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しおりを挟む由真はほぼ溜まっていた有給を使い果たし、久々に出社した。
「ご迷惑、ご心配お掛けして申し訳ありませんでした」
「大丈夫なのか?カウンセリングも通うと聞いたが」
「その点では少々不安要素はありますが、頑張ります」
「頼むぞ、板倉」
「はい」
休んだ分を取り戻そうと、溜まり溜まった仕事に目を通して行く由真。それでも同僚達の負担はあったのだろう。最低限の人数で働く職場であるので、1人休みが続くと大変なのだ。
それに加え、嫌がらせが重なって、心労を募らせていた同僚達も多く見えた。
由真への態度もその1つでもある。
和気藹々としていた職場が、雰囲気が悪くなっていたのだ。由真の所為ではない、と理解はしていても、その原因の嫌がらせやその後の仕事と由真の休暇で、行き場の無い怒りが由真に向くのは直ぐだった様に感じる。
「これ、宜しく」
「あ、はい……………ここについてもう少し聞きたいんだけど………」
「そんな事言わなくても分かるよね」
「……………この文章これでいいのか聞きたかったんだけど………」
「間違ってないから!」
「分かった………」
事情を知っていた同僚の栄生以外は、皆態度が冷たかったのだ。
「由真………ピリピリしてて険悪になったの伝えておけば良かったよ」
「…………元々忙しい職場だもん、校了日前に休んだ私にも責任あるし………」
「人、入れて欲しかったよ……ケチだよね、ウチの編集部」
「…………何処も人材不足なんだよ」
由真が復帰して仕事を熟せば、また元の雰囲気に戻る事を願っていたが、その雰囲気は戻らなかった。編集部の1人がミスをし、そのミスを由真に擦り付けたのだ。
「私は直してって言ったんです!」
「…………え……?」
由真は間違いを指摘した筈で、コッソリ直していたが、それを間違っていた原稿をそのまま校了日に出して印刷をしてしまった様だった。
「メーカーからクレーム来てるんだぞ!担当が謝りに行け!」
「板倉さん行ってきてよ、貴女がミスしたんだから」
完全に言いがかりであった。
「板倉…………謝罪行ってこい」
「編集長!由真だけじゃないじゃないですか!担当も行くべきです!」
「人手が足りないんだ!どっちでもいい!1人抜けるだけでも大変なのは分かってるだろ!それに板倉だって、あの企画も次を考えてもらわなきゃならん!早くどっちか謝罪に行け!」
「板倉さん、頼むわね」
「……………分かった……」
「由真………」
謝る必要の無い由真が、謝りに行き、散々罵詈雑言浴びて帰社しても、忙しさのあまりまた積み重ねられた仕事の山が、山積みになった配送の段ボールの様に見え、由真は過呼吸になってしまった。
再び、倒れたと聞いた桐生に連絡が入ると、由真を迎えに来た先で、由真の会社での対応を知られてしまう。
「由真、仕事転職したら?」
迎えに来た桐生に言われた由真は、ただ呆然と車の外を眺めている。
「…………忙しくても、仲良くやってきた職場なの………それが簡単に人って疲弊して行くと変わってしまうんだね………」
「ルポライターでもフリーで仕事してる人も居るし、他にも出版社ある………由真がそうなったのは、嫌がらせがあった所為だ………由真が悪い訳じゃない」
「…………っ……」
由真が、体調を理由に退職を決めたのは翌日の事だった。
❂❂❂❂❂
由真が会社を退職し、暫くは心のケアだけに専念させたい、と桐生に決められて、何もする事も無いので、バーの手伝いや桐生のアシスタントの様な事をして、日々を過ごし始めていた。
由真が退職して、初めての桐生の緊縛ショーの日、由真はビルの入り口に設置した受付を手伝っていた。
「久しぶりだね、板倉さんだったかな?」
「…………あ……翼希さんのお父様……ご無沙汰しております」
「…………翼希は居るかね?」
「はい…………ですが、今からバーでイベントを………翼希さんが主催なので」
「知っているよ………毎月盛況らしいじゃないか。チケットは無いが見られないかな」
「聞いてみます………あの………中へどうぞ」
桐生の父親を、観客と一緒には出来ないと思い、由真は店でもなくスタジオの方へ、朱雀を案内した。
「…………今、翼希さんを呼んで来ます」
「その前に君にいいかい?」
「私ですか?…………何でしょう」
「…………写真展の時の事、疑って悪かった」
「…………あ……いえ……」
写真展の事より、その後の清華の事で頭がいっぱいになり、由真はもう忘れていた。
それに今更謝罪されても、という気持ちの方が大きい。
しかし、朱雀は由真に対しての謝罪はまだ続ける様で、いきなり頭を下げた。
「え!………あ、あの………頭上げて下さい!」
人に謝罪等しそうにない印象だったのだ、由真は驚いてしまった。
「清華の事だ…………あの後、清華が君にした事を先日知った………それに……翼希に対しても……」
「…………ご覧になったんですか?弁護士事務所からの報告書を………」
「見ていなければ、此処には来れなかった」
「…………そう………ですよね……」
朱雀は漸く頭を上げ、スタジオの中を見渡す。
「…………変わらないな……あの当時のままだ」
スタジオにはセットが組まれていて、絶対に朱雀の記憶にある風景ではない筈で、それでも尚、懐かしむ朱雀は悲しそうに見えた。
「翼希さんが、撮影に使ってるので………」
「…………幕とか機材とか使える物はまだ使っていて、翼希らしいよ………親父の意思を受け継いでいる」
「…………大好きなんです、翼希さん………このビルが……」
「私もだよ…………生まれ育った家だ………板倉さん」
「はい」
「これからも、翼希を宜しく頼みます」
また由真に頭を下げてくる朱雀。
後悔を滲ませて頭を下げる朱雀だが、やはり人の子で人の親。息子の事を心配しているのも伝わる。
「わ、私はお付き合いしていると言っても、まだ何の約束もしてませんし………」
「…………フッ……清華の事はもう安心してくれて構わない。君の件で離婚したからね………実家に子供達を連れて帰らせた」
「…………え?……離婚されたんですか?」
「その報告もしたくてね………君にも伝えなければ、と………翼希、呼んでくれるかな?」
「は、はい………直ぐに……」
由真はスマートフォンをポケットから出し、電話を掛けると、扉を隔てた廊下からスマートフォンの着信音が鳴り響いていた。
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