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しおりを挟む特急列車で富士山に近い最寄り駅に着くと、桐生はレンタカーを借りた。
「免許持ってたんですね」
「車も持ってるから、車で来るのも考えたんだけど、ミッション車なんだ。車運転中だと手が繋げない」
「…………安全運転でお願いします」
イチャ付く前提で運転されるのも如何かと思われる。
山中湖や河口湖から富士山を見て回り写真も撮れたら、という事なら、車がある方が便利かもしれない。桐生のカメラはスマートフォンではないからだ。
「由真………湖の畔に立ってくれ」
「湖の畔に?」
「そう………あ、コート脱いでくれる?」
「…………寒いのに?」
「寒いの我慢して」
「…………はい……」
由真もせっかく、桐生が買ってくれた服を着ているのだ。写真に撮ってくれるのにコートで隠すのは勿体無い。
「ポーズ取っていいよ」
「モデルじゃないんですから無理ですよ!」
「…………左腕を腰に当てて、少し捻って」
「え!………こ、こう?」
「足は左踵に右足を持ってきて」
「っ!………モデルじゃないのに!」
「いいから………撮るからな」
「…………マジですか……」
一眼レフカメラを持っている桐生の邪魔をしない様に観光客も気を遣う様になってしまった。何枚か由真を捉えた桐生は由真を呼ぶと、由真はポーズを取るのを止める。
「良いの撮れました?」
「…………まぁまぁかな………風景に人入れるのは久々だからな」
「え?撮ってますよね」
「緊縛写真とは違うよ。室内には室内の撮り方があるし、外は外での撮り方がある。外で写真を撮るのは久々なんだ」
「やっぱり、写真家だったんですね、桐生さん」
「…………黙ってるつもりはなかったんだけどね………遠退いてから5年は経ってる……もう忘れ去られてる写真家さ」
由真は自分から桐生の過去の聞かされたのは始めてだった。
「…………そう言えば、桐生さんのお父様も写真家だったりします?」
「…………桐生朱雀?」
懐かしむ様にカメラを持つ桐生の目の色が変わる。
「あ、はい」
「親父だよ………何で知ってるんだ?」
「近々、ファッションショーとコラボした写真展を開くとかで、会社の同僚のインタビューで知りました」
「…………へぇ~……」
「見に行ったりするんですか?桐生さんも」
「そんな事やるなんて、俺は知らなかったよ」
段々と桐生の表情が固くなって行く様に見えた由真。
「私、知りませんでしたからね?桐生さんのお父様が写真家なのも、名前も」
「……………由真?」
「桐生さんは桐生さんです………写真も室内と屋外では撮り方が変わる様に、人も違いますから………私は、桐生さんの義理のお母さんになった人とは違います」
「…………そんなの当たり前だろ………元カノには未練なんてもう無い………親父と疎遠になったのは別の事さ………同じ土俵に居たんだ……影響はあったから俺は逃げた………ただそれだけ……」
「…………まだ写真、撮ります?モデル擬きで良ければ付き合います!」
馴れ馴れしいかとは思ったが、由真は桐生の腕にしがみついた。
「由真………」
「さ、寒い!………さ、寒い寒い寒い!」
「プッ………あぁ………もう!こっち来い!」
由真は寒いだけだと知った桐生。
コートを脱いで貰って何枚も写真を撮った後、着ずに喋っていたのだ。由真も我慢の限界だった。
桐生はコートのファスナーを下げ、由真を胸に納める。
「っ!………き、桐生さ……」
「あぁ………由真暖か………」
「は、はい………暖かいです……」
「ありがとうな、由真………好きだ……俺の思い違いじゃないか、て思った事もあったが………由真が好きだ……」
「っ!…………わ、私も………桐生さんが好きです………」
「…………そこは、名前じゃね?」
「っ!」
身長差もあり、由真は背伸びし、桐生は少し屈まなければキスは難しい。しかも向かい合って由真は桐生のコートの中に居た訳ではなかった。
頭1つ分ぐらいの身長差があるので、由真の頭に桐生の顎が乗った。
「ほら、言ってみ?」
「ど、どっちですか?」
「…………翼でも翼希でも……どっちでもいいかな………」
「い、嫌です!そんなどっちでもなんて……好きな人の名前は………大事に呼びたい……」
「…………失敗した………今日のデートコース………」
「…………は?呼び名だけで失敗ですか!」
「…………いや………今から由真を裸にして緊縛して突っ込みたい………何だよ………彼女にしてから可愛さ倍増してないか?由真………いい女だなぁ…………由真………これで処女ってめっちゃ拾いもんじゃね?」
由真の背後から、ギュっと抱き締められ、逃れられなくなっていた。桐生が放さないのもあるが、寒くて出たくないのもある。
その状況で甘い口説き文句を連ねられて、由真の顔は真っ赤だった。
「なぁ、由真………正直どっちの呼び名でもいいんだが、桐生さんは嫌だな……」
「あ、あの………元カノさんはどっちで呼んでたんですか?」
「は?………何でアイツの話を今するんだ?」
「違う方にしたいからじゃないですか!」
「っ!」
「…………い、嫌です………同じ呼び方なんて……」
「…………翼で呼んでた………アイツはな………」
「じゃあ、私は翼希さん、で………」
「は?そこはさん無しだろ!」
「私、年下なんですから、いいじゃないですか!」
さん付にするか如何か揉めに揉め、結局桐生は負けてくれたのだった。
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