【完結】プラトニックの恋が突然実ったら

Lynx🐈‍⬛

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もう1人の友人

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 迎えの車を返した裕司は、もう一度スマートフォンを取り出し、再び電話を掛けた。

「…………おぅ、彬良?」
『出てきたか、裕司』

 ―――知らない名前……

 裕司は、紗耶香にプライベートの話をしてこなかったので、交友関係も知らない。砕けた話し方は決して部下や後輩に話をしている感じでもないのだ。

「あぁ、航の病院………迎えに来てくれ」
『…………ぁあ?ふざけんな!いつから俺を下僕の様に扱う様になったんだ!』
「お前も航に会いたいだろ?」
『忙しいんだよ!まだ仕事中だ!………今サボって電話してるが、お前からだから出たんだろうが!』

 話内容からして、夜の仕事をする様な人では無い様だ。紗耶香が知る裕司の取り巻きでもない。

「何時に終わるよ」
『…………せめて、終業時間迄待ちやがれ……それから家行って車取ってくるからよ……2時間は掛かるな……』
「社用車パクれよ」
『俺はお前と違って真っ当に生活してんだよ!』
「俺も真っ当に生きてるぜ?」
『…………生きてねぇよ……いいから待ってろ!』
「早くな」

 相手は、返事するより前に通話を切った。

「また航揶揄いに行くか?」
「………歩かないの?」
「んなダルい事するかよ………何時間も歩けるか、俺も……電車も嫌いだしな……お前連れてなんて、もっと嫌だし」
「電車、私乗っても良かったけど……」

 紗耶香は電車に乗った事が無いのだ。いつも車移動で、混雑する駅周辺にも馴染みが無い。

「迷子なるわ」
「子供じゃないわ!」
「………子供だよ……24歳でもな」
「…………」

 世間知らずの令嬢なのだ、電車の切符も買えないだろうし、路線も分からないだろう。

「………座ろうぜ」

 白河家で守られてきた令嬢は、白河家の庇護が無ければ、何も出来ないのだと、紗耶香はまだ分かってはいない。
 裕司は病院の外にあるベンチを指し、紗耶香を座らせる。

「裕司は座らないの?」
「あ?……タバコ吸いたくてよ……吸う場所ねぇかな、と………病院じゃ決まった場所じゃなきゃ、吸えねぇし」
「私も吸いたい」
「あ?………もう止めろ」
「何で?」
「……………俺、タバコ吸う女嫌い」
「…………え?」

 タバコを自分で吸って、紗耶香に吸わせる事もあった。しかも女性が好む銘柄のメンソールの軽いニコチンの物だ。その銘柄に裕司が変えたのは、が始まってからだ。その前は裕司のタバコはメンソールではないニコチンも強い物。

「な………何で………そんな……今更……」
「…………か……間接でもいいから、キスしたかったんだよ!」
「…………」

 そんな意味が隠されていたとは紗耶香は思わなかった。ただ、紗耶香は裕司の嗜好に合わせたかっただけで、特にタバコが好きだった訳ではない。タバコを吸い始めてから、苛々すると吸いたくなってはいたが、美味しいとは思ってはいなかった。
 紗耶香は頬を手で覆い、俯いて顔を赤らめた。キスがしたかった、と意外な言葉に意表を突かれた。

