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恋愛開始
野獣側の悩み
しおりを挟む紗耶香を送り届けてから、裕司は彬良にバーに置きっぱなしになっていた財布や自分のマンションの鍵等を取りに来た。
休業中になっているバーは、清掃や修繕も終わり、カウンターと椅子のみしか無い。
「如何なるんだ?この店」
「………紗耶香は解雇にはなったが、新たな事業を速水物産とするらしい……それに使うんじゃね?」
「ふ~ん………」
タバコに火を着ける裕司に、彬良は皮肉る。
「お前、我慢してたろ………タバコ」
「…………うるせ」
彬良もタバコを吸うと、深く肺に溜め込み煙を吐く。
「紗耶香さん………お前の好みじゃなかった筈だ……絆されたか?お嬢様、ていう高嶺の花に………手に入らねぇから気になって……て所か?」
「違ぇ…………アイツは良家の娘だが、地獄に居たんだよ……ジジイの駒だった……泣く場所も知らず溜め込んでてよ……反抗の仕方も分からない世間知らずの子供だ」
「本気に惚れた訳じゃないのか?」
「…………いや?惚れてる……でも手出しなんか出来ねぇよ……」
「…………ふっ……辛いなぁ、お前」
「…………面白そうに言うんじゃねぇよ」
2人で1つの灰皿を使い、灰を落とす裕司の顔は暗い。
「虚勢張って、弱いアイツは誰にも心を許してねぇんだ………両親にもな……」
「お前みたいじゃん」
「…………似てるんだよ……そういう所がな……俺は……航が居たから何とか幼少時乗り越えたが、アイツは俺と出会う前は無かった気がする………目が離せねぇ、と思ってたらもう無理だった」
「なるほど………で、手出しも出来ねぇってか!野獣のお前が!」
「ぐっ………」
「ムショ出て来て、白河の会長に拾われたんだよな?それから何年だ?19で逮捕されて………」
指折り数える彬良の指にタバコの火を向ける裕司。
「熱ぃ!何だよ!」
「………ムショ出ても3年ぐらい、ふらふらしてたよ……」
「え?お前、ムショ出て直ぐに俺に会いに来た、て言ってたじゃねぇか」
「荒れてたからな………女渡り歩いて紐になってたし………で、白河のジジイに拾われて、4年か………」
刑務所を出て、真面目に就職をして働いてはいた裕司だが、前科の事で定着しない仕事に、ずさんな生活に変わってしまい、そんな時に拾われた、と彬良に話した裕司。
「…………何で直ぐに会いに来なかった?」
「お前達に会わせる顔無くてよ……組からもいくつか声掛かったが、それはな……だから、お前に会いに行ってた時にお前に迷惑掛けたんじゃねぇか」
「…………はぁ……アレか……おかげで俺は転職したがな…」
「…………すまねぇな」
「いいさ、今の会社は癒やされてるしな」
「…………ん?癒やし?」
「………いい女が居るんだよ……エロいボディラインでよ」
「黒縁眼鏡にボサボサ頭のオタクで、落とすのか?」
「……………言うな……」
今度は裕司が彬良を皮肉る。
この時は、まだ彬良は片思い絶賛中だった。
「名前は?」
「………見に来るつもりだろ……お前……」
「無職だしな、俺」
「んな、明るい無職居るかよ……悲観しろ阿呆」
「…………引っ越しもしねぇとな………彬良、居候させてくれ!」
「絶対に嫌だね!狭いワンルームだぞ!俺ん家は!それにお前に女連れ込まれちゃ堪らん!」
「いいじゃねぇか………紗耶香抱けねぇんだし、連れ込む女なんて居やしねぇよ」
「付き合ってんだよな?」
「付き合ってねぇよ……お互い好きなだけ」
「……………はぁ………裕司にしては純情過ぎる娘みたいだしなぁ」
彬良が前髪を掻き上げ、肘を立てると顎を乗せた。
「抱けねぇよ……俺なんかが……白河社長が許す訳は無い……抱いてみろ……紗耶香は真っ直ぐ俺に来ちまうよ……家捨ててな……跡取りだ、婿養子迎えて会社守らなきゃならねぇ」
「…………立場考えてんのか、お前らしくねぇ……」
「考えるだろ……俺みたいな底辺の人間は、場を弁える………お前なら釣り合うだろうがな」
「…………その話は止めろ……俺は家とは縁切った」
「………悪ぃ」
酒は無いままタバコの吸い殻だけが山積みになった。
「帰るかな、そろそろ……荷造りするからマジで居候させてくれ、彬良」
「時期尚早じゃね?………白河が新事業するんだろ?雇われるかもしれねぇじゃねぇか」
「無理だろ……逮捕歴2回目だぞ?」
「任意だろ?被害届取り下げたじゃねぇか、航が」
「それでも、白河からすれば痛い失態を負わせたからな」
「…………暫く待ってろよ、引き払うのは」
「何で?」
「…………何となく」
「お前の勘、当たるからなぁ……少し待つか……」
「家賃滞納したら来い……暫くなら居候許してやる。その代わり飯作れよ」
「は?面倒くせぇよ!」
「俺が刃物恐怖症なの知ってるよな!」
「……………ちっ……航んとこ行こうかな………」
「入院中」
「……………はぁ……航……飯食わせろ~」
「てめぇがやったんじゃねぇか!」
自分が怪我を負わせたのに、親友の料理を求める野獣2人は、夜の繁華街からそれぞれ帰路に着いたのであった。
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