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薔薇

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 急速に結婚式準備を始めるというヒューマに、メイリーンは難色を見せていた。恋人気分をまだ味わいたいメイリーンと、ヒューマの独占欲が戦っている。

「何故もう3ヶ月後に式なのです!」
「遅いぐらいだ」
「刻印の話を伺って、まだ数日しか経っていないんですよ?一般的にも早く進め過ぎではありませんか!」
「バインベルク男爵にはもう許可を頂いている………障害があるならラノックだけだ」
「で、ですが………」
「メイリーン、俺は人間の形式に法って、刻印を結婚式後に施すと言ったんだ………君が人間でなく獣人ならば、結婚式も挙げずさっさと刻印を施し、番いにしている………避妊もさせずにな」
「……………っ!」

 獣人同士の結婚は、番いの刻印を付け合い終わるものだと、メイリーンは聞いたばかりだった。それを思えば、ヒューマはメイリーンに沿った準備をしてくれていて、それでも最短で譲歩した3ヶ月後の式だった。
 執務室でヒューマに物申したくて駆け込んだメイリーンだが、ヒューマの心遣いに嬉しいメイリーン。

「…………メイ……早く、俺に心身共に君を守らせてくれ」
「……………分かりましたわ……3ヶ月後ですね……」
「愛してるよ、メイ」
「っ!…………わ、わたくしもですわ………」
「…………」
「!…………な、何いきなりドレスの中に手を!」

 ヒューマは立ち上がり、メイリーンを抱き寄せると、スルスルとドレスの裾を捲り上げる。

「…………勃った」
「明け方迄、シていたではありませんか!それから時間あまり経って無いですわ!それに、今仕立て屋さんが来られると聞いたから、ヒューマ様に文句言いに来たのに!」
「…………あぁ、ウエディングドレスのか」
「そうですわ!」
「ドレス選びは俺も付き添うから、それ迄は………」
「お仕事して下さいませ!」
「書類整理や採決より、メイリーンを愛でたいな」

 コンコン。

『旦那様、メイリーン様、仕立て屋が到着致しました』
「…………ちっ!」

 ―――ホッ……

「メイ、今ホッとしただろ」
「な、何の事でしょうか?」

 メイリーンの心の声がヒューマに聞こえた様で拗ねているヒューマが可愛く見え、メイリーンはヒューマの腕を絡めた。

「ヒューマ様のご意見、お聞かせ下さいませ」
「…………そうだな」

 執務室から出て、仕立て屋の待たされている応接室迄、メイリーンはヒューマと腕を組むままやって来ると、もう何度もメイリーンのドレスを仕立てた職人が待っていた。

「ラビアン伯爵様、メイリーン様、この度はご結婚されると聞き及び、誠におめでとうございます」
「ありがとう………彼女を目一杯美しくなるドレスを作ってくれ……俺の衣装は序ででいい」
「いけませんわ、ヒューマ様………ヒューマ様が序で等とわたくしは許しませんわよ?誰よりも雄々しく逞しく美しいお姿でなければ」
「…………メイリーン……そんなに俺を誘惑するな」
「あら、誘惑ではありませんが?」
「仲睦まじくて喜ばしいですな………メイリーン様、どの様なドレスのラインに致しましょう」

 仕立て屋がドレスラインの見本を見せて来ると、メイリーンはその見本に目を落とす。

「色っぽく、豊満な胸を強調した華やかなドレスを選ぶといい」
「…………ヒューマ様の好みではありませんか……わたくしの好みとは違いますわ」
「俺の番いだ、俺好みを言って何が悪い………あぁ、そうだ……刺繍やコサージュを付けるなら、薔薇一択にしてくれ」
「薔薇ですね………メイリーン様は薔薇がお好きですからねぇ」
「嬉しいですわ」

