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赤ちゃん返り
しおりを挟む「冗談じゃないわ!何でアンタと一緒の部屋に閉じ込められなきゃならないのよ!」
「それはこっちの台詞よ!」
「アンタ、好き勝手やったんでしょ!私は3年振りにレングストンに来たのよ!私の事なんて記憶に残る筈ないじゃない!」
ウィンストン公爵が客間から離れて直ぐ、ジャミーラとヘルンの喧嘩が始まった。
ジャミーラが3年前での所業を覚えていないだろう、と思ったのはジャミーラの勝手な思い込みなのだが、そのせいでレングストン王族を筆頭に、貴族達のボルゾイへの印象も最悪の上、同席した他国の貴族達の評判も決して良い物とは言えず、ボルゾイは3年もの間、交友国からの招待も無くなった。
よって、他国への外遊もないまま、ジャミーラやヘルンの所業は大人しくなるどころかエスカレートしていたのだ。
「目立たなきゃ意味ないじゃないの!アニースにも邪魔されたんですからね、私は!あと、第二皇子妃に殴られたのよ!私は!」
「仕返しせずに帰って来て、こんな所に閉じ込められちゃ世話ないわね!」
「とりあえず、あの女に仕返ししたいわ!」
「でも衛兵が部屋の外に居るのよ?しかも、窓の下にも居るわ。」
「自由になるなら、勉強しろ、ての?」
「仕方ないわね、少し従順にしてれば出れるなら、従ってやろうじゃない。」
ジャミーラとヘルンがそう決めたのも束の間、直ぐに後悔する事になる。
数時間後、衛兵によって食事が運ばれ、それを食べると、セシルがやって来た。
「失礼致します。こちらに、ジャミーラ姫、ヘルン姫に覚えて頂きたいレングストン国内領土の分布図と、その領主名、領主家族、領土の名産品、産業、人口数、領土面積の資料。そしてボルゾイ国内との国交、輸出入のリスト、取引単価、年の需要と供給の配分でございます。これらを今日と明日、この時間迄覚えて下さい。明日どれだけ覚えて頂けたか確認致します。」
山積みの本と地図、資料がテーブルの上に置かれ、セシルは無表情でジャミーラとヘルンに告げた。
「はぁ?1日で覚えろ、て言うの!」
「勿論です。日々消費量や生産数も変わります。いつどう変更されたかの変化を知るのも重要ですから。」
「無理に決まってるでしょ!」
「皇子妃であれば、夫である皇子の代行を行う事があるのです。覚える気がなければご帰国下さい。」
「帰る訳ないでしょ!」
「では、覚えて下さい………覚えていないなら、妃候補にはなれないので、いつでもお帰りになって頂いて結構です。失礼致します。」
セシルが客間を出ると、扉に向け、バサバサと本がぶつけられたような音がする。
余程腹を立てているに違いなかった。
「セシル、如何だった?」
セシルがリュカリオンの居る執務室に戻ると、リュカリオンが仕事の手を休め、机に向かおうとするセシルに聞いた。
「まぁ、無理でしょうね、無理だ、と言うので、帰れと言えば、帰らない、と我儘を言いますし。」
「何をあんなに意地張るのか…………。」
「殿下は、何か訳があると?」
「…………あればその意地の様な執着心を解ける糸口になるんじゃないか、とな。」
リュカリオンは、背筋を伸ばし、椅子の背もたれに凭れた。
そして、肩が凝っているのか、首を回す。
「アニース姫から聞いたあの2人の性格は、兎に角嫉妬心が凄いと。彼女達の母親、ボルゾイの正妃はアニース姫の母親への嫉妬心が、自分に移った為に、それをジャミーラ姫達はアニース姫を冷遇してきたんだと仰ってましたね………肩揉みましょうか?」
「…………アニースが自分達より幸せになるのは許せない、か………あぁ、いや首を寝違えたんだ。ヴィオを最近寝かしつけてるからな……ナターシャが妊娠して、お腹の子の為にナターシャも何かと気を使うだろ?ヴィオがそれに気付くから、最近夜泣きが酷くてな。」
「ジャミーラ姫達はヴィオ様と行動が同じですね。まるで子供だ。」
「……………ヴィオとあんな女達と一緒にするな。」
リュカリオンは嫌そうな顔を隠さない。
「誰が一緒と言いました?嫉妬心が同じ、と言ったんですよ。」
「一緒と同じと何が違う。」
「ヴィオ様は、ナターシャを弟君か妹君に取られた気になってるんですよ。まだ1歳でその理解は出来ない。その感情をそのまま自分達の中で処理する方法が分からないまま大人になったのはジャミーラ姫達、て意味です。大方、姫達の母親に『お前達の父親を奪った女』とか、『その女の産んだ娘だけに父が愛情を注ぎ、お前達に愛情を注がないのはその娘が一番だからだ。』とか言ってきたんでしょうね。」
「……………お、俺でも分かるぞ、そんな言葉浴びせる事は駄目だと……。」
「普通は言わないでしょうね。ですが、殿下もお気を付けを。ヴィオ様にはヴィオ様への愛情を注ぎ、2人目は同等の愛情を注がなければあんな女になりますからね。だから、そうならない為に、言葉を理解出来る歳になられる迄2人目は、とナターシャは言っていたのに…………知ってます?『赤ちゃん返り』という行為。」
ナターシャからセシルは愚痴でも聞いていたのだろうか、何気にリュカリオンにボヤくセシルだが、後の言葉でリュカリオンは突っ込めなくなった。
「赤ちゃん返り?」
「ヴィオ様の嫉妬心は今赤ちゃん返りですよ。」
「夜泣きや、ナターシャから離れたがらない事がか?」
「えぇ、カイルが赤ちゃん返りしましたからね。母上がナターシャを妊娠中に。」
「どうやって改善したんだ?」
「確か、母上はよく抱き締めてましたね、カイルを。ナターシャが産まれても、寝ていたり泣いていても、カイルの我儘をよく聞いてましたよ。侍女にナターシャを任せて。私はカイルと少し歳は離れてますが、カイルが泣いていても、私に付添ってくれてましたね……それを、カイルが満足する迄続けていたので、いつの間にか癇癪を起こさなくなりました。」
「…………覚えておく。ナターシャはそれは知ってるのか?」
「知らないんじゃないですかね、末っ子ですし。今ナターシャがヴィオ様の癇癪に困っているなら、教えてやって下さい。」
「所で、セシル……。」
「はい。」
「お前、何でナターシャから2人目の子の懐妊の件で愚痴られたんだ?」
「…………あぁ、殿下が心狭い、と言う話の流れで、『もう少しヴィオが大きくなってからが良かった』と『トーマス殿下への対抗心が』と………あ、この話、父も知ってますから。」
「…………………。」
「気にしないで下さいね、殿下。父がナターシャに気に掛けて聞き出しただけなので。殿下の性格から、ラメイラ妃が双子、と聞いて恐らくそうだろう、と。」
何もかもリュカリオンの行動をウィンストン公爵家の面々は理解力があり過ぎて、リュカリオンは面白くない。
もう、絶句するしかなかった。
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