「キス………のつもりだったの?」
「………まぁな……ならバレねぇと思ってよ……下僕みてぇで」

 それからは、何を話せばいいかお互いに分からず、2時間程ただただ無言で時間が過ぎていった。

       ☆☆☆☆☆

 すると、裕司が突然立ち上がる。

「来たか」
「え?」
「迎え」
「………あぁ、友達の?」

 見覚えがある車なのだろう。スポーツタイプの車が病院の駐車場に入って来ると、裕司の方へ向かって停まった。
 助手席の窓が開き、男が車外へ顔を向ける。

「何だよ、お前1人じゃねぇのか」
「あぁ、もう1人居る」
「………これ後部座席狭いんだそ?お前後ろな」
「そのつもり」
「…………ふ~ん……」

 男はニヤニヤと裕司の顔を見ている。

「何だよ、彬良」
「…………お前がねぇ……」
「うるせ、早く鍵開けやがれ」
「へいへい……」

 ロックを解除した彬良という男。スーツ姿に、胸ポケットに黒縁眼鏡が刺さっているが、眼鏡を掛けずに車を運転していたという事は伊達眼鏡なのだろうか。

「先乗るから、助手席座れ………この野蛮人の横は嫌だろうが」

 裕司が助手席のドアを開け、シートを倒すと、紗耶香に言った。裕司は後部ドアの無い狭い座席に座るらしい。紗耶香より身体が大きいのに。

「お前が言うな前科もん」
「あ、お前航に会いに行くか?」
「別に会わんでいい……所で、解決したのか?航との事」

 車に乗り込み、早速聞いてきた彬良。

「まぁな……これからは親友だ」
「なら、3人で酒飲めるな」
「あぁ………」

 裕司が車に乗ると、紗耶香が乗りやすい様にシートを戻す裕司。

「すいません、乗せて貰って」
「いや?………裕司の女なんだろ?君……俺、彬良って言うんだ、宜しく」
「あ、白河 紗耶香です」

 彬良に『裕司の女』と言われて、ポッと頬を染めた紗耶香。
 その紗耶香を見て、裕司を睨む彬良。

「なぁ、裕司………お前……大丈夫か?」
「…………何が」
「え?……良家のお嬢様だろ、この娘……白河って言えばお前が雇われてる……」
「解雇になったよ」
「え!お前、駆け落ちすんのか!」
「するか!阿呆!」
「食ったんだろ?」
「食ってねぇ!」

 食った食わない、と裕司と彬良が言い合うが、何の意味か分からない紗耶香はキョトンとしている。
 その会話で彬良の表情が心配そうに変わった。そして、裕司に向け手を伸ばしてくる。

「…………お前……不能になったのか?」
「元気じゃ!ボケ!」

 熱を測ろうとしたのだろう、裕司は彬良の手を払い除けた。

「え?女だろ?お前の」
「…………訳あるんだよ……いいから白河家に送ってくれ……紗耶香送ってかなきゃならねぇんだから」
「何でタクシー使わねぇんだよ」
「文無し何だよ!財布店に置きっぱなしで、警察署に居たからよ」
「…………そういう事ね」
「裕司、私お金持ってたのに」
「あ?お前から出させる気なんてねぇよ」

 狭い後部座席に小さくなった姿勢で、デカイ態度の裕司。

「紗耶香さん、コイツの面子立ててやってよ………コイツ、女に金出させるの嫌いだから」
「そ、そんな小さい事で……2時間も待ってなきゃならなかったの?私」
「コイツはそういう、変なプライドあるからな………知らなかった?」
「彬良!黙れ!」
「何だよ、知っておいた方がいいだろう?」

 ミッション車のシフトを慣れた手付きで、車を運転する彬良は、裕司をよく知っている様だ。

「彬良さんは、裕司と付き合い長いんですか?」
「高校からの付き合いだ……俺はね」
「俺は?」
「航に会ったんだろ?病院に居たって事は」
「あ、はい」
「航と裕司は中高一緒の幼馴染なんだよ」
「幼馴染………」

 初めて裕司と会った頃の事を思い出す。幼馴染を思い出し、笑った裕司の顔だ。そんな幼馴染を暴行した裕司は、どんな思いだったのか、それを紗耶香が知っていたらこんな結果にはならなかったかもしれない。

「ごめんね………裕司……」
「…………如何した?」
「………航さんを殴らせて……羽美さん迄巻き込んで……」
「…………気にするな……終わった事だ」
「……………羽美………か……」

 運転席の彬良は、何か含んだ気持ちで羽美の名を呟いたが、紗耶香も裕司も聞こえてはいなかった。
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