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事情

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 ヒューマの部屋に食事が運ばれる。
 明らかに2人分にしては量が多いだろうと思われた料理の数々に、メイリーンは驚いている。

「何を驚いている?」
「………いえ……バインベルク男爵家でもこれ程の量は出さないので………4人家族ですが、それ以上で驚いてますの」
「全部食うぞ………メイリーンは病み上がりでどれだけ食べるかは分からないが、獣人は人間の倍以上食べている」
「そ、そうですか………」

 鶏の丸焼きやローストビーフだろうか、塊で運ばれて、スープやパンも量がメイリーンの前に出された倍の量がヒューマの前にある。それを見事に完食するというのだから、その分消費してあの筋肉隆々な体型の維持は大変な筈だ。

「メイリーン」
「は、はい」
「侍従達から少しは聞いてるか?」
「…………帰らせて頂きたいですわ」
「それは、今から説明する事で答えを出してくれ」
「………納得出来なければ帰りますから」
「強情なお嬢様だ………冷めない内に食べよう……薄味で人間の口に合うかは分からんが」
「お昼に頂いたスープ、美味しかったですわ」
「………そうか……なら良かった」

 帰る気でいるからメイリーンは出された物や作った人に対して失礼な事は出来ないが、薄味とヒューマが言うだけあり、こればかりだと飽きそうではあるだろう。

「昨夜も聞いたが、に拘る?」
「……………言いたくありませんわ」
「如何しても聞きたいんだが?」
「ラビアン伯爵様に関係ございます?」
「…………今、捜査している事に関係ある可能性がある………教える気が無いなら、反逆者になり兼ねるが?」
「そ、そんな大それた事ですの?わたくし犯罪をした覚えございませんよ!?」

 話を始めたヒューマの言葉に、意外だとばかりの反応をするメイリーンは、千切りかけたパンを怒り混じりでぶち切った。

「言い方が悪かったな………君は何故、伴侶に獣人は嫌がる?」
「っ!…………い、言わなければなりませんか?」
「房事はしてもいいが、伴侶は駄目?今迄、獣人との恋愛はしてきたのなら、伴侶の選択肢はあるのでは?」
「…………結婚相手が只1人、と決めて頂けたら考えますわ…………ですが、そんな獣人貴族居まして?特に獅子の………っ!」

 感情任せに、まくし立ててしまったメイリーンは、獣人上位貴族に触れてしまった。不敬な事だと直ぐに口を閉ざす。

「……………ラノックか?」
「失言しましたわ………まぁ……以前に少し……」
「…………そのラノックについて、君は貰ったり預かっている物は無かったか?」
「貰ったり、預かっている物?………幾つか頂きましたわ………上位貴族の方でもありますし、捨てるのは失礼かと思い、高価な物は流石に不釣り合いだ、とお返しした事はありますが」
「それを、少し調べさせてくれないか?」
「……………構いませんが、それが何かありまして?」

 メイリーンは興味が出たのか、突っ込んで聞き返す。

「君は、それ等を貸してくれるだけでいい」
「気になりますわ………その中でもわたくし、如何しても気に入っている物がありますの……壊れたりしませんか?」
「気に入っている物?それは何だ?借りる時は慎重に扱う」
「オルゴールですの」
「オルゴール?」
「はい、とても綺麗な音色の曲なのですが、イパ島でも聞いた事の無い音色で癒やしてもらってますわ………もしかしたら、イパ島以外からの物かと……鎖国をしているのに、とても不思議なのですけど、わたくしの宝物ですわ……返して欲しい、と仰られないか、お付き合い無くなってから暫くビクビクしましたけれど」
「……………明日、それ等を預からせて欲しい」
「お預けしたら、わたくし帰れますの?」
「……………まだ、駄目だ」

 目の前のローストビーフを豪快に切り分けられたのを、ヒューマは侍従から受け取ると、それまた豪快に口に運ぶヒューマを見て、メイリーンは胃がムカムカしそうになる。

 ―――胃もたれしそうだわ、わたくし……

 さっぱりした味付けのローストビーフだろうと、ほぼ塊肉だ。量もある。

「何故ですの?」
「今朝、バインベルク男爵家に君との婚姻話を持ち掛けた」
「…………聞きましたわね、それ」
「花嫁修業もさせたいし、メイリーンに気に入って貰えるよう、暫く預からせて欲しい、と言っておいた」
「なっ!わたくしの了承無く、する事ですの!?」
「…………今、ラノックの話をしただろう?……君はラノックの餌食になりたいなら構わないが、ラノックから贈られた物は調べさせて貰いたい………その為に、君は俺の傍に居る必要がある」
「…………わたくしがラノック公爵様に言い寄られる事はもうございませんわ」
「何故言い切れる?」
「………ゔっ……今度はチキンの丸焼き……」

