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「扉を開けなさい!」
「お、奥様………あ、あの………何方へ?」

 邸入口の扉を中から開けない様に立つ侍従が2人。恐らく外にも待機しているだろう。

「外の客人方を門内に入れなさい………あれでは目立ってしまうでしょう?」

 門外に馬車がザッと見ただけで、5台はあったのだ。往来する人達の目がある。せめて門内に入れて侍従達が対応すればいい、とメイリーンは安易に考えていた。

「で、ですが、旦那様は来客予定が無い方を邸内には入れるな、と仰っておりまして」
「旦那様がお留守の時はわたくしが責任者ではないの?そうでしょう?クロード」
「奥様、それはそうなのですがあちらの方々は、奥様が対応される事はございません」
「…………何か隠している様だけど、こういう事も女主人が対応してこそのラビアン伯爵の品位に関わる事ではなくて?」
「…………そ、その通りではあるのですが………あちらの方々は、旦那様の過去の付き合いのあった令嬢方でして………」
「そんな方々が何故、ラビアン伯爵邸に来るの?」
「…………恐らく、旦那様への未練………かと……」
「……………なるほど……そうなのね………いいわ、わたくしが対応致しますから、門内に入れて差し上げなさい」
「奥様!なりません!旦那様が対応なさいますから!」
「まだ帰って来ないではないの………大丈夫よわたくしは『冷酷令嬢』と言われていたのですもの、嫉妬であれば如何ようにもあしらえますわ……扉を開けなさい!」
「奥様の警護にあたるのだ!」

 ―――大袈裟ね……皆……

 メイリーンは大袈裟だ、と思っていた。今迄はメイリーンがあしらっていたのはの令嬢ばかり。だが甘かったかもしれない。
 ヒューマの相手してきた令嬢達は人間だけではないのだ。

「………ラビアン伯爵邸に何用ですの?」

 門内に入って来れた令嬢達や令嬢達の侍従達の前で、メイリーンはラビアン伯爵邸の侍従達と共に対峙する。

「ヒューマ様を出しなさい!」
「結婚されたなんて信じられないわ!」
「ヒューマ様は騙されているのよ!」
「…………まぁ、怖い方々……」

 怒鳴られるメイリーンだが、メイリーンは全く相手を見ずに、目線を伏せてクスッと笑った。
 怒る相手に怒りを見せるつもりは無いメイリーン。

「何ですって!」
「この女………バインベルク男爵令嬢よ!『冷酷令嬢』の!」
「『冷酷令嬢』!?あの男漁りの?だったら、ヒューマ様は騙されていらっしゃるのよ!絶対だわ!」
「…………わたくしの事は何を言って頂いても構いませんが、わたくしを侮辱したお言葉は、ラビアン伯爵であるわたくしの夫を侮辱したのと同じ事ですわよ?そんな事も分からない方々ですの?…………見知ったご令嬢も居られますが、こんな風に押し掛けて、生家の恥になりませんかしら?」

 メイリーンには久々の令嬢達を蔑む言葉を連ね、噂通りの冷酷振りを見せてはいるが、正論ではあった。

「メイリーン嬢が言える立場かしら?貴女の男漁りは、知らない人は居ないのよ!」
「…………あら………わたくしから男性方を誘った事等ありませんわよ?………どの方々もお声が掛かり、わたくしもなら、と応じただけの事………ですが、残念な事に、皆様婚約者や恋人が居られ、男性方のにお付き合いさせられた、悲しい末路ばかり…………わたくしは令嬢達に、貴女のご婚約者は浮気しましたよ、とお伝えしただけですのよ?それ…………浮気された腹いせの仕返しでわたくしの所為に仕上げたかった令嬢の嫉妬ですわ………訂正するのも馬鹿らしくて、噂が飛び交ったのは、そんな令嬢方達が捻じ曲げて広めた話ですし………」

