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救世主
28 *アーロンside
しおりを挟むオーヴェンス公爵家の邸。
オーヴェンス公爵は黒狼と異名を持つ、若き公爵だった。
国政に携わる身でありながら、派閥を好まず、自分の正しいと思った道のみ進む。
幼い時に、前公爵の父を病で亡くし、現国王の姉である母親と暮らしている。
国で問題があった時、即座に動ける様に、と領地は持たず、首都を中心に各地へ出向いては、自分の手足となり動く部下達と共に調べる事を心情としていた。
ある日、海の玄関口の1つである、ロヴァニエ子爵領で海賊の被害が多発する様になった5年前。
まだアーロンは公爵になったばかりで、前公爵の真似する事しか出来ず、自分の足でロヴァニエ子爵領へ訪れている。
「酷いな………船が……」
銛が刺さり、帆が破られたり燃やされたりと、もう走れないのではないか、と思われた船が何挺もあり、それを如何するのだろう、と港で眺めていた。
「爺や………船は直すのよね?竜骨は大丈夫かしら」
「レイラお嬢様、旦那様は古い船は破棄せよ、と………」
「走れる物なら直すんじゃないの?あんな銛が刺さっただけ、帆が燃えただけなんでしょ?」
「そう、申し上げたのですが………新しい船をもう………」
港で、爺やと呼ばれる老人と、お嬢様と呼ばれた幼い少女。
少女は10歳程なのに、船の扱い方を分かっているかの様だった。
竜骨が無事なら、他を直せば走れるのだ、と。
手には航海術や帆船の本を抱え、海の玄関口には必要な知識を会得したかの様だった。
顔は見えなかったが、アーロンには印象の強く残った少女、それがレイラだった。
そして、暫く時が経ち、次々と起きるロヴァニエ子爵の事業失敗。
海賊が出るから、と航路の警備を強化する訳でもなく、漁船迄襲われても領民を助けに行こうともしない。
収支を見れば、支出が収入より毎年上回り、逼迫する領地の資金。
新しい事業に手を出しては失敗を繰り返す、現ロヴァニエ子爵には、商人の才が無いと判断していた。
しかし、3年程経った頃、緩やかだが赤字が減っていく。
やっと、改心したかと思えた時、ふと以前見た少女を思い出した。
歳を考えればまだ成人していない少女が、そんな事をする筈はない、とは頭では分かっていたが、アーロンはロヴァニエ子爵家のレイラという少女を調べさせた。
「何を考えてるんだろうな、俺は………」
直感も時には大事で、その瞬間を逃すと、とんでもない後悔をする、と後に学ぶが、調べさせて正解だったのだ。
人は金を積めば、内密な事でも漏らす事もある。
ロヴァニエ子爵家から何人かからの情報を得られ、領民からは数々の情報を得られた。
そして、皆口をそろえたのが『レイラお嬢様は賢いのに不憫な方』だった。
不憫とはどういう事か、とはこの時思ったが、それを知ったのが更に2年も経ってしまった事にこれ程後悔した事はない。
アーロンは後手に回ってしまっていたのだ。
ロヴァニエ子爵からは何度も融資を依頼されていた。
「お願いします、閣下にしか頼めないのです!もし、融資をして頂けたなら、娘を嫁がせても………」
「馬鹿な事は言うものではない。俺が結婚を商売に使う輩だと思わないで欲しい!帰ってくれ!」
---資金難だろうとも、娘を売って金に変え、更に浪費するのだろう………娘に愛情は無いのか…………待てよ………そういえば……
目の前には事業展開の書類があり、見てみたが穴だらけで、ロヴァニエ子爵が考えそうな無謀な物だ。
だが、其処には所々、手が加えられた知的な所がある。
「子爵…………娘は……因みに誰を、とか考えているのか?」
「っ!……………は、はい!………閣下にピッタリの娘が………長女のライラが……」
「……………レイラ、ではなく?」
「は?…………いえ……レイラは………その……何も取り柄の無い娘でして……」
---何を言っているんだ、この男は!次女のレイラの優秀さが分からないのか!
ぽかん、と開いた口のロヴァニエ子爵は、何故レイラを、と思っているに違いない。
もし、この場でレイラを、と言えば、会って話をし、賢さを確認出来るだろう。
確かに、長女ライラの見目は華やかで美人だが、次女のレイラも清楚で可愛いらしい。
アーロンは貴族名鑑で顔は見ていた。
長女の影で身を潜めさせられていて、皆気が付かないが、決して醜態な令嬢でもない。
「…………もういい……こんな穴だらけの事業、どうせ失敗が目に見えてる……俺ならもっと上手くやれて、成功出来るだろうが、子爵には無理だ…………もし、助力で良いなら、次女を連れて来い。話だけは聞いてやる」
今はこれが精一杯。
接点が毒親のロヴァニエ子爵しか居ないのだから、会いに来てくれたら、いかにこの毒親の愚者振りを曝け出させてやろう、と思っていた。
だが、事もあろうにその毒親は、その事業をよりにもよって、愚息の居るアマルディア伯爵家へ持ち込み、レイラを嫁がせた。
「なんて事だ!ヤラれた!何故もっと別の方法で手に入れようとしなかったんだ!」
もう、こうなったら使える物はコネ使ってやろう。
レイラが幸せなら良いが、アマルディア伯爵家の息子と養女には、長年の噂がある。
レイラは幸せにはなれない、と分かってしまうのだ。
そして事もあろうに、ロヴァニエ子爵はライラを連れて面会を求めて来る愚行続き。
「子爵、何故事業の共同出資の話し合いで、令嬢を連れて来られたのでしょうか」
「何故って、娘を連れて来い、と仰ったのは閣下ではありませんか」
「ロヴァニエ子爵家の長女、ライラと申します。お会い出来て大変光栄でございますわ、アーロン様」
何を思って、望まぬ娘と会わねばならん、と無表情の中で怒りの炎が煮えくり返る。
「俺が会いたかったのは次女だったが?」
「レイラは嫁ぎましたので」
「……………帰れ」
「は?…………い、今何と……」
「帰れと言っている、2度も言わせないでくれ……俺はこの書類について、子爵でも長女でもなく、次女と話してみたい、と言ったのだ!もう、此処には来ないでくれたまえ」
もし、この場にレイラが居て、結婚でも考えてしまった時、ロヴァニエ子爵家の愚者達が義家族になるのは嫌だと思ったのは言うまでもない。
---やはり、ロヴァニエ子爵には失脚してもらう方が平和だな………
ロヴァニエ子爵とライラを見送った姿のアーロンの頭の中で、計画が練り上げられていくのだった。
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