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 繁華街の路地裏。
 そこに、隠れ家的に並ぶ居酒屋が多く並ぶビルの中に桐生が営む、【翼の蜘蛛】があった。酒と、料理のニオイが立ち込め、居酒屋が入るビル内には怪しい店も多い程、穴場になりえる場所で、治安も良い様には見えない。

「住所はこのビル………5階ね……」

 エレベーターに乗れば、卑猥な写真や番号も壁一面に貼られ、落書きも多く、目の行き場に困る状態で、由真は意気込んで店の扉を開いた。

「いらっしゃいませ」
「…………」
「お1人ですか?」

 カウンターに1人立っていて、客もチラホラ座って飲んでいる。
 店内には数多くのSM道具が飾られており、エレベーターでの目のやり場以上に、視界を何処に向けていいかも分からない。

「………あ、私………東部出版の板倉と申します……あの、取材を受けて頂けると聞き、伺ったのですが………」
「………あぁ、オーナーから聞いてますよ。ですが、今まだ取込み中でして、暫くお待ち頂けますか?………飲み物お出しします」
「………あ、じゃあ……ノンアルコールの物で何か……」
「畏まりました」

 バーテンダーはそう言うと、シェーカーでノンアルコールカクテルを手際良く作り、由真に差し出す。

「ノンアルコールですからご安心を………飲めないのですか?」
「仕事で来てますから……」
「取材、でしたっけ」
「はい」

 由真は、仕事だと念頭に入れ、ルポライターらしく、店内を見ていた。

 ---は、磔も……これ、使ってるのかな……

「お使いになりたいのなら使って下さいね。使われた後は消毒もしますから、衛生面には気を遣ってますよ」
「ひ、1人で使う人……居ませんよね?あ、あんな拘束具」
「まぁ、アレはショーにも使う事もありますけど、たいていは2人以上ですね」
「2人………以上……」
「客席にありますからね、Mが拘束され、S達が傍観なんてのも多々あります」
「っ!」

 想像してしまう由真。
 もし、由真があそこに磔にされ、自由を奪われて、好き勝手弄ばれたら、と思うと、下腹部が疼いて来てしまう。

「………Mなんですねぇ、板倉さん」
「っ!………わ、分かりますか?」
「………俺、Sですから」

 値踏みする様に見るバーテンダーに、ドキッとする由真。このバーテンダーは桐生ではないのに、S気質の人間の言葉には、由真は抗えなくなりそうな程の雰囲気に飲まれてしまいそうになる。

「んんっん!」
「………ほら、乳首勃ってる………胸もデカくなったな」

 由真の背後のソファ席に、男女数人のグループが居て、1人の男によって服の上から縄で縛られた女が喘いでいたのだが、それを他の男女が興味深く見ていた。

「………決して、強く縛るだけが緊縛じゃない。人間の数多くあるツボを刺激して結び、身体を傷付けない様にするのが、Mに気遣うSの好意だ」
「………桐生さん……」
「えぇ………予約すれば、あぁやってレクチャーするんですよ、オーナー直々にね」
「だから、取込み中なんですね」
「………えぇ、まぁ……」
「見ても構わないんですか?」
「このまま見る分には構わないです。指導は予約しないとしませんが」

 見学して直ぐに上手く縛れる訳ではない。複雑に絡み合う縄は、間違えると血管を圧迫し長時間の緊縛プレイをすると危険行為になる。だからこそ、結び目を説明しセックスを楽しむ方法として、レクチャーしているという桐生。

「そんなに親切に教えてくれるものなんですね」
「オーナーがそうなだけで、他の緊縛師は知りませんよ。ハードな人も居ますしね」
「ハードは初心者には不向きですよね?」
「…………受け入れる側にもよるのではないでしょうか」

 まだセックスの経験が無い由真には分からない世界だ。見た情報では信頼関係が成立して成り立つ行為なのは分かっていても、いざ行為をするのに恐怖心の方が強いだろう。

「やぁ、お待たせ」
「っ!」
「アンタだろ?出版社の取材って」

 どことなく影があり、色気満載で髪を掻きあげながら、ソファ席からカウンターへとやって来た桐生。

「は、はい………よく分かりましたね……私だって」
「こんなSMバーに女1人で来る物好き居ないからね。何飲んでるの?………えっと……板倉さん、だったっけ」
「板倉 由真です。飲んでるのはノンアルコールカクテルで………」
「酒飲もうよ。もしかして飲めない?」

 そう言うと桐生は、バーテンダーから無言で出されたショットグラスを受け取ると、一気に飲み干し、由真の隣に座った。

「仕事で来てますから」
「…………へぇ………でも、アンタよく来れたね、処女なのに」
「っ!」

 不躾で、桐生もまた値踏みする目で由真を見る桐生は、スーツ姿の由真を爪の先端迄、視線を送っていた。

「違う?俺、そういうの当たるんだよね。職業柄」
「…………い、いけませんか?処女がこういう場に来ては」
「いけなくはないけど、ハードル高いでしょ……しかもM気質だし?襲って下さいって言ってる様なもんだ」
「き、企画が通っちゃって………」
「ははぁ……なる程ね……大方、通らなそうだから、自分の趣味の世界の企画を立てて、自分の鬱憤を掃き出したかった訳だ」
「っ!」
「処女だし、こういう場に怖くて来る度胸無いから仕事に託つけて、て所?」
「………そ、それじゃあ駄目ですか?………み、見たかったんです……緊縛師の仕事……じ、自分じゃ……………え!」

 桐生は由真の腕を持ち立ち上がる。
 持たれた由真は何が何だか分からない。

「おいで、レクチャーしてやる」
「え!」
「取材もしたいんだろ?どうせ、俺はその為にアンタに話掛けたんだし」
「ほ、本当に良いんですか?」
「あぁ、今日予約ももう入ってないしな………VIP空いてるよな?多部」
「はい、他の個室は使用中ですけど」
「じゃ、そこで話しようか」
「は、はい………」

 話なら、別にカウンターでも良い気がしないでも無かったが、由真は桐生に案内されるまま、別の場所に移動した。
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