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恋愛開始
スィートルームのプレゼント
しおりを挟む彬良と茉穂夫婦達がが二次会へと行く中で、紗耶香と裕司はホテルに残った。
「先に部屋入ってろ」
「裕司?」
「ゴムねぇから買って来る」
「っ!………う、うん………私、家に電話入れておくね」
「…………あぁ……それは俺がしとくわ」
ホテルのロビーのソファに座る紗耶香にカードキーを渡した裕司は、近くのコンビニエンスストアにでも行くのだろう。部屋番号だけ覚えて裕司はホテルから出て行った。
―――私も連絡しておいた方がいいと思うんだけど……
紗耶香はソファから立ち上がると、エレベーターに乗り込む。
彬良が支配人であるホテルは紗耶香も知っているホテルだ。初めて会った時は、そんな立場の男だとは思わなかったが、ホテルスタッフへの対応する彬良からは、元暴走族総長とは思えない程、凛としていた。
裕司には、そういう雰囲気は程遠い程、素行の悪さが醸し出した風貌が抜けきれてはいない。仕事中でも柄の悪さは健在だった。
「…………この部屋………ね……ふぅ~……」
裕司と抱き合うのは初めてではないのに、場所が変わると緊張感が漂う。しかもこの日は茉穂と彬良の結婚式で普段よりめかし込んでいて、下着の凹凸感を極力出さないように、とブラジャーの上にキャミソールは着てはいなかった。
―――裕司が来たら直ぐにシャワー浴びてバスローブ羽織って背中隠さなきゃね……
幼い頃から祖父に背中を折檻されてきた紗耶香だ。手当も拒み続けた時期もあり、その痕が痣や傷跡になり今も残っている。医者に駆け込む事も許されていなかった紗耶香は、家のお手伝いさん達に手当をしてもらっていたのもあり、綺麗に治らないまま傷口に更なる傷が増えていたのだ。そんな傷跡を好きな人には見られたくない。例え、知られてはいても。
ピッ、とドアロックを解除し、カードキーを入口に入れると、部屋の照明が着いていく。スィートルームというだけあり、広々としたリビングが出迎えた。
「一望ね……彬良さんがゆくゆくはこの系列ホテルを仕切るなんて凄いわ」
ビル街の夜景が窓から見え、見惚れてしまう紗耶香。暫く魅入っていると、部屋のチャイムが鳴った。
「裕司?」
ドアから覗き見て、裕司だと確認すると、紗耶香はドアを開ける。
「…………部屋凄ぇか?」
「スィートだから、広いわ」
「何だよ、もっとはしゃぐもんじゃねぇのか?スィートだぞ?」
「…………はしゃぐもの?」
「…………貧困差がここに出たか………おっ!凄ぇ!」
「裕司はこういうホテルに入った事はないの?」
「スィートなんて入った事ねぇよ………」
裕司は、あちこち部屋探索を始めてしまう。紗耶香とは違い、スィートルームの部屋に泊まる事等無かったのだ。
「お、ここはバスルームか…………紗耶香、先入ってこいよ」
「………う、うん………」
はしゃいでいた裕司だが、バスルームを見てこれからの事を思い出した様だ。
「タバコ吸ってるから」
一緒に入ろう、とは裕司は言わない。恋人同士なら一緒にお風呂に入るのもあり得る事だと思われるが、紗耶香の背中の傷があるのを、見られたくないのを知る裕司だからこそ、敢えて言わないのだ。
バスルームの脱衣場から立ち去り、裕司はリビングのソファに座ってタバコを吸い始める。
「如何した?入らないままスるか?」
「…………っ!は、入るわよ!」
裕司の意図が分かり、たったそれだけでも嬉しくて、涙が出そうになる紗耶香はバスルームに駆け込んだ。
―――ベッドルームだけは照明落としとかなきゃな……
タバコ1本吸い終わると、裕司はベッドルームを確認しにいく。
「…………む、無駄にデケぇベッドだな………」
キングサイズのベッドに、裕司は彬良に文句を言いたくなっていた。
―――アイツ……この部屋に泊まる予定だったのを譲った、て言ってやがったよな……
そう、本来なら結婚式を挙げたカップル用に用意された部屋ではあったのだ。それを彬良と茉穂が紗耶香と裕司に、と言って手配した部屋だった。
彬良は裕司にだけに伝え、紗耶香には教えてはいない。充分過ぎる部屋に裕司も若干緊張していた。
「裕司?ここ?」
「っ!」
「うわぁ………大きいベッドね………」
「………お、俺も入ってくる」
緊張が紗耶香に伝わる事を避け、裕司は紗耶香が入って来るベッドルームの入口ですれ違いに出て行った。目を合わせにくい様子なのが、紗耶香でも裕司が緊張をしているのが分かってしまう。
―――裕司でも緊張するのね……
嗅ぎなれたタバコのニオイとフレグランスの香りを残して去ったベッドルームだが、紗耶香が欲しいニオイ程強くはないホテルの室内。
―――やっぱり、裕司の部屋の方が良かったのかも……
紗耶香はそんな事を思いながら、ベッド脇に腰掛けて裕司を待つ事にした。
「あ………カーテンは閉めたいな……」
夜景は見たいが、流石に気恥ずかしい。
遮光カーテンを閉めに窓際に立つが、やはり夜景に見惚れていた紗耶香は、裕司が戻る迄、窓際に立ち尽くすのだった。
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