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ヘルンの媚薬
しおりを挟むこの夜、アラムから宴席を誘われたタイタス。
女達は出席しない宴席だと聞かされた為、セシルと共に参加した。
宴席にはタイタスやセシル、レングストンの者だけではない。
アラムの即位式に参列する、ボルゾイと国交がある諸外国の要人も参加した。
「タイタス皇子、どうだ?ボルゾイのワインは。レングストンのワイン程では無いが、美味いだろ?」
「………えぇ、なかなか美味いですね。」
アラムはタイタスとセシルの前にドカッと座り、タイタスのグラスにワインを注ぐ。
「女、て何で嫉妬深いんだろうな………一夫一妻制のレングストンでは経験無かろう?」
「…………ありますよ、女の嫉妬は………特に長兄リュカリオンの結婚した頃は大変でしたからね。」
「美形な皇子だからな………ジャミーラもヘルンもあの皇太子見たさに、レングストンに行く為にアニースを監禁迄しようとした………それを目論んでいるのを知っていて、見て見ぬふりまでしたぐらいだ。」
「それで、『放浪姫』と噂が出たんでしたね。」
アラムは既にほろ酔いで、思いの丈をタイタス達に吐き出す。
「………アニースの母はボルゾイの中でも突出した踊り子だった。俺もイリーザに子供ながら目を奪われたものさ………日に日に成長していくアニースがイリーザに見えてしまっても仕方ない…………母は、本当にイリーザを憎んでいたからな……ジャミーラとヘルンを焚き付け、アニースへの態度はエスカレートしていたのを、俺も父も止めなかったのさ……母のヒステリックを見たら分かるだろうか……。」
「…………時には嫉妬は人さえも殺め兼ねますからね。」
「そうだな…………タイタス皇子、アニースをレングストンで宜しく頼む。父がまだ元気があった時に言っていた言葉だ。無事で居てくれたらそれでいい、とな。」
「…………お任せ下さい、アラム王子。」
その言葉を聞いたアラムは、微笑みその場を離れて別の国の来賓の元へと行ってしまった。
「アラム王子も良心はあったのですね……ジャミーラ姫やヘルン姫に押されてご自分を出さなかっただけのようだ。」
セシルは黙って会話を聞いていて、離れて行った後に口を開いた。
「…………まぁ、兄上達の妃も強いからな、ある意味………。」
「確かに……。」
タイタスやセシルも、この機会を利用し、他の国との交流を計る。
宴席も2時間程で終わり、タイタスもほろ酔いながら、セシルと客間に戻ろうとしていた。
「………さて、寝るか………。」
「そうですね。」
「タイタス殿下。」
宴席が終わる頃を見計らったのか、女の声がして、振り返る。
同じ様に客間に戻ろうとしていた来賓達は、その女に目線が行く。
肌が全身透ける布でかろうじて身体を隠して佇むヘルン。
もはや、全裸と言ってもいい。
「…………ヘルン姫……何か?」
「タイタス殿下、お疲れ様でした。お酒飲み過ぎたのではありません?」
「えぇ、まぁ………。」
「では、酔い覚ましにこちらを。」
ヘルンは侍女に持たせたグラスをタイタスに渡す。
「これは?」
「酔い覚ましですわ。さぁ、飲んで下さいな。」
「毒ではないでしょうね?ヘルン姫。」
ヘルンを睨む様に、タイタスの後ろでセシルが冷たい声を掛ける。
「何で毒を飲ませなきゃならないのよ、失礼ね!」
「…………セシル……人の目がある場で毒等飲ます馬鹿は何処にもいないだろう、自分が犯人だと言わせるようなものだ。」
「それはそうですが………。」
「頂こう………ヘルン姫。」
「あ、タイタス!!居た!!」
「!!…………タイタス殿下、お部屋にお送り致しますわ。」
アニース迄もタイタスを迎えに来たのか、宴席が終わった時間にやって来る。
アニースの姿を見たヘルンは、酔っ払うタイタスの腕を絡み取り、胸を押し付けた。
「!!………離せ……ヘルン姫……………くっ!!」
パリンッ………。
タイタスがグラスを床に落とす。
「タイタス殿下!!………何を飲ませた!!ヘルン姫!!」
「まぁ、大変………お部屋にお送りしますわ。」
「ヘルン姫を止めよ!!」
セシルの一声で、次々とセシルの部下が駆け寄ると、ヘルンをタイタスから剥がす。
「何をする!!私はこのボルゾイの王女だぞ!!」
「では、何を飲ませた!!あなたが王女だろうが、タイタス殿下はレングストン皇国の皇子!!やって良い事と悪い事の区別が付かないのか!!」
「何を騒いでる!!」
「アラムお兄様!!こいつら私を捕まえてるのよ!!離せ!!」
拘束されているヘルンを見たアラム。
しかし、状況が状況。
タイタスはヘルンに何かを飲ませたのは明らかだった。
「ヘルン!!タイタス皇子に何を飲ませた!!場合によっては国際問題になるんだぞ!!」
「何よ!!媚薬飲ませただけよ!!この男、全然私の魅力に気付かないから、骨抜きにしてやろうと思ったから飲ませたのよ!!」
バチンっ!!
アラムが、ヘルンを殴った。
「衛兵!ヘルンを後宮に押し込めろ!!」
「何でよ!!悪い事なんてしてないわ!!………!!離しなさいよ!!ちょっと!!」
アラムは酔が覚めたのか、しっかりした足取りでタイタスに近付く。
「タイタス皇子、大丈夫か?」
「…………な……んとか…………あ……つ……い……。」
「いかん!!早くタイタス皇子を部屋に運べ!!」
「タイタス!!大丈夫?」
「アニース!!近付くな!!」
「アラム?」
「アニース様は近付かない方がいいです。タイタス殿下は媚薬をヘルン姫に飲まされました。治まる迄、タイタス殿下の前に姿を現さないように。」
「で、でも……。」
タイタスは媚薬の効果が身体中に行き渡っているのか、熱っぽく色気を醸し出している。
3人掛かりで、タイタスは客間に押し込まれ、その部屋の前に迄着いて来たアニース。
「セシル殿、タイタス皇子にその場限りの女を充てがう事は出来るが、どうする?」
「飲んだ媚薬は強力なのですか?」
「ヘルンが用意したから恐らく強力なものだろうな………1人の女だけでは治まらないかもしれん。」
「駄目だ!!タイタスは複数の女を相手出来るような人じゃない!!」
「アニースは部屋に戻れ。お前が居た所でどうにもならん。」
「……………アニース様……あなたはタイタス殿下の妃になるおつもりですよね?」
「………セシル?………何か考えがあるのか?」
セシルは自分の服から箱を取り出し、アニースに渡す。
「恐らく、タイタス殿下はご自分を治める為にその場限りに充てがわれた女を抱きたくないでしょう…………妃にしたい、と考えておられるアニース様以外、抱きたいと思わない筈。ですがそれはアニース様にも負担は掛かります。その覚悟がありましたらタイタス殿下のお相手をお願いします。もし、その覚悟がまだ無いのなら、この部屋には誰も入れさせません。タイタス殿下が治まる迄誰1人入れませんから、今結論をお出し下さい。」
部屋の中で呻き声が聞こえる。
息遣いも荒く苦しそうにしているように思えてならないアニースは決断を迫られるのだった。
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