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恋愛開始
根底の闇
しおりを挟むガラガラ、と店の扉が開くと、会計を済ませたのに、まだ帰っていない裕司の父は、航の父と話していた。
裕司はそれを確認すると、紗耶香に声を掛ける。
「…………裕司」
「紗耶香悪い………少し話してくるわ」
「…………うん」
緊張した裕司を見つめる紗耶香の視線は心配そうだ。
「少し聞きてぇ事ある」
「…………あぁ」
「裕司、小松さん………奥の部屋使っていいぞ」
「………おじさん、すいません借ります」
奥の個室に入っていくのを黙って見ているしか出来ない紗耶香は、食も進まない。
「紗耶香ちゃん」
「っ!………航さん」
「紗耶香ちゃんの親父さん、何て言って、裕司の親父さんの連絡先渡したのか知ってる?」
「…………見るか見ないかは裕司に任せる、と……」
「ふ~ん……やっぱり知ってたんだろうな………流石、白河酒造……」
「……………え?」
「ん?何でもないよ………で?紗耶香ちゃんは見た?」
「見てないです」
「…………後で、裕司から聞けたら聞いてやって………弱ってるだろうから、慰めてやってよ」
「……………はい……」
航は、先程の様な心配している顔ではなく、肩の荷が下りた様なスッキリした顔をしていた。
☆☆☆☆☆
裕司が裕司の父と共に個室に入ると、ドカッと座る裕司。
「………航から聞いた………俺が捕まった後、アンタ達に何があったか………」
「……………私達の事は気にするな」
裕司の父は裕司の前にそっと座る。
「何でだよ………優馬が失明した、てよっぽどの事だろうが!」
「っ!………航君……そこ迄話したのか……」
「俺は………アンタ達の事……全く考えなかったからな………捕まった後、家も捨て引っ越し場所も知らねぇ俺は、アンタ達からお払い箱にされたと思ってたんだよ………だから、航からアンタがこの店に来てる、て聞いて、俺の回りに今更彷徨くな、て言おうと思ってた………」
「そう、思われても仕方ないだろうな………」
「…………お袋と優馬は?」
「母さんとは離婚している………優馬は母さんについていったが、連絡は取り合ってはいないから知らん」
「…………離婚したのはいつだよ」
「優馬が高校卒業してからだ」
「……………」
裕司は、スーツから茶封筒を出すと父に渡す。
「これは何だ?」
「お袋と優馬の所在地……親父のもあるけど……」
「調べてたのか」
「…………俺が調べたんじゃねぇよ」
「…………では、何処から」
「彼女の親父さん………白河酒造の社長なんだよ、彼女の父親」
「…………そんな大企業のお嬢さんと結婚するのか?」
「…………婿に入る………小松姓は要らねぇし」
「……………私が裕司の事を今更言える立場ではないが………大丈夫なのか?お前は………」
「知ってんだよ………俺の素性は………元々、白河酒造の前会長に俺は拾われたからな………そりゃ、調べるだろ……お嬢様が俺と付き合ってんだ」
「…………そうか……」
裕司の父は目の前にある茶封筒を見ずに裕司に返す。
「見ないのか?」
「…………母さんには連絡しない方がいい」
「…………優馬は?」
「優馬もだ」
「……………優馬も?」
「お前が大企業のお嬢さんと結婚するならな………金を要求してくるぞ」
「…………なんだよ、それ」
「優馬が失明して治療費もかなり掛かってる……高校卒業する迄は私も治療費を協力していたが、離婚してからは経済面で苦労しているらしい……優馬の事だけは今でも毎月振り込んではいたが、優馬が成人してからはしていないからな」
「優馬には関係無い事だよな?離婚は」
テーブルの上の茶封筒を見つめ合う裕司と裕司の父。目線を合わすには、時が掛かる様だ。顔はお互いに見るが、目線は合わせない。
「離婚の原因の根源はお前だ」
「…………だろうな」
「だが、その後に如何とでも修復は出来た筈だ……それを私達が出来なかっただけの事」
「………お袋に俺からは連絡しねぇよ………元々、親父にも連絡する気も無かったしな……だが、優馬は………完全に俺のせいだからな……やった奴は捕まったんだよな?」
「捕まったが、お前と一緒で傷害事件で済まされた事だ………今は何事も犯罪を犯していなければ、何処かで生活しているだろう」
「…………謝罪は?」
「……………お前がソレを言うのか?」
「………確かに……俺が病院送りした奴ら謝った事ねぇや………ちょっかい出して来やがったから返り討ちしただけだしな」
そう、裕司もだが航や彬良も好き好んで喧嘩を仕掛けていた訳ではない。日々の捌け口で暴走族をしていたら、グループ同士の抗争に巻き込まれ、返り討ちを繰り返していただけだった。
わざわざ喧嘩を売りに行く事はした事はない。
一向にヤラれない裕司達に喧嘩を吹っ掛ける事が激化し、引くに引けなくなった結果だったのだ。
「…………裕司」
「何?」
「…………お前は今、犯罪行為はしてないんだろうな?」
「するかよ……白河酒造の社員だしな………ほらよ」
「…………」
裕司は父に名刺を渡す。そこには白河酒造のバイヤーをしているという記載が明記され、バーテンダーとしての経歴も書かれていた。日本国内のバーテンダーの大会受賞歴等も書かれているのは、バイヤーとして信頼を得る為には必要の事だった。
「………そうか………安心した……すまなかったな裕司………今迄……」
「…………俺こそすまねぇ……迷惑掛けてよ……俺はもう道踏み外さねぇよ」
会話は出来ても関係は修復した訳では無い。
裕司は航から聞いていなければ、この場には居なかった筈で、紗耶香の父から裕司の家族の事を聞かされていなければ、思い出しもしなかっただろう。
高校生の時もまともに会話して来なかった裕司は、大人になって父と向き合う気になれたとも言える。
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