 大まかなデザインを決まり、ヒューマは仕立て屋に意外な質問をする。

「ラノック公爵邸と付き合いあるか?」
「ラノック公爵様ですか?………時折、ラノック公爵様の奥様方に呼ばれますが……」
「そうか………もし、ラノックにラビアン伯爵家との付き合いがあるか聞かれたら『無い』と言ってくれ」
「…………ご存知だと思いますよ?先日、呼ばれました際、メイリーン様が夜会に着て来られたドレスを色違いで作って欲しい、とラノック公爵邸の奥様に言われ、お作りしたので………」
「…………遅かったか………それならば、ウエディングドレスを作っている、とは漏らさないでくれ」
「畏まりました………私共からは漏らさぬ様には致しますが、何分仕立て屋が仕入れる布地等は、兎獣人の貴族方が仕切られている為、当店がウエディングドレスの布地を仕入れるのは、恐らく伝わってしまうかと」
「それでも、ラノックに知られる時期を伸ばせられる」
「出来得る限り内密に致しましょう」

 仕立て屋はそう言い残しラビアン伯爵邸を出たが、ヒューマの顔色は難色を示していた。

「ヒューマ様?………ラノック公爵様が妨害して来るとお思いですの?」
「…………警戒にしておくのに越した事はない……メイリーンには言わなかったが、先日あのオルゴールに描かれた地図の島で、とんでもない物を見つけたらしい」
「とんでもない物?」
「…………獣人にすれば恐ろしい物だった……」

 そのヒューマの声は冷たく、珍しく恐怖心さえ感じる。

「何ですの?それは………」
「………奴隷首輪を改良した物で、その首輪を付けられた獣人は人型にはなれず、付けている間は獣の姿で言葉も出せない………単なるだ……」
「…………え?」
「あの諸島の島は、無人島ではあったがあの諸島には大陸からでも迂回して行けば、足を踏み入れられる。あの諸島からイパ島に来る事も可能になるんだ…………今迄は、船舶の精度がイパ島に来れる程の物では無かったのだろう………より良い船が出来て、諸島を占拠してしまえば、いとも容易くイパ島に潜入も出来る筈………ラノックは諸島経由で、大陸の国と取引して、首輪を大量に生産させていた、と見てもいいかもしれない」
「…………な、何故、獣人を獣化にする首輪なんて必要なのでしょう………ラノック公爵様は人間と獣人の共存でなければいい、だけではないのですか?」
「…………そこは、調べている……獅子獣人だけの国を作るなら、他の獣人達迄奴隷にさせる可能性も出て来ているからな…………それにあのオルゴール……あれが無ければ、その保存されている金庫が開かない様だ………鍵だったんだよ、あのオルゴールは」
「鍵?その様な物何1つ入ってませんでしたわよ?」
「あの旋律だよ………先日、ラノックの邸で死んだ人間が持っていた地図は、首輪の製造工場になっていて、オルゴールの地図は保管場所だった、て事だ」
「……………まぁ……なんて事……」
「ジャイロの部隊が、工場を殲滅準備を始めた………あんな物は、イパ島だけでなく大陸の生存系も狂わせてしまう………獣人を奴隷にしている国も多く、オルタナ国の様な共存等夢に等しいが、今以上の惨劇を広めていい事ではない」
「…………そうですわね」
「幸い、オルゴールは君が持っていると思っているラノックがラビアン伯爵邸に匿われているから、表立っては手は出しては来ないが、外出時は如何なるか分からないからな………バインベルク男爵邸に居なくて良かったろ?」
「…………お父様なら、直ぐにラノック公爵様に従ってますわ」

 メイリーンとヒューマの恋愛の裏で繰り広げられた陰謀が、メイリーンにやっと見えて来た。
 緊張感を漂わせたヒューマの冷たくなった手を握り、少しでも温もりをメイリーンに与えると、ヒューマはメイリーンを抱き締めた。

「…………すまないな……こんな陰謀に巻き込んでしまって」
「…………いいえ……ヒューマ様の責任ではありませんわ………わたくしがラノック公爵様にあのまま靡いていたらと思うと、怖くて堪りませんもの………良かった……ヒューマ様と出会えて」
「メイ………なるべく1人にならない様にな」
「はい」



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