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 夜会当日。
 朝からフェリエ侯爵邸では、ルティアとティリス以外は慌ただしい雰囲気だった。
 フェリエ侯爵とカリーナ、スヴェンは夜会の為、着飾るのに大忙しなのだ。

「お姉様は、支度しないの?」
「私は、王城で着替える事になってるから」

 ルティアには王城から迎えが来て、着替える事になっている。
 ドレスが仕上がり、王城で保管されているからだ。
 そして、この夜から王城に住む様に決められていた。
 愛用品だけで良いから、と引っ越しも最小限だった。
 何より、フェリエ侯爵家のルティアの部屋以上に、詣せり尽くせりで、ルティア用にと物が揃っているのだ。
 それでも、何個か大き目の鞄を持って行くのだが、ほぼ楽譜だった。

「ルティアお嬢様、ティリスお嬢様、失礼致します。王城から馬車が到着致しました」
「…………ありがとう、マナ」
「お姉様………また会えますよね?」
「ティリス………えぇ、どれだけの頻度があるかは分からないけど、帰宅出来るとは思う」

 今生の別れではない筈だ。
 婚約期間がどれだけあるかは分からないルティアだが、結婚しても帰省は許されるだろう。
 リアンが却下するとは思えない。
 王城から迎えが来ると、ルティアがティリスとルティアの自室から出て行く。
 すると、慌ただしくフェリエ侯爵やカリーナ、スヴェンさえも出迎えてくれた。

「ルティア、良いか………くれぐれも粗相等無い様にするのだぞ!皇王陛下や皇妃陛下、皇太子殿下、第二皇子殿下に失礼や迷惑を掛けるな!大人しく淑やかに、目立たぬ様に心掛けるのだ!」
「…………心に留めておきます」

 婚約発表の夜会で、ルティアが何か仕出かすのでは、と思っているのだろう、フェリエ侯爵。
 この日、失態をしたら皇太子妃にはなれないかもしれない、とでも思っているのだろうか。
 
「失敗等してみろ!お前には嫁ぎ先が無くなると思え!」
「……………そんな、大袈裟な……」
「大袈裟なものか!嫁ぎ先が無くなったらお前は修道院に行かせるからな!」
「……………修道院か………」

 リアンと結婚出来なくなるとは思わないが、リアンと結婚出来なくなったら、ルティアは俗世を捨てても受け入れてしまいそうだ。
 なまじ、嫌な気はしない表情をしてしまい、それがフェリエ侯爵には、そう企む様に感じてしまった様子。

「だ、駄目だ!絶対に皇太子妃になるのだぞ!ルティア!」
「…………所詮、お父様も権力に勝てないんですね」
「馬鹿者!皇族を謀った罪を、お前だけ慮って受けて終わりになる訳無かろう!フェリエ侯爵家全てに責任を負わされ兼ねんのだ!」
「…………自分大事ですもんね、お父様は………」
「なっ!」
「お母様、お父様に泣かされたら、私に教えて下さいね、怒鳴りに帰って来ますから」
「ルティア………その様な心配は要らないわ。私も、いつも貴女に甘えていたのを卒業しないとね」

 浮気性のフェリエ侯爵に泣かされてきたカリーナも、娘に甘えてばかりでは居られないのだ。
 これからは、スヴェンやティリスも強くなってくれるだろう。

「ルティア、僕も父上の浮気癖をいつまでも見て見ぬ振りはしないから、安心するといい」
「お姉様、私もお父様に叱咤しますから!」
「わ、私の浮気の事はルティアには関係無かろう!女に惚れられる私は、女を無下にするつもりは無いのだ!」
「迫られて相手をするお父様なんて、節操が無いんです!正当化しないで下さいね!………私は先に王城に参りますので、お父様はお母様以外の女性に見向きしないで下さい!」
「ルティア、僕が見ておくから」
「お兄様、お願いします!」
「また後でね、ルティア」
「はい!行って参ります」

 フェリエ侯爵の浮気癖は、女達から言い寄られてフラフラと逢瀬に勤しむと吐かしてはいるが、そうではない。
 フェリエ侯爵も好みの女を見つければ、口説いている筈なのだ。
 それが、未婚だろうと既婚だろうと節操が無い。
 それでも、フェリエ侯爵はカリーナとは離縁しないのは、子供達の存在と、カリーナへの愛情があるからだ。
 ルティアが浮気を止めて、といつも伝えていても、フェリエ侯爵自身の見目が良いからか、女達は放っておかないのが事実で、の範囲内で後腐れない付き合いしかしないものだから、タチが悪い趣味だった。
 ルティアの背後で、フェリエ侯爵がブツブツと愚痴を言っていたが、スヴェンに口を抑えられていて、一応騎士であったスヴェンの力には敵わないフェリエ侯爵はモガモガと、何を言っているのかは分からなかった。

「プッ…………流石に力の差が出て来てるのね……もう、お年よお父様………クスッ」

 幾ら、女にモテるフェリエ侯爵でも中年なので、鍛えていないのなら、つい最近迄鍛えていたスヴェンには負けてしまうのだ、とルティアはそれが見えて安心した。

 ---お兄様、お父様の管理お願いしますね

 王城からはなかなか帰れなくなるのが寂しいが、見納めではない別れなので、笑顔でフェリエ侯爵邸を出発した。

「お嬢様、寂しくなりますね」
「…………マナは良いの?私と王城に入って、私の侍女として勤めるの」

 ルティアの世話係の侍女のマナは、ルティアに付き添って、王城勤務に変わる事になったのだ。
 リアンから、気心知れた侍女が居た方が良いんじゃないか、と提案されて、ルティアはマナに話をしたのだ。
 フェリエ侯爵もカリーナも、マナが良いなら、ルティアに付いて行ってくれ、と言われた事もあり、マナはルティアに付いて行く事を決断している。

「王城勤めは緊張しますが、私はお嬢様のお世話をしたいのです」
「…………宜しくね、マナ」
「こちらこそ、私の我儘になってしまうかもしれませんし、他の侍女の方々にご迷惑お掛けするかもしれませんが、精一杯頑張ります」

 馬車に向いあって座るマナは、ルティアの手を取り握り締めた。
 それがまたルティアには緊張を解してくれた温もりで、今夜の夜会に気合いを入れる糧となった。
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