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アニースの恋路
しおりを挟むアニースが馬に乗る間、タイタスは付き添ってくれていた。
「タイタス殿下は、お忙しいのではないのか?」
「俺は軍事訓練終ったらもう予定はないので。それに妃候補のアニース姫でも客人扱いだから、何かあっては、と…………以前、ラメイラを怪我させてしまったから。」
「ラメイラは今は元気だが、どういった怪我を?」
「…………俺が突き飛ばして足を骨折させたんだ。」
タイタスは、ラメイラとロレイラの一件から大人しくしていた。
公務や仕事以外の人との関わりを極力避け、妃候補のアリシアやアニースの勉強の講師以外、人を避けていたのだ。
「何故突き飛ばしてしまったのか聞いても?」
「……………俺が人を見る目が無いんだ。」
「………そうか?タイタス殿下は軍の隊長なのだろ?軍の統制も出来ていて、観察力があると思うが?」
「そういうのは分かるんだ。俺が言うのは内面を見る目だ。」
雄々しさは健在のタイタスだが、落ち込んでいるのがアニースでも分かる。
「タイタス殿下はまだ経験不足かもしれないな。人の内面は、表情で見抜ける事等少ない。沢山の人と会い、会話し分かる面もある。外見からでも嫌な人間も居るが、ふとした所で正直な仕草や目線で、嘘か本当の事を言っているのは分かるぞ?私の義姉妹なんて裏も無い高飛車な性格ばかりだから、いい面を探してみてはみたが、全く探せないからな………彼女達の命令で仕方なく私に冷遇してきた侍従達は、やりたくてやっていた訳ではない者も居た………観察力を養えば自ずと見れると思うぞ?」
「……………そうなんだ……。」
「ラメイラから聞いたのだが、ラメイラはあなたの妃になりたかったそうだが、何故妃にしなかったのだ?ラメイラは魅力的な人だ。」
馬を並べ行く宛のなく歩くアニースとタイタス。
するとタイタスは馬をある場所で止めた。
「知らなかったんだ………ラメイラの気持ちに気付いてやれなかった。ずっとラメイラはトーマス兄上が好きだと思ってたから……それに、まだその頃も俺の中にはナターシャが占めていて、別の女にその虚しい気持ちを埋めて貰っていた………それが原因でラメイラに怪我をさせたんだ。俺がその女の真意が分かってたら、ラメイラを突き飛ばすなんてしなかっただろうな………。」
タイタスが馬を止めたので、アニースも止め、タイタスを見た。
「タイタス殿下は、その女に騙されてたのか?」
「ああ…………その女はナターシャを狙ってた。リュカ兄上の元許婚だった令嬢で、騙しやすい俺に近付いてたのを俺だけが知らずにね。ラメイラを疑って、ラメイラを見ようとしなかった。ずっと友達みたいな感覚だったし、ラメイラの気持ちも知らず、その女の事が片付いた時、ラメイラと向き合えるかと思ったら、既にトーマス兄上がラメイラを掻っ攫ってたよ………ラメイラはここで俺に告白してくれたのに、俺は応えられない、と言った後、もやもやとした気持ちが湧き出て、また好きな女が、兄上達に取られた情けない男だな、とね。だからかな、あんまり仕事以外人と関わりたくなくてね。」
「タイタス殿下は損な役回りだな。」
「………かもね。ナターシャもラメイラも違うタイプなのに、ナターシャに振られて、ラメイラに、と思えなかった結果がコレだよ。」
「いいんじゃないか?それでタイタス殿下が、本当の幸せを手に入れる為の必要な人生なら。」
「…………本当の幸せを手に入れる為の必要な人生………。」
アニースはタイタスに微笑む。
「私の持論だけどな。私は義兄姉達に殺され掛けたからな、足掻いて足掻いて足掻き捲って、今ここに居る。タイタス殿下も今足掻いているんだよ。私はレングストンに来られて良かった。父上に会えないのは寂しいし辛いが、3年前にボルゾイを捨てた身だから、別れを覚悟しているし、妃候補という有り難い身で勉強もさせて貰えて今は幸せなんだ。例え、皇子の誰かの妃にならなくとも。だが、世話になった人が義姉のような女を選ばなければいいと思ってる。」
「アニース姫はしっかりしてるんだな。俺にもその力を分けて欲しいよ。」
アニースの言葉でタイタスの表情が明るくなった。
木漏れ日が射す森でラメイラがタイタスに告白した場所で、タイタスが落としてそのまま置き忘れたモノを拾えた気分だった。
「タイタス殿下、馬から降りて貰っていいか?」
アニースは馬から降りて、手綱を木の枝に括り、タイタスの方に近寄る。
「如何した?」
タイタスは素直に降りると、アニースに肩を掴まれる。
「殿下にしていい事ではないとは思うが、少し腰を落としてもらえないだろうか。」
「?…………これぐらい?」
「…………うむ………失礼する。」
アニースはタイタスの前髪を掻き上げ、自分の額を付けた。
「!!」
「…………大丈夫………あなたは頑張れます。私も応援しましょう。」
アニースはタイタスの額から離れ、少し照れている。
「遊牧民の長老が私にした『まじない』だ。気休めだけど、少しでも前を向けるように。」
「…………アニース姫………ありがとう、その気持ちに感謝するよ。」
「私で良ければいつでも愚痴聞くぞ?」
「そこ迄、俺弱って見えるのか?」
「生真面目で正直なタイタス殿下は嘘が付けないから、弱って見えてたぞ?ラメイラの話をする時は。」
「ラメイラとは付き合い長いからな、何か片割れが旅立った感じではあるんだけど、『女』だったのがショックだったんだなぁ……と思う事にするよ。」
「うむ、それは間違ってないんじゃないかな。」
「…………アニース姫。」
タイタスは、考え込んだ後アニースに声を掛けた。
アニースは馬の手綱を取りに戻ろうとするが、振り返る。
「ん?」
「………俺の妃になる事を考えてくれないか?」
「………………タイタス殿下………急だな……。」
アニースはきょとん、と呆気に取られた表情をしている。
「単純なんだよ、俺は………恋の駆け引きとか俺は苦手らしい。そこに愛情が芽生えるかは分からない。だが、アニース姫なら共に歩める気がする。」
「どうせなら、好きになってもらいたいが?私もあなたを好きになれるかも分からないけど、人となりは好きな部類だから、前向きに考えるよ。」
「じゃ、じゃあそういう事で、今後も宜しく頼む。」
「う、うむ。」
何故かその後は、お互いが意識し始め、会話も続かないまま、馬を厩舎に戻して、アニースはタイタスと別れ、皇女宮に戻るのだった。
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