 メイリーンは、と聞かせた。それは、メイリーンを知るラビアン伯爵邸の侍従には、同情迄する者も出て来て、悲しみの表情を見せている。

「夫、ヒューマ様に関しても同様ですのよ?ヒューマ様がわたくしに声を掛けて来られ、わたくしは魅了されて番いになりましたわ………紆余曲折はあったとは思いますが、番いになれてわたくし、幸せですの………ご安心なさって?皆様…………これからは等、もう致しませんし、ヒューマ様の番いになりましたから、他の男性等見向きも致しませんし、ヒューマ様に他の女性に見向きもさせませんから、どうぞ他あたって下さいな」
「な、何言ったって信じないわよ!散々別れさせてきたクセに!」
「修復の余地は皆様あった筈ですわよ?しつこい男性にはわたくしから、のお手紙差し上げたり、お相手の令嬢にお知らせもした事もありました」

 温度差の違う会話が続けられ、乗り込んで来た令嬢達の怒りの熱とメイリーンの冷静な空気の間に一筋の風が吹いたと共に、邸の外から馬の蹄が近付いて来た。

「旦那様がお帰りになられたぞ!」
「奥様、お下がりを」
「何故下がる必要がありますか?旦那様をお迎えするのもわたくしの勤めです……このままでいいわ」

 侍従達より前に出ていたメイリーン。令嬢達を見つめ、冷ややかに微笑むと、また冷ややかに言葉を連ねる。

「夫が帰って来ますので、その邪魔な馬車達を退かして頂けます?お招きしてはいないのですから、さぁお帰りを」
「失礼ね!この淫乱が!」

 令嬢達の中に、獣人も居たのはメイリーンにも分かっていた。だが、獣人の令嬢は流石に人の目があるので獣姿にはならないだろう、とメイリーンは高を括っていたのだ。
 獣人は裸にならなければ獣姿にはなれない。ドレスを破って迄はその姿にならないと見ていたのだが、血の気の多い令嬢の内1人が獣姿になると、もう1人、また1人と姿を変え、メイリーンに襲い掛かろうと駆け出す。

「止めろ!我が家で何の騒ぎだ!」
「「「!!」」」

 騎乗から降りて、黒豹姿でメイリーンを守る様に、ヒューマが割り込むと、令嬢達に威嚇した為、令嬢達は留まる。

「ヒューマ様!」
「旦那様!良かった、間に合いましたな」
「クロード!どういう事だ!メイリーンには内密に対処しろと言ってあっただろ!何故こんな危険に晒す!」
「も、申し訳ありません!」

 ヒューマが令嬢達を威嚇後、邸の侍従達に檄を飛ばす。

「ヒューマ様!彼等を怒らないで下さい!わたくしが勝手に出たのです!わたくしにひた隠ししてくれてましたわ!それをわたくしが無理を言ったのです…………ヒューマ様、わたくしは大丈夫ですから」
「メイ!大丈夫ではない!振るえているじゃないか!」
「っ!………わたくしはヒューマ様が皆に怒るから、怖くなっただけです!」

 本当は、肉食獣の令嬢達に襲われそうで怖かった。ヒューマの姿を見てホッとしていたが、まだ身体が振るえている。隠そうとしていたが、擦り寄るヒューマに気付かれてしまった。

「…………そういう事にしておくか……」

 ヒューマは黒豹の姿でメイリーンの太腿に擦り寄り、尻尾で腰を抱き寄せると、令嬢達の前に向かう。

「言いたい事があるだろうが、彼女は俺の番いになった………お前達とは縁が無かった、ただそれだけだ………俺は、もうメイリーン以外の女は抱かん、立ち去れ………さもなくば、お前達の父親達に圧力を掛けるぞ」
「し、失礼しますわ!」
「帰ります!」

 ゾロゾロと、令嬢達は馬車に乗り込み帰って行く。それを見てメイリーンはその場に座り込んでしまった。

「メイリーン!」
「…………腰抜けちゃいました……びっくりして……」
「メイ、背中に乗れ……部屋迄連れてってやる」

 獣人姿のままで、ヒューマはメイリーンを乗せるのは初めてで首元にしがみついて、何とか背に乗った。

「クロード」
「はい」
「令嬢達の家にこの事を細かく説明して、報告しておけ………何処の令嬢かは分かるだろ?」
「勿論でございます………奥様に恐怖心を与えた事も含め、謝罪を求める様に通達致します」
「頼んだ」

 後日、押し掛けて来た令嬢の父親に連れて来られた令嬢達が謝罪しに来たのは言いまでも無かった。
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