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プロローグ
しおりを挟むロヴァニエ子爵家が管理する商業都市でもある街の外れには、大きな邸があった。
ロヴァニエ子爵家の邸だ。
ロヴァニエ子爵は、代々この地で商業をし、名門と名高い由緒ある貴族。
だが、昨今このロヴァニエ子爵は事業に失敗し、領地は火の車となってしまった。
貿易で扱う大事な船が海賊に立て続けに襲われ、経営者のロヴァニエ子爵の度重なる無謀な商売方法に、信頼も無くしてしまい、収入が減りつつもあった。
それが、5年程続き、貯蓄を削りながら生活しなければならないにも関わらず、裕福だった時の生活水準を下げたくないロヴァニエ子爵や子爵夫人は見栄っ張りに浪費癖のある領主だった。
その2人の子供は5人居り、3番目の子、レイラはその中でも、手の掛からない子、と扱われて育った。
長男のマキシムは後継者として大事に育てられ、長女のライラは蝶よ花よ、と美を追求させ、良い嫁ぎ先に恵まれる様に、と両親の期待を一心に背負い、ライラもまた大事に育てられた。
次男トリスタンと三女セイラは双子で産まれ、セイラがまた病弱体質、トリスタンが横着者で手が掛かり、これまた両親の目が行きやすいという中で、レイラは取り残された育ち方をする。
物心が付きその様に育った為か、我儘も言えず甘えを知らず、1人閉じこもる様な引き篭もりの令嬢になってしまった。
そんなある日、ロヴァニエ子爵に縁談話が舞い込んで来る。
「皆を集めてくれ」
ロヴァニエ子爵に届いた手紙を読んだ父は、リビングに家族を集めさせた。
ロヴァニエ子爵の後ろには、家族全員の大きな絵姿が掛けられていて、ロヴァニエ子爵の自慢の絵だ。
それを背にして座るのがロヴァニエ子爵の定位置だった。
「貴方、如何なさったの?」
「父上、俺今から狩りに行く予定だったんだけど」
「私も、街に新作のドレスを受け取りに行く予定だったのに……」
マキシムとライラは何と自分勝手な言い分なのか、と思われそうだが、ロヴァニエ子爵家の侍従達は何もそれに言及する素振りも表情も見せない。
「父上、僕も兄上に狩りを教えて貰おうと準備してたんですよ?」
「コンコン………お父様………私、もう座っても良い?」
「まぁ、大変セイラ………早く座りなさい」
「セイラ、俺が抱き上げてやる」
「お兄様………ありがとう……」
家族全員、病弱なセイラを心配そうに見つめ、侍女達は献身的にセイラを快適に過ごせる様に動いている。
そのセイラは12歳であるが、双子のトリスタンとは体格差もあった。
「…………レイラは如何した?」
「レイラ?………知らないわ、お父様」
「あの娘ったら何をしているのかしら………呼んで来たのでしょうね」
「し、失念しておりました!申し訳ございません!」
「…………まぁ、良い………呼んで来ている間に話を進めるか………セイラを早く休ませてやりたいからな」
家族でも、存在感が無い扱いをされても、ロヴァニエ子爵は気にもしていなかった。
「そうね、始めて下さいな、貴方」
ロヴァニエ子爵夫人も、レイラへの無礼な態度を侍従がしても咎める事も無い。
「実はな…………縁談の話が来ている……その相手というのはアマルディア伯爵家の嫡男、カイエン卿だ」
「カイエン卿?て、事はライラが選ばれる、て事ですか?父上」
セイラが落ち着いた頃合いを見て、次々とソファに腰掛ける兄弟姉達とロヴァニエ子爵夫人。
マキシムが、ライラを指差し、その話に乗り始めた。
「え?私嫌よ!伯爵家なんて!私は最低でも公爵家が良いわ!」
「そうだよな………幾ら格上だって言っても、伯爵より上があるもんな」
「ライラは綺麗な娘ですもの。引く手あまたですわ、貴方………それにカイエン卿と言えば……」
「儂も、ライラをあの男に嫁がせる気も無い………融資を願い、最近何度も面会させて貰っている………その融資をしてくれる代わりに、娘を1人、と仰るのでな」
言うなれば、娘を金で買う、と言われている様なものだ。
「セイラは無理ですわよ、こんなにも病弱で伯爵夫人という気苦労をさせたら、もっと病になります!」
「という事はレイラ姉上に?」
「そうなるだろうな」
そうなるだろうなではなくそうしようとしている空気が立ち込めていくリビング内。
まだ当の本人のレイラが来ても居ないのに、勝手に話を進めてしまっている。
「もう一家、公爵家にも融資を願い出ている家もある………そうなれば、ライラを嫁がせる事になるだろうな」
「私、買われるのも嫌よ!社交界で見初められて恋に落ちたいのよ!その為に、新作ドレスを今日取りに行くんだから」
「見込みあるのか?ライラ」
「失礼ね、お兄様………ねぇ、お父様………融資と引き換えに嫁がせる様な事、私にはしないでね!」
「分かった分かった………おぉ、レイラ……やっと来たか」
「……………お父様、お呼びだとか……」
控え目な印象のレイラ。
ライラ程ではないが、清楚な美しさはある16歳の令嬢だ。
ライラが派手やかな薔薇の様な印象であるなら、レイラはかすみ草の様な印象。
「喜べ、レイラ………お前の嫁ぎ先が決まった」
「結婚………するのですか?私………」
「そうだ」
「お姉様を差し置いて、私が先に結婚なんて……」
「ライラにはライラに相応しい相手を探す。ライラはこの縁には相応しくないのでな」
「レイラ、貴女………セイラに譲る、なんて言わないわよね?病弱なセイラでは、その家の女主人は難しいの………ライラには長女として、由緒ある名門の家に嫁いで貰わければならないわ………それに比べて、レイラは人並みだし、望まれるなら喜ばないとね。お話が来た家は伯爵家よ!子爵より格上で、あちらはレイラに是非というのですって!」
何と言う都合の良い言い回しをする家族なのか、とレイラは内心思っていた。
家族として見ていてくれても、愛情を与えられて貰えていたのかさえも、もうレイラは彼等に期待をする事を諦めていたのだった。
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