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ウィンストン領にて
しおりを挟むアニースは砂漠を抜け、レングストン国境付近迄、休みをとりながらなんとかやって来た。
しかし、馬が毒性の強い蠍に刺されてしまい、質の高い薬草の生産地であるウィンストン領が近いと分かり、街の宿屋に馬を預け、薬屋を探したアニース。
「すまないね、毒性の強い蠍に効く薬は高級の薬草を使うからなかなか手に入らないんだよ………お邸に譲ってもらえるか聞いてみたらどうだい?ウィンストン領の公爵様は出来た方だし、今王都から数日だけだけど帰ってみえたようだから、話せば分かる方だと思うよ?」
何件かの薬屋に聞いたが、やはり手に入らず仕方なく、アニースはウィンストン公爵邸に足を運んだ。
身元不明の若い娘に譲ってくれるか分からない。
「こちらが、ウィンストン公爵邸だろうか?」
「そうだが、何用だ?」
「申し訳ないのだが、馬が毒性の強い蠍に刺された為、治療をしたいのだ。薬屋には売っておらず、こちらであれば薬草を売ってくれるのでは、と聞いたので………ウィンストン公爵邸だという事は重々承知の上だ。私の身分は明かせないが、金の代わりにこの黒曜石の腕輪と交換出来る。ボルゾイの良質の物だ。」
「…………ボルゾイ………。」
「?」
「暫しお待ち下さい。旦那様に確認してまいります。」
門兵が慌てて邸に入って行くと、中から白髪の紳士が出て来る。
「……………あなたかな?毒性の蠍に効く薬草を求めるのは?」
「はい。」
「……中へどうぞ。お話を伺いたいと、主が申しております。時間は掛かりませんので。」
「…………。」
門が開かれ導かれるように、アニースは邸に入ると、書斎に通された。
扉の真正面に銀髪の紳士が机の前に立って待ち構えていた。
「…………アニース姫ですな?」
「!!な、何故私を知っている!」
「…………ボルテスの宮殿から、1人行方知れずの第三王女が居られると、情報が入りまして、ボルテス宮殿から真南はウィンストン領…………いち早くボルゾイから出るにはこちらに寄られるかと、王都から参りました、ウィンストン公爵でございます。」
ウィンストン公爵は深々と頭を下げて、また真っ直ぐ姿勢を整えると続きを言う。
「赤茶の髪、深緑の瞳の美姫としか我等は存じておりませんが、あなたが冷遇されているという噂はかねがねありましたので、サマーン王から我が皇帝に、アニース様が助けを求めるような事があれば、無下にしないようにお願いしたい、と。『あの娘は何も求めないかもしれない、だが宮殿に居てはあの娘は殺されてしまうかもしれない。』と。まさか本当にレングストンにお越しになるとは思ってはおりませんでしたが。」
「…………お父様………。」
「もし、宜しければ、その馬の治療、我が邸で行いますが?」
「…………いえ、薬だけ頂ければ長居はしません。これ以上ご迷惑は掛けられない。」
「それでは、これからどうなさるおつもりで?伺っても宜しいなら、お話頂けますかな?」
「…………旅に出ようと思っている。安住の地を探して。ボルゾイにはもう住めぬ。」
「………では、その御身が何かあっては一大事。荷物になりますが、こちらをお持ち下さい。一通り怪我や病気に効く効能の薬草でございます。そして、何か困った事がありましたら、レングストン公爵家にお越し下さい。」
「では、その対価を教えて欲しい。」
「いえ、これは私からの気持ちです。金に困ったらその薬草を売っても金になります。ウィンストン領の薬草は近隣諸国には高価で売れますから。」
「それでは私の気が済まない!」
「…………では、一通り旅が済み、安住の地が他に無ければ、我がレングストン皇国の皇子殿下の妃としてお迎えする、というのはどうでしょう。勿論、あなたが皇子方と合わなければ、このお話は無かった事になりますが。」
「な、何故私を妃に…………?」
「何故?……過小評価されていらっしゃる……。」
ウィンストン公爵はクスリ、と笑った。
「あなたは、謙虚で恩を忘れない方だ。今この時間だけでもあなたは私利私欲な所が無い事が分かる。そういう方を皇子方の妃に、が皇帝が望む妃ですから。」
「………私の意思は尊重されるのだろうな?」
「はい、皇子殿下の意思もあなたの意思も尊重致します。相性が合わなければ断って頂いても構いません。平民として暮らしたい、他の貴族に嫁ぎたい、という事であればご協力致します。」
「分かった、覚えておこう。」
ウィンストン公爵邸を出たアニースは、馬を預けた宿屋に急ぐ。
弱っている馬に刺された箇所に薬を塗り、馬でも大丈夫だと言われた解毒作用の草を食べさせた。
だが、数日後処置が遅れたのか結局死んでしまった。
馬の処分を街の業者に頼み、新たな馬を買ったアニースは、各地転々としながら旅を続けた。
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