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しおりを挟む「やぁ、ティア」
「こんにちは、注文していた楽譜、入った頃かな、て思って来たんですけど」
「あぁ、入ったよ………試し弾きするかい?」
ルティアはリアンと楽器店に来ると、店主がルティアが注文した楽譜を出してくれた。
「弾きたいです!」
「ティアは本当に音楽が好きだなぁ」
「…………リアンも好きだから此処に来るんでしょう?」
「俺は仕方なく………な」
「仕方なく?………好きじゃないの?音楽」
「ティアが弾くピアノは好きだぞ?」
「…………あ、ありがと」
リアンとの出会いの場所ではある店だが、リアンが何故この店に来るのかは分かってはいない。
楽譜を買う訳でもなく、楽器も買ったのも見た事はルティアにはなかった。
それでも、ルティアが来るとリアンに会える事も多く、月に1度か2度は顔を合わせている。
その訳を聞きたいとは思っているルティアだが、リアンの事を知り過ぎると、気持ちに鍵が出来ないのが分かるからか、聞けないでいた。
「少し聴かせてくれよ、ティア」
「うん………借りますね」
「あぁ、ティアは上手いから客寄せしてくれ」
「私を集客に使わないで下さいよ」
「良いじゃないか。儂も聴きたいんだ」
「…………はい」
楽譜を広げ、初見で奏でる旋律。
すると、街を行き交う人々がルティアの演奏に足を止め、聴き入ってくれるのだ。
ちょっとしたコンサートを味わえる人々には、癒やしになってくれている。
1曲弾き終われば、拍手も貰え、ルティアも嬉しいからか笑みを溢した。
「やっぱり、ティアの演奏は良いな」
「…………あんまり聴かせる機会無いから、こういう経験は楽しいよ」
「もっとそんな場所はこれから出てくるさ」
「そうなのかな………演奏会なんて両親はしてくれそうにないもん………成人したら分からないけど」
「俺だけに聴かせる演奏会なら、幾らでも作ってやるよ」
「なぁに?リアンの家にピアノあるの?」
「あるぞ、一応な」
「じゃあ…………いつか……ね」
「…………何か落ち込んでる様だな、ティア」
「…………そ、そう……思う?」
「何となく」
ルティアは聞かれたくない事を言わされそうな気がし、ピアノから離れ、楽譜を買おうと、財布を取り出した。
「コレで足ります?」
「あぁ、足りるよ」
「また来ますね」
「あぁ、まいどあり」
「あ、ティア!」
「…………私……帰らなきゃ……両親に外出内緒にしてきちゃったから」
ルティアは皇太子との婚姻をリアンに伝えたくなくて、楽しかった時間を無理矢理終わらせ様とする。
どう足掻いても、リアンとの恋は実らないと思えて仕方ないのだ。
買った楽譜を抱え込み、駆け足で楽器店を飛び出すと、ルティアは人混みを掻き分けて邸へと帰ってしまった。
帰宅後、案の定両親から怒られ、暫く謹慎させられたルティアだが、それからというもの街に出るのさえもルティアはしなくなった。
街に出れば、リアンと顔を合わせるかもしれず、楽器店に行きたくても行けなくなったのだ。
その頃から、皇太子の住む王城から使者が頻繁に来始め、登城の誘いがルティアに舞い込んで来ていた。
「行きません」
「ルティア!」
「風邪気味なんです!」
皇太子、ジェスターから茶会に招かれたり、サロンでの音楽会に招待されたり、と正式な招待では無いのか、断わられたら使者達は気分も害す筈だろうに、怒りを出す事なく引き下がるので、ルティアも強気で断り続けていた。
「お前が行かねば、皇太子殿下からだけでなく、皇王からも私が叱咤されるのだぞ!」
「行きたくないですし、皇太子殿下と結婚もしたくありません!」
「お会いにならねば、お父様の立場も悪くなるのよ?ルティア」
「…………わ、分かってます……でも………それなら結婚話は断わって下さい!」
「それが出来ぬから、せめてお会いして、お前の意思をお前自身でお伝えする必要があるのだ!」
ジェスターからの猛アピールが始まり1ヶ月。
フェリエ侯爵家の邸は、どんよりとしていた。
皇太子との婚姻話を嫌がるルティアが原因とも言える。
おめでたい事なのに、当の本人は嫌がっているからだ。
それに加え、皇太子妃教育なるもの迄、ルティアはさせられていて、その教育も登城して始める様に申し付けられていて、ルティアはそれさえも拒否すると、王城から教師が派遣させられる始末なのだ。
「嫌なものは嫌なんです!」
頑なに拒否するルティアに、断る理由をフェリエ侯爵やカリーナが聞いても答える事もない。
好きな人が居るから、と言えれば良いのだろうが、言った所で反対されてお終いだ。状況は変わらない。
「お嬢様、お会いになるだけなら登城しても良いではありませんか」
「会ったら最後………そのまま帰れなくなるわよ」
「…………まぁ、それは………そうですね」
皇太子妃教育をさせられる以上、詰め込む為に帰る時間を惜しみ、泊まり込みするのだ、ともフェリエ侯爵から聞かされているのだ。
それに、ルティアは直談判しにフェリエ侯爵の書斎に行った時、扉越しに聞こえてしまった事が、一番傷付いていた。
『皇太子殿下との婚姻前に、何処ぞの男と、ルティアが関係を持ってはならんのだ。純潔のまま、嫁がせねば………』
貴族間の結婚は、ふしだらな関係であってはならない。
浮気性のフェリエ侯爵の口から出たとは思えない言葉に、男は良いのに女は駄目なのか、とルティアは思えた。
フェリエ侯爵の浮気相手が貴族の女なのかはルティアは知らないが、娘の操を大事だと思うならば、自身も家族以外の女の操の心配もしたら良いのではないか、と思えてならない。
「…………そうだわ……」
「お嬢様?」
「…………マナ!街に行くから、誤魔化しておいてくれるかしら」
「え!今からですか?」
「そうよ、今から」
「また………楽器店ですか?」
「えぇ…………最近行けなかったし……結婚を嫌がるのだって、こういう自由が無くなるのが嫌なだけよ?足掻いても、どうせ如何にもならないのは分かっているわ。だから最後に………ね?お願い、マナ」
「…………今日だけですよ?もう最後だと約束して下さいね?」
ルティアの言い分も分かるのだろう。
皇太子妃になれば、今迄以上に窮屈な生活が待っていると思われるからだ。
長年仕えてきた侍女だからこそ分かる、ルティアの性格。何を言っても引かないのは分かるので、マナは渋々ルティアを送り出すのだった。
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