 ヒューマはむしゃむしゃと食べ進めてはいるが、今度はチキンの丸焼きのウィング部分を手で千切り、齧り付いている。
 メイリーンは見ているだけでお腹いっぱいになっていた。ナフキンで、口を押えてヒューマから目を逸らす。

「メイリーン?」
「…………わたくし夢中でしたのよ、ラノック公爵様に……初めて身体を捧げ、マーキングされた時は天にも登る気分でした………ですが、後から後から蛆虫が湧くかの如くに女の影がチラついて………一瞬で冷めましたわ」
「蛆虫…………プッ……ラノックに聞かせてやりたいな………」
「マーキングされた事を後悔し、わたくし3ヶ月引き篭もりましたもの」
「それは何故だ?」
「社交場に出れば、わたくしに言い寄る方が居られませんでしょう?わたくしはわたくしを愛してくれる方でなければ、わたくしは結婚致しません!獣人との婚姻は、不特定多数のパートナーを持つ種族ばかり……わたくし耐えれませんわ!」

 黒豹獣人のヒューマの前で力説するメイリーンはやはり強情さを兼ね備え、信念を貫き通すつもりの様だ。

「一夫一妻の獣人を選んでもいいのではないか?」
「肉食獣人の種族でその様な方お見えですの?狼獣人のバルサム公爵様は、ご結婚されておりますし、わたくし犬科ではなく、猫科が好みですわ!」
「…………なる程……狼は犬だな……だが、狼の愛は深い……死を分かつ迄パートナーは変えない種族だ」
「羨ましい関係ですわ」

 メイリーンが意外とロマンチックな所があると知ったヒューマは呆れる事なく、メイリーンの顔を見ている。

「確かに獅子は猫だな………仕方ない、男の獅子は女を侍らし威厳を保つからな」
「本当………いやらしい方ですわ!好きだった事に後悔し止まないですもの………所で豹は如何なのです?」
「…………獅子の様な女を侍らしたりはしないが………まぁ精力が強いからな……1人の女が全部受け取る疲労感は並大抵では無いだろう」
「……………聞かなければ良かったですわね……思い出してしまいましたわ」
「…………フッ……安心しろ、今夜は抱かん………まだ体調も良くはなってはいないのだろう?」
「わ、わたくしがいつ、此方にお世話になると言いました?」
「話が逸れたが、ラノックにまた狙われてもいいのか?此方に居たらラノックは手出しして来ないが、君のバインベルク男爵家だと、ラノックは地位をカサにして、君を寄越せと言ってくる可能性もあるぞ?」
「だから、それは絶対に無いですわよ……1年半音沙汰無いのですし」
「…………絶対に?」
「はい、絶対に」
「本当だな」
「しつこいですわね、ラビアン伯爵様」

 知らぬは本人ばかり。

「獅子の執着心は強いからな………では賭けでもしようか、メイリーン」
「賭け?何を賭けますの?ラノック公爵様の執着心を賭けてもわたくし勝ちますわ、きっと」
「では俺が勝ったら…………」
「勝ったら?」
「マーキングさせろ」
「……………嫌ですわ!」

 余程、メイリーンがマーキングされるのが嫌いなのだろうとは、ヒューマももう分かっている。しかし、必要な事だとメイリーンとの話で感情より先に任務遂行が優先された。

「マーキングするにも意味がある」
「…………意味なんて、独占欲ではありませんか、結婚するならいざ知らず、結婚もしていないのにマーキングされて………わたくしは独占欲受けるなら精神的に繋がる独占欲の方がいいですわ!痣は嫌です!鬱血痕だって痣ですのよ!いっぱい着けられて恥ずかしいです」
「そんな意味ではない………獣人のマーキングはその者を守る為に存在する」
「…………守る為……?」
「自分の匂いを相手に着け、他の獣人を牽制し、例え遠くに居てもその匂いを辿り見つけ出す……だからラノックから守る為にマーキングさせろと言ったんだ」
「…………分かりましたわ……でもわたくしが賭けに勝ったらしないですから!」
「それでいい」

 翌日に、メイリーンの実家バインベルク男爵家に行く事になり、メイリーンも体調がまだ戻らないので、食事を済ませてから直ぐに就寝する事となった。
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