何故、私は愛人と住まわねばならないのでしょうか【完結】

Lynx🐈‍⬛

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救世主

29 *アーロンside

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 王城の夜会は、アーロンには面倒な事ばかりだった。
 独身を貫き通そうとは思ってもいないが、結婚にも前向きではない。
 少し前、気になっていた令嬢が結婚してしまったと知り、少し落ち込んだが、彼女が幸せなら、と願うだけだ。
 葉巻を吸って、夜会の場へと戻ると、会いたくない連中ばかり。
 爵位を盾に威張る老貴族。
 大した力量も無いのに、自分を自慢する高飛車な青年貴族。
 香水や装飾品で飾って、厚化粧で皮を被った令嬢達。
 見るからにうんざりしながら、公爵という立場上、夜会に出ない訳にはいかず、壁際で様子を伺っていたアーロン。

「オーヴェンス公爵閣下」
「…………君は…ロヴァニエ小子爵ではないですか……初めてお目に掛かる」
「はい、マキシムと申します……ライラ」
「っ!」

 マキシムの後ろに隠れていたとは気付かず、マキシムと会話をしてしまったアーロン。

「これは、ライラ嬢も来られていたのですね」
「はい、アーロン様」
「先日は、父ロヴァニエ子爵と妹がお世話になりました」
「い、いや………あれから如何しました?企画した事業は」
「それが、あまり良い反応が無いのです………何処がいけないのかさえ分からないので、以前父から、手直しすれば成功出来る、と閣下が仰っていた、と聞き、是非その助力をお願いしたく………」
「…………手直し箇所が分からないのに、その事業を押し通そうとする方が、そもそもの間違いに気付かない……だから事業責任者には向かないのだと、何故気付かないのです?君の父上は」
「そ、それは………」

 マキシムが子爵の後継者になっても衰退するだけだと、アーロンにはもう分かってしまった。
 何故、レイラの才を伸ばしてやらなかったのか、と思うと不憫でならない。

 ---領地の人間が、賢くて不憫、と言った意味がよく分かるな………

「アーロン様、お仕事のお話は無粋ですわ……私と踊って頂けませんでしょうか」
「…………気の無い相手と踊ると、非ぬ輩達に勘違いさせてしまいますから、踊る事はしません………結婚にも婚約にも、前向きな男は沢山居ます。そういう男と踊られて下さい。ライラ嬢に恥を掛かせる気は無いのですが」
「…………誰とでも踊られないのは周知ですから、致し方ありません。今回は諦めますわ……ですが、いつか………」
「…………あれば良いですね……」

 その時、離れた場所でザワ付きを見せた会場に、歓喜の声が混ざっていた。

「あら?レイラだわ」
「え?居るのか?レイラが」
「えぇ、彼処」
「会って来よう………別荘の事で確認もある」
「アーロン様、妹に会って来ますわ………失礼致します」

 暫く様子を見ていたアーロンだが、レイラの表情が硬い。
 緊張なのか、体調が悪いのか、とアーロンの目にはそう見えた。

「おめでとうございます!後継者がもう出来るとは!」
「…………え?」

 結婚したのは1ヶ月程前。
 それにしても早い妊娠。
 時期が合わないのだ。
 ならば、結婚式前から関係があったと思える。
 カエアンの義妹への愛情が払拭されようとする事に、俄に信じたくなかったアーロン。

 ---あの体調の悪そうな虚ろな目は妊娠で………っ!行ってしまう…………

 もう今更という気持ちもあったが、アーロンは足が動き、追い掛けてしまった。

「うっ………っ………ヤダ………もう………嫌……」

 アーロンがレイラを追って見付けたのは庭の噴水。
 声を殺す様に泣き、放置する事は出来ない。
 人妻になろうとも、幸せそうには決して見えないレイラにアーロンの決意は固まった。

「どうぞ、良かったら」

 ハンカチをレイラに差し出したが、レイラも持っていて、もう絞れそうだと思える程濡れていた。

「っ!…………あ、あります……ハンカチなら持って………」
「もう、そんなに濡れて役に立つ?」

 可愛らしい声は変わらずで、灰褐色のサラサラした髪が風に揺れ、噴水の水面に移り出している。
 アーロンから見れば、何故レイラが肩身の狭い場所に居なければならないのか分からなかった。

「服が汚れてしまいます………私の事は捨て置き下さい………」
「号泣する若い女性を放置する程、俺は薄情では無いと自負しているんだが………俺が君から見えなくなるのは、君が泣きやんだ時だ」
「…………っ……っうっ……」

 ---え!更に泣かして如何するんだ俺は!

 更に泣きじゃくるレイラを、ポーカーフェイスに保つのも難しくなっていたアーロンは、レイラが喜びそうな事に話題を持っていく。

「妊娠しているんだろう?身体も冷える……中に入ったら?」
「嫌です………戻ったら……また屈辱に……耐えないと………」

 ---え?妊娠を喜んでないのか?

 涙を目にいっぱい溜め、睨むかの様にアーロンのハンカチではなく、自分のハンカチを握り締めた手には、渾身の力が入っている様だった。
 それを追求をするには情報が足りず、話を聞こうと、肌寒くなった外気に触れたレイラの肩を上着で凌がせる為に、アーロンは上着を脱ぐ。

「…………では、コレを……」
「っ!………いけません!それでは貴方が風邪をひいてしまいます!」
「妊婦の身体の方が大事だと思うけど?」
「…………戻ります……申し訳ございませんでした………オーヴェンス公爵閣下」

 レイラがアーロンを拒む理由も分かるが、何よりもレイラが自分の名を知っている事に嬉しかった。

「あれ?俺自己紹介してないよね?」
「…………貴族名鑑を見ていましたので、覚えています………私も名乗らず申し訳ございません………レイラ………っ……」
「分かっているから名乗らなくていい………察してあげるよ」
「…………ありがとうございます……」

 名を言いたくないのが、痛い程よく分かる。
 妊娠を喜べないのが何よりの証拠。
 同意でなく、カエアンに虐げられての行為からの妊娠であるならば、カエアンの愚行が益々許せない物と変わるだろう。
 遠くからレイラの名を呼び、探しに来たカエアンの声は何処か怒りが混じり、レイラを萎縮させていた。

「つ、連れが迎えに来た様ですので………ハンカチのお礼は必ず致します……ありがとうございました」
「…………うん……また…………やはり、あの男には勿体無い……ちょっとアマルディア伯爵家も調べるか……」

 レイラを見送って直ぐ、アーロンはカエアンからレイラを奪う事を決めた。
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