4 / 41
3
しおりを挟む「ぐえっ!」
「しっかり立ちなさい!」
未央理が藤枝家に来て3日。
学校にも行けず、正妻のスパルタ教育が食事と睡眠以外、みっちり躾られていた未央理。
今は、和室で着物の着付けを覚えさせられている。お手伝いだという、初日会った老婆、光恵が未央理の帯を締めていた。
「自分で着れる様になって貰うのよ!上手く補正した着方も出来ない様じゃ、藤枝家の恥!」
何かに付けて、藤枝家の恥と豪語する正妻、雛子は生粋のお嬢様らしく、所作全てが美しいのだが、未央理は正妻は勿論、父親や義理兄や義理妹が嫌いだから、それについて余計な事は言わないでいた。
「………苦しいんだって!」
「多少の苦しさは致し方ないのよ、慣れます。光恵が着せたら、また脱いで貴方自身で着てみなさい。しっかり覚えるのです……その後、今日一日、着物で過ごしてもらいますからね!」
「………うげっ……」
「品が無い!」
暴力的な事はされてはいないのだが、言葉はキツイ。
それでも言い返せないのが、未央理は弱い所だ。言われている事が分からないのだから。
何故、茶道や華道、着付け、日本舞踊を覚えなければならないのか等、教えられていない。ただ、藤枝家の娘は出来て当たり前、と言い返されるだけで、外にも出られない未央理にはやれる事も無くなったから、付き合わせられている、と言ってもいい。
スマートフォンは取り上げられて、友人達との連絡は取れなくなったのだ。
---逃げ出したいよ……
それでも、週末迄という期限付の教育だから、と我慢していた。
「………うわぁ、似合わない……」
「そうね、貴女には似合わない着物ね、着物に負けてるからかしら?ホホホ……さぁ、脱いでやり直しなさい」
「………じ、自分で着れないってば……」
「着るのです、光恵……しっかり教えるのですよ」
「はい、奥様」
「………」
未央理が自分で着るのは、長襦袢の上からだ。
着物を脱ぎ、畳み方さえも教えられ、一から着る。
「それでは死人ではないの!前が何方かも覚えてないの!貴女は!」
「っ!ま、間違えただけじゃん!」
「間違えも許しません!」
怒られながら、なんとか自分で着た未央理だが、雛子には不評だった。
「40点ね………直ぐに着崩れる仕上がりだわ。それはそれで勉強になるからいいわ……では、次。今日は華道よ」
「………また嫌いな事………」
「玄関に飾る華を生けなさい」
「………はぁ……」
だからといって、上手く生けれる筈もなく、殆どやり直しされるのが目に見えている。
案の定、未央理が生けた華は、9割方手直しされた。
「全く……品が何一つ無い娘は、作品にも着付けにも品が無いわね」
「………うぐっ……」
華道が終わる頃には、もう未央理の着物は、着崩れまくりで、昼食後にまた着直しをしたのだが、午後は日本舞踊だと言われ、またボロボロの着崩れにより、夜義理兄の崇や義理妹の陽葵に馬鹿にされて一日は終わるという、屈辱を未央理は味わった。
「何、その着崩れ!面白いなぁ、君」
「やだぁ、そんな着付けで、アンタをお姉ちゃんなんて言いたくな~い!」
「陽葵、姉なんて思ってないだろ?元々」
「うん、全く」
「………クソッ……」
「悔しかったら、早く身に着ける事ね。明日朝から、部屋で着物を着て、朝食後和室に来なさい。分かりましたか?」
「………分かったよ」
「はいだろ?本当にお父さんの娘?」
「母親の血のが濃いんじゃない?」
「間違いないな、でなきゃ馬鹿で産まれて来ないって!」
「ははははははっ!」
義理兄妹に馬鹿にされる事が、未央理の一日の終了だ。
言い返していた事もあったが、藤枝家に来てから慣れない事が多過ぎて、言い返す気力も無くなってくる。
「………ご馳走様でした」
お腹が空いていても、味わう気にも無い。ただ胃に詰め込むだけだ。
「………うっ……お母さん……」
無造作に着物を脱ぎ捨て、ベッドに突っ伏す未央理は、声を殺し泣いた。
普段、泣く様な事が無かった未央理が、藤枝家に来てから、泣く事が増えた様に思われる。
気が強く、母親思いの未央理が、理子に会えなくなるだけで、気が弱くなってしまったのだ。せめて、友達に連絡が取れれば、気が紛れていたのだろうが、初日の夜にスマートフォンを取り上げられたのだ。
『スマートフォンを預かる』
『なんでよ!』
『お前の交友関係を調べ、役に立つ者でなければ、縁を切らせる。それを判断したら返す』
『勝手に持って行くな!返せ!』
『…………顔認証か……ロック解除して、そのままオフにしておかなければな』
『やだ!返して!』
部下に取り押さえられて如何にもならず、父親に奪われたままのスマートフォン。
「スマホ……あれば………」
『未央理様、入って宜しいですか?』
「………光恵さん?何?」
『未央理様のスマートフォンを、旦那様から預かっておりますので、お返しに参りました』
「!…………スマホ!」
しかし、手渡されたのは未央理のスマートフォンとは違った。
「………私のじゃないんだけど……」
「GPS付で、藤枝家の番号、旦那様や奥様、崇様や陽葵様、そして、学校やご婚約者の三条 秀平様の番号しか入っておりません」
「………は?」
「未央理様が今迄持っていらしたスマートフォンは、悪影響が及びますから、同機種でご用意させて頂きました。旦那様がその様に、未央理様にお伝えせよ、と」
「要らないわよ!こんなスマホ!私が藤枝の人間に連絡すると思ってんの!」
「………お渡し致しましたので、おやすみなさいませ……お着物、ちゃんと衣紋掛に掛けておいて下さいませね」
「………くっ!」
光恵も、藤枝家の言いなりだと分かる。
渡されたスマートフォンを投げ捨てたが、光恵は拾う事もなく、一礼して下がって行った。
未央理が欲しかったスマートフォンでは無い、床に落ちたスマートフォンは、設定してあったアプリからのメッセージが入っていて、現実を未央理に突き付けていた。
5
お気に入りに追加
93
あなたにおすすめの小説
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。
ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。
彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。
「誰も、お前なんか必要としていない」
最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。
だけどそれも、意味のないことだったのだ。
彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。
なぜ時が戻ったのかは分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています
水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。
森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。
公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。
◇画像はGirly Drop様からお借りしました
◆エール送ってくれた方ありがとうございます!
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる