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婚約
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しおりを挟むアマルディア伯爵家の邸内でも、レイラの居場所は無い。
侍女達にはカエアンからティアナを奪う悪女呼ばわりされ、カエアンには見向きもされず、ティアナはレイラを嘲笑う為に、弱い人を演じる。
アマルディア伯爵夫妻から、レイラを追い出す気配も無いまま、レイラは領地や邸の管理の仕事を卒なく熟すので、アマルディア伯爵夫妻からは、レイラを嫌ってはいても、カエアンやティアナの様な悪ふざけ的な蔑みはされなくなった。
アマルディア伯爵は、爵位と領地、邸の管理が出来る女なら誰でも良かった様で、どっち付かずではあるが、レイラには可もなく不可もなく、という態度で接してくれていた。
レイラにはそれだけでも、心が救われる。
そして、結婚式があと2週間後に迫ったある日、カエアンから部屋に呼び出されたレイラ。
ソファで、ティアナの肩を抱き、イチャイチャする2人を見せ付けられるのも、もう慣れてきてしまった。
「何のご用ですか?カエアン様」
「別荘が欲しい」
「…………私に仰られても、アマルディア伯爵家のお金の管理は私はまだ任されてませんので、許可が欲しかったら、伯爵閣下かエリーゼ夫人に申されたら如何ですか?」
「聞こえなかったのか?………ティアナが、海が見える場所の別荘が欲しいと言っている」
「では、カエアン様がご購入して差し上げれば良いではありませんか………私はお金を持っていません」
カエアンは話が通じない、アマルディア伯爵家の愚息だったのだ。
首都の貴族子息が通う学校に通っていて、成績優秀だと貴族名鑑に記載があったのをレイラが見たのだが、如何やら金を積んで買収したか、試験を偽造して卒業したかもしれない。
金を持っていないレイラに対して、高額な別荘を欲しい、と言った所で、カエアンの前にある焼き菓子の様に直ぐに手に入る訳ではない。
焼き菓子1つでも、手間暇掛けて作った物だから、簡単でもないのだが、カエアンが吐かした言葉はその作り出された焼き菓子を手にするのと同等に聞こえるのだ。
「俺は、お前が別荘をティアナに用意しろ、と言ってるんだ」
「私は別荘なんて持っていません………カエアン様は私がお金を持っているとお思いなんですか?」
「お前の実家に融資した金があるだろ!」
「…………融資は融資です……使う用途があって、それに似合った事業に出して頂いたお金であり、それ以外に使う用途はありません。現に、父、ロヴァニエ子爵はそのお金は手元に残してはいないでしょう」
アマルディア伯爵が幾らロヴァニエ子爵に融資をしたかは、レイラは知らない。
予想で、大半が浪費に消えたと思っている。
ロヴァニエ子爵はそういう男だ。
踏み倒される予測をアマルディア伯爵がしてて、レイラを買ったかは不明だ。
「良いから探せ!命令だ!」
「…………」
カエアンにはレイラが言った言葉を理解出来てはいない様子。
理解出来ていれば、そんな言葉は返ってはこない。
「融資とは別で資金提供があるのですね?」
「…………は?………お前……何を言ってるんだ?」
「言葉の通りです………融資された金額を上乗せし、その上乗せされた金額に釣り合う別荘を探すのか、若しくは融資とは切り離して、カエアン様の貯蓄の中からご購入される予定なのか、です」
「わ、分かるか?ティアナ……」
「カエアン…………私はね……海が眺められる、高台の別荘が欲しいの……内陸地のアマルディア伯爵領には無いでしょう?首都も内陸地だし、海が見える場所、と言えばこの女のロヴァニエ子爵領?が丁度良いじゃない?」
ティアナが話の論点を逸らすので、ティアナも分かってはいなさそうだ。
これまた話が合わない者同士、仲良く理解出来てはいない。
融資に上乗せするならば、ロヴァニエ子爵が返済したら、もうその別荘はカエアンの物では無い。
一生掛けても返済出来なかったら話は別だが、レイラは一生カエアンと付き合っていくのは御免なので、結婚したら行動を起こす事を決めている。
人質の様に嫁がされたのだ、逃げる場所は確保させて貰わなければならない。
「そうだな、美しいティアナが綺麗な海を見る姿はさぞ絶景だろうな」
「でしょう?カエアン」
相手にしたくないレイラ。
「…………探しはしますが、資金に関しては何方が良いのか決めておいて下さい………私は直接見て探せませんから、ロヴァニエ子爵家の者に探させて貰います………ロヴァニエ子爵家も破産寸前なので、なるべくお早めにお金を準備して下さい」
「分かった分かった………良いな、ティアナが納得する別荘じゃなきゃ、突き返すからな!」
話にならない場所に長居は無用とばかりに、レイラは部屋を出て、自室に戻った。
「…………あ、便箋を持っていなかったわ……仕方無い………誰かに頼んで便箋を譲って貰わなきゃ………」
アマルディア伯爵家の紋章の入った便箋を勝手には使えないだろう、と思い、侍女を呼び、小銭を渡して便箋を譲って貰ったレイラ。
結婚したら使えるだろうが、結婚前なので分別を弁えていたい。
しかし、侍女が持って来た便箋はアマルディア伯爵家の紋章入りの便箋だった。
「え?大丈夫なのかしら………使って……」
「はい、私は文字が書けないので、便箋を持ってないのです……なので、執事長に伺ったら許可が出まして」
「ごめんなさいね………余計な手間を掛けて」
「…………いえ………」
レイラが来た日から、身の回りの世話をしてもらっていた侍女は、ティアナを擁護している侍女とも違い、虐めてくる者の対象外の侍女だ。
言葉を交わすのは少ないが、レイラを虐めてはこないので助かっていた。
「文字の読み書き、教えましょうか?」
「え!…………と、とんでもない!私が読み書き出来たら、先輩侍女達に何を言われるか………よ、読み書き出来ない者が多いんです………平民、なので……」
「…………平民は勉強する場が少ないものね……気が向いたら言って、教えてあげる」
「…………あ、ありがとうございます!」
レイラは勉強出来る環境が、どれだけ大切なものか身に沁みている。
知識があるからこそ、人の上に立ち導ける。
領主とはそういうものだ。
文字が読み書き出来ても、役に立っていないカエアンとは違い、レイラは出来ている。
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