私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

トーマスとカイル

　トーマスは、ナターシャの部屋を出て、自分の執務室に入った。

「お、勉強終わったのか？」
「カイル………。」
「何か暗い顔だな、トーマス。」

　2人の間には敬語は使わない間柄。
　同じ年齢という事も、次男だという事も共通点があり、気の合う友人でもある。

「振られた……。」
「え！？ナターシャに？」
「他に誰が居る。」
「お前、行く前にはリュカ殿下に負けない、て言ってたじゃないか！」

　トーマスは深い溜息をついて、書類が溜まった机に伏せた。

「夜会のナターシャが着替えたドレスを見た時点で、兄上がナターシャの心に矢を放ったんだよ……。小さな傷が、少しずつ入っていって、ナターシャの心は兄上を占めている。」
「そんなにか！」
「昨日は兄上との勉強だったんだ。多分そこで占めた。」
「何があったんだ？聞いたのか？」

　仕事を放り出し、カイルは食い入るように聞いてくる。

「兄上は、ナターシャが兄上に触れやすいように仕掛けたんだ。ナターシャが兄上の頬と耳にキスし、首筋にキスマークを付けた、と本人が言ったんだ。」
「あぁ～～～っ！」
「兄上がナターシャの首筋に付けられたキスマークに腹立って、官能小説を朗読させて、実践しようか、て言ったら怯えた。」
「ブッ！！」
「お前、リュカ殿下にやられたなぁ……。」
「そう思う……。」

　カイルは今日は仕事出来ないな、と思ったが友人の失恋を慰めようと、机から酒を取り出した。

「今日は飲もうぜ！明日がっつり仕事すりゃ間に合うだろ！」
「そうはいかない。夕食時は戻らないと……それからなら付き合う。」
「いいぜ、それでも。」

　カイルは律義で真面目な友人のトーマスを気に入っている。
　妹を大事にしてくれると思っていたから、セシルにもナターシャの相手はトーマスの方が合っている、と何度か話していたが、セシルは、聡明さと賢さからリュカを推していて、面白がっていたのだ。

「あぁあ、俺も兄上に負けたか……。」
「何だ？セシルがどうかしたか？」
「いや、こっちの事さ。」