す顔をする。
「如何した?」
『領主内の侍従達はこの地に家族が居る筈です……侍従達も領主民でしょう?』
「確かにな」
『領主に彼等の処罰は任せる冪だと思います。領主に処罰をと義兄様が仰るのなら、領主は義兄様が処罰なさって、領主は侍従達を処罰させる方が波風なく終わるかと、わたくしは思います』
「そんな事にしたら、領主が全て侍従達に罪を擦り付けるだけだ」
『ですから、領主には侍従達の監督不行届きとして、厳重な処罰にすれば良いかと。領主が侍従達を処罰しなければ、重い罪ではなく軽い罪に変えてもいいと言えば……』
「…………そうか……それで私に忠誠を誓わせるつもりだな?」
「…………」
「ははは………だから、私はレティシャがかけがいの無い存在なんだ。愛しているよ、私のレティシャ」
「!」
リーヒルが思い付かなかった事をレティシャが言うので、リーヒルはレティシャに抱き着く。
侍女達の前での行為は、レティシャもどう対処していいか分からなかった。リーヒルの背中に腕を回し、トントンと叩くがリーヒルはビクともせず動じない。
「まだ細いな、レティシャ」
「っ!」
「しっかり食べろよ?今夜中には城に着く。此処と比べ私が信頼する者ばかりだ。侍女もお前に嫌がらせさせはしない。父上も母上もお見えになるからな」
「…………っ!」
リーヒルの生母、シュピーゲル国王妃、ダーラ。自身が産んだ娘を亡くしてから、レティシャを娘として育ててはくれた義母ではあるが、レティシャは義母には壁を作っていたのを思い出す。
―――可愛がって頂いたのに、お会いするのが怖いと義兄様が知ったらどう思うかしら……言えない……
そう思ったら、レティシャは力任せに、リーヒルの背中を抓っていた。
「痛っ!」
「っ!」
「レティシャ!何故抓った!」
『義兄様が放してくれなかったからです!』
「………長く抱き着き過ぎたか………人目もあったから照れたか」
二人きりの時はリーヒルは照れていたのに、人目があると大胆になる様で、照れた顔さえもしなかったリーヒル。逆に人目を気にして照れたのはレティシャの方だった。
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