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初夫婦喧嘩

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 アスランの前に座るミレーユ。既に酒のニオイで吐き気がして、顰めっ面になってしまった。

「リタ……怒ってるか?」
「心配してるのよ……戻らないから」
「……戻れる訳ないだろ」

 また酒をグラスに注ごうとするアスランを見て、ミレーユは手を出した。

「…………ゔっ……」

 だが、酒のニオイが限界で、思わず嘔吐する。

「リタ!!」

 少量で何とか留めたが、気持ち悪さは変わらない。慌てて、アスランはミレーユの横に来て背中を擦るが、ミレーユはそれを拒む。

「結構よ!喜んで貰えない人から、介助なんて必要ないの!」
「ち、違う!喜んでない訳じゃない!」
「………じゃあ何なの!?」

 アスランの腕を払い、距離を空けるミレーユ。

「リタの妊娠は嬉しいんだ………だが……」
「だが?」
「………死が待ってるんじゃないか……と」
「………は?」

 ミレーユの妊娠と死が何故繋がるのか分からない。

「な、何で私が死ぬ、て思うの?病気じゃないのよ?」
「…………前に言ったよな………俺の母上の話」
「ナーシャ殿下を出産後に体調回復せず……て話?」
「………そう……この国は女が少ない分、出産や女特有の病気に詳しい者もほぼ居ない……もし、リタが妊娠中や出産後に何かあったら、と思うと、大喜びなんて出来るか……嬉しいが怖い………」
「それで、お酒に逃げたのね?初めて妊娠した不安な私を1人にして………アッシュは心配だけなのね……」
「………え?心配だけ……て俺にはそれぐらいしか……」

 男には女が出産への期待と恐怖が入り交じるのが分からないのだろう。悪阻から体型変化、浮腫、出産の痛み等、10ヶ月の間目まぐるしい変化がミレーユに起こるのだ。その体調の変化で精神的にも穏やかで居られない時もある。その時に支えて欲しいのは伴侶であるアスランの存在なのだ。

「馬鹿じゃないの?」
「ば、馬鹿って言ったな!」
「だってそう思うもの」
「なっ!」
「動揺して直視せず逃げて……産むのは私!なら死なせない努力を貴方が今から考えるぐらいしてもいいんじゃないの?国に出産女性の身体を診る専門の医者が居ないなら、医者の中で勉強してもらうしかないじゃない!それを探す労力も貴方は考えないの?お義母様が亡くなった原因を考えて、動ける事もあるんじゃないの!?それが何?お酒に逃げて酔っぱらって、部屋に戻らないのなら、私の変化も見逃しちゃうわよ!!何かあってから後悔すればいいわ!!馬鹿!!」

 執務室にミレーユの怒鳴り声が響く。

「………馬鹿ってまた言ったな……」
「何回でも言ってあげるわ……意外と臆病者なのには驚いているけど、何私が死ぬ方向の考えになるのか分からないわ……私はこの子を無事に産んで、抱き締めて育てたいんだから!勝手にあの世あっちに逝かせないで!!」
「必ずしも死を予想してた訳じゃないぞ!そうなったら如何しよう……て……」
「………最低……それならそれで、貴方がこの子を立派に育てるだけじゃないの……如何しよう、じゃないわよ……私が死んだら宜しくね、で終わりよ」
「リ、リタ……そんな簡単に……」
「結論だけ言えばそうじゃないの……私を生かそうと考えてくれてない様に言ったのはアッシュだから………よく考えてね………私は寝るから」

 怒鳴り散らしたからか、何故か頭はスッキリして、気持ち悪さはあまり無く、ソファから立ち上がるミレーユ。

「あ、歩けるか?リタ」
「えぇ、歩いて来たから大丈夫よ」
「抱き上げて………」
「結構よ!!貴方に触れられたくないから!!」
「………なっ!」
「勘違いしないで?酩酊状態で抱き上げられて千鳥足で歩かれたら、多分私が気持ち悪くなるし、お酒のニオイが今無理な様だから、触れられたくないだけ………おやすみなさい」

 執務室で、夫の情けない姿や言葉に呆れてしまい、怒鳴ったミレーユも、言い過ぎたかと思っていた。だからこそ、長く顔をあわせると、それ以上まだ言ってしまいそうで、また日を改めて酩酊ではない時に話すつもりで、執務室を出る。

「ひ、妃殿下……大丈夫ですか?」
「…………ただの夫婦喧嘩だと思って下さい」
「…………はぁ……」
「行きましょう、部屋に戻ります」

 寝室にミレーユが戻って来てもなかなか寝付けず、無理矢理目を綴じていると、寝室の扉が開いた。

 ―――アッシュ?

 ベッドが軋み、ミレーユの髪を撫でられている感触がする。

「………ごめん……リタ……配慮が足らなかったな………俺の子を宿してくれてありがとう……子と共に愛している」
「…………アッシュ……」

 アスランに酒臭さが軽減されている。風呂で落としてから部屋に入って来た様子だ。

「リタ………寝てなかったのか」
「……寝れなくて」
「俺が悪かったよ」
「言い過ぎたわ、私も」
「いや、言ってくれて良かった………明日から医者達に女性特有の病気や出産に詳しい者を探しておく……居なければ派遣なり勉強してもらおう………この子は世継ぎだ……無事に俺もこの子を抱きたい」

 ミレーユはベッドに座るアスランに両手を広げる。

「とりあえず、私と一緒に抱き締めて」
「ぼ、房事はしないぞ?」
「当たり前でしょ!悪阻が酷い妻に、貴方の絶倫の相手は出来ないわ!」
「…………産まれる迄我慢する……」

 だが、その後アスランはミレーユと妊娠中でも房事が可能と聞き、目を光らせたのは言うまでもない。
 それでも、この日から悪阻が治まる迄は、アスランはミレーユを房事に誘う事はなく、慈しむ様に労られたミレーユだった。

「…………落ち着く……貴方の腕の中」
「………あぁ、暫くでお互い我慢だな」
「クスクス………悪阻治まる迄待っててね」

 抱き締め合うだけのベッドの中の就寝は、房事とは違う愛情を感じた。
 
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