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逃亡
33 *アーロンside
しおりを挟むアーロンもレイラを探し出すのに雨に濡れていた。
必ず、アマルディア伯爵家では何かが起きるだろうと、見張らせていたのが功を奏し、レイラが護衛も付けずに雨の中を1人で出て来た、と知らせを聞き、アーロンは馬車を出していたのだ。
レイラの行く宛も分からないアーロンは、賢いレイラなら、治安の悪そうな場所には行かないだろう、と信じて大通りを探していた。
雨で視界が悪い中、人通りの少ないこの日に、1人で歩く女は少ないので、アーロンが邸を出て暫くしてから、1人で足取り重く歩く、腹の出たドレスを着たレイラを見付けた。
「こんな時迄、アーティファクトを!……止めろ!馬車を止めるんだ!」
念の為に、邸から持ち出した毛布を一気にレイラに被せ、馬車へと誘う。
何事か、と驚いたレイラの顔は、化粧も剥がれ、涙で顔はぐちゃぐちゃだったが、こんなに愛おしいと思えたレイラは美しかった。
全ての汚れを雨で流してしまいたかったのか、と勝手に勘違いしてしまったアーロンだが、この顔を見たら、カエアンに殺意さえ芽生えそうだった。
なかなか馬車に乗らないレイラ。
実際は一瞬だが、躊躇するレイラにこの時ばかり苛立った。
抱き上げたレイラは軽くて華奢で柔らかい。
ドレスが雨で吸っていても、軽いと思えしまう程、自分に腕力があったのだと思えた。
---思い切り泣けばいい………その辛かった事を、俺が忘れさせてやる!
胸にしがみつかれて泣きじゃくるレイラは、幾らしっかりしていても成人したばかりの17歳。
甘える事を知らないレイラには、甘えられる存在が必要で、それが自分であればいい、とこの時程思えた事は無い。
「クソッ!殺してやりたい!」
「まぁ、何です………物騒な言葉は……」
「母上………俺の部屋にノックも無しで………」
「ノックはしましたよ?でも返事も無いから………ふふふ……貴方がそんなに夢中になる令嬢が居るなんて、早く会いたいわ」
「っ!…………彼女は………人妻ですよ?」
「…………知らないとでも?」
「っ!」
「アーロン………貴方が今、必死になっている仕事が何なのか、母は知っています……貴方の思う様になさい………あ、後で会わせてくれるのでしょう?今日はゆっくり休んで貰って、明日には彼女の日用品等、揃えなければね………あら、私忙しくなりそうだわ………早くお嫁に来てくれないかしら」
「は、母上…………こ、恋人でもないのですから………」
全て、知られていそうな口振りのアーロンの母親。
アーロンはそんな母親にタジタジで、返事に困る。
「見縊って貰っては困るわ、アーロン………私は国王の姉………王女だった杵柄があるのよ?………国民の声を聞く耳を持たなくては……ふふふ………あぁ、楽しみ………」
「俺も、風呂に入るので………」
「はいはい…………分かってるわ……リビングで待ってますからね」
「っ!…………何でもお見通ししやがって……」
上着に刺した、レイラからの贈られたピンを丁寧に外し、手のひらの金細工のそのピンを選んだ時のレイラを想像すると、悩んでくれたのだと思う。
贈り物をした事がない女だ。
その初めての相手になった事は光栄で、家族以外の男とは1手も2手も優位に立てれた、と思えた。
「…………直ぐに会えるんだ……同じ邸に居るんだから、惚れさせてやる……」
アーロンは興奮気味に、風呂へと入り、着替えてリビングへと向かった。
「あら、めかしこんじゃって」
「揶揄うのは止めて貰えませんか?今から大事な話を彼女としたいんですから」
「…………そうね……挨拶をしたら私も下がりましょう。女主人たるもの、お客様を出迎えなければならないのですから」
「あの………圧は彼女に掛けないで下さいね?萎縮して、逃げられたら意味は無いので」
「…………ふふふ……私の息子はこんなに可愛いかったかしら………」
「母上!」
「分かってますよ」
一頻り、親子の戯れが終わる頃、アーロンは自分の部屋から持参した書類を見始めた。
アーロンの母親は、その姿を見ると黙って差し出されたお茶を飲み、一息つく。
「母上」
「何でしょう、閣下」
「領地管理の仕事を増やしますから」
「…………えぇ、それが貴方の最善であれば、邸の事は、母に任せなさい………例のあの場所かしら?」
「はい…………補佐はしたいので」
「妻にしないの?」
「……………だから、それは……彼女の気持ちがですね………」
「貴方なら大丈夫よ………母がこんなにも愛せるのだから」
「…………また揶揄う……」
「お父様の次だけれど」
「…………はいはい……」
「失礼致します、お嬢様のお支度が整いました」
侍女の言葉に、アーロンの母は立ち、アーロンの横に座り直した。
「入って貰え」
オーヴェンス公爵家の侍女の実力が発揮された、1段と見違えたレイラ。
姉、ライラとは違い、清楚さが洗礼された姿に、アーロンは持っていた書類をばら撒いてしまう。
「…………アーロン」
「っ!………あ………レイラ嬢、此方へ……」
「は、はい………」
「紹介しよう、俺の母で現国王の姉である、ケリー・オーヴェンス夫人だ」
「初めまして………レイラ・アマルディア伯爵夫人でございます……」
「初めまして、レイラ嬢………アーロンの母ですわ……私の着なくなったドレスだけれど、よくお似合いよ………此方は若くもう見えてしまうから、良ければ差し上げるわ……少し寸法を変えなければならないかしら」
「そ、そんな恐れ多い事です!上質な生地のドレスで私の様な身分には………っ!」
「アーロン!女性に何を!」
「言った筈だ………謙遜は美徳ではない、と……君は、自分に自信が無さ過ぎる!母が、君に贈りたい、と言ったら何て答えるか分からないか?」
またも、鼻を摘むアーロン。
此処では、そんな事をしない、と思っていた様な顔をしたレイラが可愛く見えるが、その性根を変える方が先だった。
「あ、ありがとうございます………ケリー夫人……この様な素敵なドレス………大切に着させて頂きます」
「…………そう、それで良い……自己肯定感が低いのは、君の今迄の苦行に過ぎない……アマルディア伯爵と離縁する迄は、この邸で過ごすと良い」
「…………え!そ、そんな………っ!」
「断らせないからな」
また鼻を摘んでやろうか、とアーロンが指を出すと、レイラは鼻を咄嗟に隠した。
---か、可愛い……
「…………っ……て事で、明日は君の必要な物を揃えるが、何があったか聞かせてくれないだろうか」
感情を押し殺し、アーロンはその手を、レイラに差し出す。
エスコートして、レイラの座る場所を知って貰う為だった。
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