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獲物
しおりを挟む古来より、人間と獣人の種族が住む世界。
人間は獣人を捉え、奴隷とし殺戮や迫害を受けていた世界で、たった1つの島だけは、殺戮や迫害に無縁の土地があった。
それがイパ島である。
イパ島に住む人間は知能の高さから島を治め、獣人は他の大陸からの迫害を防ぐ為に、島を守ってきた異色の土地だった。次第に、人間と獣人が理解し合い、人間と獣人との婚姻を繰り返してきたこの島は、大陸の国々とは違う独自の文化や風習が出来ていった。
混血になっていた家族が増えていく中、人間の生む子供の中で、人間で生まれる子供、獣人で生まれる子供も増えていき、生粋の人間、生粋の獣人は希少になりつつあるオルタナ国だった。
そんな中で、メイリーンは生粋の人間として生まれ18年。決して獣人を卑下する事は無かった彼女だが、伴侶は人間がいい、と固く誓っていた。
「お父様、わたくしは結婚相手はわたくしで決めますわ」
「メイリーン……そう言って、結婚を後回しにするのではないだろうな?」
「しませんわよ………わたくしはわたくしの愛せる方を探したいのです」
成人し、初めて招待された夜会で、気になる貴族の男を目にし、夢中になったのは2年前の16歳の時。男を何も知らないメイリーンには、その男しか目に入らなかった。
獣人で、雄々しい獣らしさがある男。周囲から若いメイリーンには不釣り合いだと、何度も言われたが、メイリーンは耳を貸さなかった。その男は獅子の獣人で、群れを成す習性があり、女を侍らすのが好きな男だったのだ。
メイリーンが求める男は、メイリーン1人を好きになる男。だがその男は真逆であるにも関わらず、メイリーンは男と関係を持ってしまった。
「メイリーン!獣人にマーキングされたのか!」
「マーキング?」
それは、獣人内では当たり前の行為。性行為の最中、獣人はお気に入りになった異性にマーキングを施す。項を噛み、自身のニオイとなる唾液を異性に流し込み、所有権を主張する行為。
その痕跡は、獣人の種類により痣が浮き出て、痣が着いた物は、その者に囚われる事になるが、痕跡が消える迄、所有者はその獣人となり、結婚適齢期を迎えた者で、伴侶探しをしたい者には、苦痛でしかならなかった。
他の異性とは関係が持てず、所有者には逆らえない、という関係になるからだ。それは、マーキングされた側に所有者が愛情があればいい事かもしれないが、メイリーンには違っていた。
夢中になった男は、メイリーン以外にも女が居て、子供も居たのである。それには、メイリーンは腹が立ち、マーキングされた痣が消えるのを待ち、メイリーンはその男への愛情も無くなった珍しい女だった。男がメイリーンを振ったのではない。メイリーンが男のフェロモンを受付けなかったのだ。
「お前は俺の女だからな」
男はメイリーンにそう言い残し、メイリーンを邸に返したが、メイリーンはそれ以来男と会うのを拒んで来た。
マーキングされたからと言って、そういう男に罰する法則は無い。何故なら、獣人の種族別の習性だからだ。獣人にはそれぞれの種族の習性に合わせた法律があり、その法律を理解出来ていない者が、獣人のテリトリーに入る事は、その者の責任になってしまうのだ。
メイリーンは獅子の習性を理解せずに、近寄ってしまった報いを受けたのである。マーキングの痕跡は約3ヶ月続き、その間メイリーンが夜会に出席しても、異性はメイリーンに近寄っては行かない。所有権を振り撒く獅子の獣人を敵に回したくないからだった。
それだけ、獅子の獣人はオルタナ国の中でも重鎮された地位に居て、好き放題していたのだ。
「番いの印をされなくて良かった……メイリーン」
「番い?何ですか?それ」
男女の関係にはこの当時疎かったメイリーンは、ただ、首を傾げていた。
「番いは、獣人の中で使われる言葉だ。番いにしたい、と獣人が思えば、項に噛み付く………生涯の伴侶とする為にな」
「マーキングとは違うのですか?」
「…………マーキングとは違う痣だ……番いの証は一生残る。マーキングは数カ月で消える………伴侶と決めた相手には、その獣人の習性により法律があり規律を守らねばならんのだ」
「い、嫌ですわ!そんな規律!」
「だから、獣人を伴侶にする場合、その習性も学んだ上で婚姻を結ばねばならん………獣人同士もまた然り………その家の主の種族に合わせられなければ、悲しい思いをするのはその伴侶………マーキングされている間、他の異性との関係を結ぶのを許されぬぐらいではあるが、その間に所有者の習性を学び、生涯共に生きる覚悟があれば伴侶となる」
夢中になっていた時間は何だったのか、とメイリーンの中で獣人への気持ちは冷めてしまい、伴侶は獣人でもいい、という概念は捨てていた。
しかしながら、人間からすれば獣人の野性的本能に憧れを持つ者も少なくない。獅子の獣人は美しく華やかで女達を魅了していた。また再びその男に会わない様に気を付けていたのである。
♠♠♠♠♠♠
ラビアン伯爵の馬車に乗せられたメイリーンは、暫く馬車の中で1人待たされた。ラビアン伯爵から少し待っていてくれ、と言われ、メイリーンは我に帰る。
「っ!…………駄目よ!やはりこんな事………」
「何が駄目なんだ?」
「くっ!」
その少しの時間は本当に直ぐで、ラビアン伯爵は馬車に乗り込んで来る。
降りようとしたメイリーンを再び押し込む様に、メイリーンの腕を取り、ラビアン伯爵は座らせた。
「や、やはり帰らせて頂きますわ」
「安心しろ、マーキングはしないつもりだ」
「………っ!」
「俺が君を気に入ったら分からんが」
ラビアン伯爵は、メイリーンの向かいに座り、見つけた獲物を吟味する様な目付きでメイリーンを見つめる。舐め回す視線が、メイリーンはゾクゾクしてしまう。
「き、気に入らなくて結構です!わたくしは、人間の伴侶を探しているのですもの………獣人の貴方にマーキングされたら、数カ月の間、外に出れませんわ!」
「出ればいいじゃないか……法律で禁止もされてはいない」
「い、嫌です!」
「…………そうか……まぁ、それは君の意思で決めればいい………俺は気に入ったらマーキングするのは、獣人としての流儀だと思っているから、君を抱いて気に入れば、遠慮なく項を噛む」
「なっ!………そこにわたくしの意思を尊重しないのですか?」
「獣人は獣人のプライドがあるんでな………気に入れば項を噛むのは、愛情表現の1つだ。手を付けた獲物に手出しされない様にする、それが他の獣人達への牽制にもなる」
「……………それは、分かってはいるのですが………気に入られなければ良いなら、わたくしは貴方の望まれる様な抱かれ方はしませんわ!」
「…………フッ……なかなか面白い事を言う……それは数多くの浮名を流した令嬢の流儀か?」
「………そう思って頂いて結構です!つまらない女を抱いた、と思って頂ける様に致しますわ!マーキングされたくありませんもの」
「…………なるほど……それはそれで……俺を楽しませてくれそうだ……」
まるで、今から房事する前提で話が進む馬車の中。
メイリーンは一夜限りの房事も慣れていているだけあって、ラビアン伯爵を楽しませる手管もあるだろうと匂わせている。マーキングしないと約束を取り付けたいのだろう。
しかし、ラビアン伯爵はそれを気にも止めてはいなかった。
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