皇太子と結婚したくないので、他を探して下さい【完結】

Lynx🐈‍⬛

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 音楽室の扉の前の気配が消える。
 それに気が付いたルティアは演奏を中断し、人目に付かない様に自室へと戻った。

「…………お父様もお母様も、私がピアノを弾くのを止めたら来てしまうわね………その隙に……着替えて街に逃げちゃおっと」
「ルティアお嬢様!ですか!」
「っ!…………楽器店に楽譜を買いに行くだけよ。注文していた楽譜が入った頃かな、て思ったから………楽譜買ったら直ぐに帰るわ」
「また旦那様や奥様がお叱りになられますよ?」
「探しに来たら、伝えておいて、マナ」
「…………私も怒られます」
「怒られそうなら、知らないフリして」

 着替えて自室から出ようとした時、侍女に見つかるルティアだが、常習的な外出は侍女のマナには慣れっこになっていた。

「私もお供します」
「今日は直ぐに帰ってくるわよ。直ぐに弾きたいもの。それにマナだって仕事しなきゃでしょう?」
「ですが………お嬢様を1人に等……」
「誰か付いて来て貰うから!」

 ルティアは貴族令嬢らしからぬ振る舞いで、廊下を走って行くと、マナは止めに行くのを逃してしまい、手を伸ばして追い掛け様としたが、マナは掃除道具を持っていて、水が入ったバケツをぶち撒けてしまった、

「あ!…………あぁっ!もう!………お嬢様が……」

 結局、マナはその片付けに追われ、フェリエ侯爵家の侍女長からも叱られてしまう事になる。

「相変わらずね、ルティアお嬢様は」
「お止め出来ず、申し訳ありません………」
「今は此処を片付けますよ」
「はい………」

 そのルティアは、共を連れる事なく、邸から抜け出して、鼻歌交じりで足取りも軽く、街へと歩いて行った。
 首都の街は活気に溢れ、人混みの多い大通りさえ歩いていれば治安は悪くはない街だった。

って言ったけど………ティリスやお兄様にお土産も買ってこうかな………あ、いい匂い………」

 露店も並び、買い物客もごった返す通りに吸い寄せられるルティア。

「どうだい?お嬢さん」
「美味しそう………でもなぁ……」

 干し肉を焼いていた露店からの香ばしい薫りがルティアの胃を刺激するが、買うのは躊躇していた。
 幾ら平民風に装おっていても、1人で食べ歩きには慣れてはいない。
 
「ティアじゃないか」
「…………え?」

 ルティアの背後から声が掛かる。
 ルティアは街に出る時は、身分を隠して出て来ているので、偽名を使っていたのだ。
 お忍びで街に出ているのに慣れているルティアは、顔見知りの人間も居たりする。

「リアン!」

 少し歳上の青年、リアン。
 リアンとは趣味が合うのか、よくルティアが行く楽器店で顔を合わせる間柄だった。
 半年程前、ルティアが楽器店でピアノを指弾させて貰っていた時、そこにリアンが客として来ていて、それから意気投合した経緯があった。
 楽器店以外で会うのは初めてで、ルティアは驚いてしまう。

「何だ?腹減ってんのか?」
「そ、そうじゃないんだけど、匂いに釣られちゃって………」
「食うなら買ってやるよ。一緒に食おう」
「…………え?……い、いいわよ……買って貰わなくても………食べるなら自分で買うわ」

 食べてみたいとは思っていたが、悩んでいたのは1人で食べたくなかったからで、買うのを躊躇していただけだ。
 それなのに、リアンが財布を出し、店主に金を渡してしまう。

「店主、2本くれ」
「はいよ………1本銅貨3枚ね」
「ありがと………ほら、ティア」
「え!リアン!」
「あ~ん」
「っ!」

 口元に差し出された串に刺さった干し肉。
 受け取ろうにも、串の手元部分はリアンの手で、受け取る持ち場所が無い。

「じ、自分で持つわ………た、食べたら私の分は返すわね」
「奢らせろよ」
「嫌よ………そんな義理無いもの………私は1人で食べたくなかったから買うのを悩んでただけだし、リアンも一緒に食べてくれるなら、それだけで嬉しいもの」
「…………そ、そうか?」
「えぇ………持たせてよ、それ」
「…………あ~ん」
「っ!」

 食べさせてやりたい、とリアンはルティアに串を渡さないまま、口元に持って来られ、リアンは決して譲らない。

「奢らせてくれるなら渡す」
「わ、分かったから………あ、ありがとう……」
「何だよ、素直に俺の手から食べてくれりゃいいのに」
「は、恥ずかしいわよ!」

 串をルティアに持たせる隙間をリアンは作ると、ルティアは干し肉をやっと手にする。
 微かに触れ合う手だったが、それだけでもルティアは恥ずかしかった。
 この気恥ずかしさが、ルティアは何なのかを知っている。
 半年前に出会ってから、密かに淡い恋心がリアンに芽生えていたルティア。
 だが、それはリアンに伝わってはいけない恋だった。
 ルティアは貴族令嬢。リアンは平民だから。
 いつしか募り過ぎたこの想いは爆発するかもしれないが、押し殺して親が決めた結婚相手と結婚する事が決まるだろう。

 ---結婚………か……無理矢理、皇太子殿下とさせられちゃうんだろうな、きっと……

「ティア?食べないのか?」
「っ!………い、頂きます」
「美味かったぜ」
「…………うん………美味しい……こういう所で食べるのって、格別よね」
「そうだな………ところで、何でティアは此処に居たんだ?」
「あ………楽器店に行く予定だったの。匂いに釣られちゃって、この店の前で止まっちゃって」
「俺も行くから、一緒に行こうぜ」
「うん」

 歳上のリアンに敬語も使わねばならないのは理解していても、平民らしさを装わねばならないルティアには、それが自然体で居られる。
 リアンも、そんなルティアに歳下であろうとも言葉使いの悪いルティアを怒る事も無かった。
 肉を食べ終えると、ゴミになった串を露店の前にあるゴミ箱に捨てさせてもらうルティアとリアン。
 すると、リアンからルティアは手を取られた。

「人混み凄いからな」
「…………っ!」

 手を繫がれ歩くのはまるでデートだ。
 リアンから手を引かれ、背中を追うように後ろをルティアは歩くが、恥ずかしくて横に並んでは歩く勇気は無かった。
 
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